排他選択的心身傷害症候群 Route:True
彼女は数日で無事退院したが、結局ナイフどころか他の刃物さえ自分を傷つけようとすると持てないようだったので、彼女の自傷行為の代わりは俺がやることになった。
毎晩毎晩だ。
いい加減手慣れてきたのか、俺はその行為に罪悪感を感じなくなり、逆に傷だらけの腹が美しいとさえ感じるようになってきた。
そしてそれは短時間で彼女に苦痛を与えることなく行える作業になっていた。
「すごい、本当に痛くないね」
彼女がそう言ってくれる度、達成感を感じる。
いつしかそれは二人の習慣になっていった。
「んじゃ行ってくる、辛くなったらいつでも呼び戻していいからな?」
「あはは、しつこいって…でもありがと」
軽い熱を出した彼女は、大学を休むことになった。
こうして一人で大学に行くのは数カ月ぶりだ。
昼になった。
俺は家から持ってきた弁当を中庭で広げていた。
「おっす、弁当?お前にしちゃ珍しいね」
「ああ、今朝急に思い立ったんだ」
友人が声をかけてきた。
「俺も菓子パンとか買ってきたんだ、隣失礼しますよっと」
「はいはい、どうぞ」
俺たちは隣に並んで昼飯を食べ始めた。
「そういえばさ、今日は彼女サンいないんだね」
「ああ、熱でな、休ませてきた」
俺がそう言うと、友人は急に心配そうな顔になった。
「…どうしたあからさまにそんな顔して」
「お前の彼女って確か、自分を傷つけないと心が苦しむとか、そんな奇妙な病気だったよな?で、最近はお前が傷つけるのをやってると」
俺は頭にはてなを浮かべつつ頷く。
「いやさ、だってさ、人の体に傷をつけるんだぞ?間違って手でもすべったら大惨事じゃん」
「こ、怖いことを言うなよ」
「それにさ、慣れてきてるだろ、これだけやってると。傷深くしたりしてないか?」
「そ、そんなつもりは…」
友人は急に真面目な顔になった。
「心当たりがあるんだな?」
…かと思うといつもの調子に戻った。
「まあ、気をつけることだな。あとこれはちょっとした噂なんだけど、ああいう感じの症状が出るときって、心が既に傷ついてて、それが発作のようになってるらしいぞ。毎晩毎晩かどうかは知らんが、彼女、両親いないんだろ?だからこそお前と同棲できてるんだろうけどさ、まあ、愛が足りないとかそういう症状かなってこった」
「適当だな」
「気休めさ」
友人はそう言ってパンの最後の一欠片を飲み込んだ。
夜、いつも通り彼女に傷をつける作業をするときに、友人の言葉が脳に響いた。
『傷深くしたりしてないか?』
俺はいつもよりも傷を浅くするよう努めた。
「さらに上達してうまくなってるよ、すごいよ」
彼女が褒めてくれたので悪い気はしない。
「それじゃ、おやすみ…」
俺はそう言って自分の布団に向かおうとしたが、またもや友人の言葉が響いてきた。
『愛が足りないとか…』
俺は彼女の布団に一緒にもぐりこんだ。
「ん、どうしたの?」
「たまにはこういうのもいいかなって思っただけ」
布団の中で俺は彼女を抱きしめた。
「えへへ、あったかぁい」
気の抜けた彼女の声に、なんとも言えない安心感が溢れた。
そうして、二人の習慣は少しだけ変化した。
そうしてまた数ヶ月が経った。
「すまん、すまん…!」
俺は家に向かって暗い道を猛ダッシュしていた。
大学の用事が夜まで伸びた上に帰り道で電車の事故があり、遅れに遅れ、彼女が苦しみ始める時間帯まであと3分。
相変わらず彼女の自分を傷つけられない症状は続いている。
このままでは、彼女が危ない。
「間に合え…!」
そんな願いも虚しく、家についたのは時間帯に入って少ししたころ。
「せ、せめて途中からでも…」
暴れている人を傷つけるのは物理的危険が伴うという当たり前の事実さえ脱落するほどあわてて家のドアを開けた。
「大丈夫か!?」
しかし、予想に反して返ってきたのは、
「あ、おかえりー」
というのんびりした返事だった。
「…どういうことだ…苦しくないのか…?」
「うん、なんかよくわからないけど…」
俺はその後すぐに疲れて眠りに落ち、結局大学を休む羽目になってしまった。
次の日、俺は彼女を傷つけなかった。
その次の日も、さらにその次の日も。
やがて彼女の体からは傷が一切消えた。
「これは…」
「完治…?」
二人で顔を見合わせたあと、俺たちは思いっきり抱き合った。
「やったァァァァ!!!!!」
「よっしゃあぁぁぁ!!!!!!」
愛の力か、俺の手腕か、はたまた彼女の精神力か。
彼女の心の苦しみはすっかり消え去ったのであった。
結局その晩にはしゃぎすぎて、隣の家から苦情が来たのは秘密だ。
-TRUE END-
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