生命の材料

「と、言いますと?」


「わしの考えているシナリオはこうじゃ。

44億年以上昔、ある天体が原始の地球に衝突した。

そして、この衝突が生命の形成に必要な

炭素、窒素、硫黄をにもたらした

……とな」


「丘先生がおっしゃりたいのはつまり、

天体の衝突によって、宇宙から地球に生命の材料が運ばれて来たということですか?

しらんけど……」


「天体の衝突という点ではそうじゃな。

しかし、生命の材料が宇宙から地球に運ばれて来たとはわしは思わん」


「宇宙から運ばれて来た訳では無い……ですか?

一体どういう意味ですか?」



「順を追って話すぞ。

当時の地球はおそらく今の火星のような姿だったはずじゃ。

地球内部のコアを除く外側の部分には炭素、窒素、硫黄といった揮発性元素が乏しかったのがその理由じゃ。

BSE(bulk silicate Earth)と呼ばれる地球のコアより外側の元素は、互いに混ざり合いはせよ、コアの元素と作用することは通常ありえん」


「通常ありえない……!?

じゃあ、衝突が原因で?」



「そう、衝突じゃよ!

衝突によって、BSEに揮発性元素をもたらしたとされる天体の候補の1つに

炭素質コンドライトという特殊な隕石があるんじゃが谷は知っているかな?」


「名前は知ってます。

しかし、うち、いえ、私の専門分野ではないので太陽系誕生や生命の起源に関係している隕石としか知りません。

先生は、炭素質コンドライトの隕石の衝突が、

地球生命に必要な材料を運んで来たと考えられているんですか?」


「わしの意見は少し違う」


「違う……と言いますと?」


「生命の材料となる地球の炭素、窒素、水素の異なる型や同位体の比率は炭素質コンドライトのそれと似ている。

その為にそのように主張する学者は多い。

しかしな、その説には1つ問題がある。

炭素と窒素の比率が一致しないんじゃ」


「一致しない……何故ですか?」


「炭素質コンドライトには窒素1個に対して炭素がだいたい20個程含まれ、

その一方で地球のBSEには窒素1個に対して炭素が倍の40個も含まれておるんじゃ。

その比率の不一致に関心を持つアメリカのある研究者はもう一つ別の可能性を主張している」


「もう一つの可能性……とは何ですか?」


「もう一つの可能性、それはすなわち

隕石ではなく惑星がもたらしたという可能性じゃ」


「惑星!?」


「そう、惑星じゃ。

仮に地球が他の惑星と衝突したのだとしたら、

2つの惑星のコアとマントルは融合したはず。

それを確かめるため、惑星コア形成の環境を再現する実験が行われた。

その実験の結果、窒素がコアの外側に排出され

惑星の他の部分に広がるためには

硫黄が非常に高濃度で含まれている必要がある

とわかったんじゃ。

それから、実験で明らかになった可能性、異なる揮発性元素の振る舞い、

今日地球の外層に存在する炭素・窒素・硫黄の量、等のデータをコンピューターに入力し、約10億年分のシュミレーションをした。

そしてシュミレーションの結果からわかったんじゃ。

地球の生命の素になった炭素、窒素、硫黄は、

コアに含まれる硫黄が25~30パーセントくらいと考えられる火星サイズの惑星が地球に衝突したことでもたらされたと。


つまり、わしはこう考えておる。

44億年以上昔、火星サイズの天体が原始の地球に衝突融合し月が生まれた。

また、そのときの衝突と融合が原因でコア内部に溜まっていた炭素、窒素、硫黄といった揮発性元素が地表に届けられることになったとな」


———————————————————————

【登場人物】

•谷先生

•丘先生



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