最終話

恩師との別れ


「谷は素領域理論というものを知っているか?」


「いえ、知りません」


「泡の内側が素粒子で構成される物質の世界であるのに対し、外側は非物質でライプニッツのいうモナドのような絶対無限の世界のことじゃ。

泡の外側は完全調和なので何も起きん。

あるとき完全調和な世界の一箇所にほんのわずかなゆらぎが起きた。

この出来事によって泡が生まれた。

そしてな、それぞれの泡の鋳型に応じた素粒子・物質が生まれる。

例えば、人間が死を迎えると

遺伝子として人間や他の生き物の身体として元素をまとめ上げ操っていたボソン因子は

物体を作っていたボソン因子と同じように非物質の魂となって元の素領域(泡の外)へと抜け出していく。

別の角度から考えてみることもできる。

わしらの宇宙。それを五次元の世界というミクロな視点で観察すればすべてを膨大な宇宙ひもの振動が満たしており、完全に調和がとれたシメントリーな世界をつくっておる。

そこにひずみが生まれると、空間が渦として回転する。

対称性の破れた素領域の渦がわし達の宇宙だとすると、物質はその中だけに存在し、渦の外は素領域と素領域をつないでいる未知の領域。

つまり、真っ白な壁に1点のシミが生じることによってその壁が白と認識できるのと同じように、一旦調和が崩れることによって完全調和の在り様が認識され、認識されることで再び調和状態へと導かれる。

この壮大なスケールの調和を追い求めて生きようとするのがあらゆる生命や人間に組み込まれた遺伝子の本質であり、

わし達人間の、そして科学者共通の性かもしれん。

なにせ、世界はみえないかたちで出来ているんじゃから」


「それはつまりどう言うことですか?」


「実はお前達の感じている日常世界の本当の意味は……、

いいや、残念だが、

この先の事実は、すでに存在が消滅したわしの口から伝えることはできん。

谷?

お前は数学者でもあり科学者じゃろ?」


「はい」


「わしがお前に伝えられるのはここまでじゃ。

最後に一つヒントをあげよう。

その先の答えはお前自身がその先の人生、

仲間達と協力してみつけなさい」


「わかりました、丘先生!

うち、私頑張ります!」


「よし、いい返事だ。

わしはお前や、お前の可愛らしい教え子達の活躍を期待しておるぞ」


「ところで最後にいいですか、丘先生?」


「どうした、谷?」


「ヒントって何……」

『グラグラグラグラ』

まるで谷先生の質問の言葉を遮るかのように、

突然周りの空間が激しく揺れ始めた。


「地震かな!?」


「マズい、もうすぐ時間切れのようだ」


「え、どういうことですか?」


「この空間が崩壊を始めておる。

早く地上に戻りなさい」


「わかりました。

さあ、丘先生もご一緒に!」


「谷、この世界は記憶の中の世界じゃ。

今のわし自身、生前のわし自身では無い。

お前の記憶の中でのイメージとしてのわしに過ぎんのじゃ」


「でも、ここで今丘先生を置き去りにしたらうち、帰還後に先生の記憶を忘れているかもしれないじゃないですか!」


「心配するな、谷。

目が覚めても、お前の記憶からわしがいなくなったりはせん」


「だって、だって、

うち、丘先生を失いたく無い!

うち、丘先生にもう一度会えてホンマ嬉しかったんですよ。

うちの少数派な考え方を理解してくれ伸ばしてくれた。

丘先生はうちの数少ない理解者なんですよ!

だから、お願いです。

消えないでくださいよ。

また、うちの研究を応援してくださいよ」


「すまない、谷。

それは出来ん。

生命の時間はみな有限じゃ。

出来るのは、意志を継いでいくことだけじゃ」


「意志を継いでいく、ですか?」


「そうじゃ。

谷?

もしお前がわしの存在をそんな風に感じてくれるのならば、次はお前の番じゃ。

次は谷がそこの可愛らしい教え子さん達に、自分が大切に感じることを伝えてあげるんだ。

いいな」


「はい」


「最後になるが、わしはお前のような生意気な教え子を持てて本当に幸せじゃったよ。

谷、本当にありがとな」


「ちょ、丘先生ー!!」


『グラグラグラグラ』


「谷先生、しっかりしてください。

早く逃げましょう!」


「あ、そうだな」


「谷先生、出口はあそこですよ!

出口の前で四葉ちゃんと宙ちゃんが手を振ってくれています」


「ああ、あそこか」


「谷先生しっかりしてください。

出口まで自分の足で歩けそうですか?」


「心配してうちの側で待っていてくれたんやな。

ありがとな、真智」


「全くですよー!

ほんと、このツケは後でちゃんと払ってもらいますからね」


「アハハ、真智らしいな。

うちは歩けるから大丈夫や」


「ホントに大丈夫ですか?

一応肩を貸します。

ほら、出口まで後少しです」


うちらの前には真っ白く眩しい光。

光に近づく程に、その光源の輪郭がはっきりしてきた。

5、4、3、2、1、……。







Q.E.D.

———————————————————————

【登場人物】

•谷先生

真智まち

•四葉

そら

•丘先生

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