第6話 運命の交差
森の中に逃げ込んだものの、行く当てもなかった。これからどうしたら良いんだろう。RRHにはもう2度と戻れないかもしれない。髪は金色から銀色へと変色したままで瞳の色も赤いままだった。こんな異質な存在を人間は受け入れてくれるのだろうか。ウェアウルフ側として生きようにも私は今までハンターとして生きていた。彼らを守るためにハンターになったといえど、その事実を知れば拒絶されてしまうかもしれない。
今の私はどっちなんだろう。一体どうすればいいのだろう。
ぽつり、と冷たい水が鈍色の空から一滴落ちてきた。雨だ。気付いた途端に勢いを増し、私はあっという間にずぶぬれになってしまった。
とりあえず、雨を凌がなければと手ごろな洞窟を見つけ、火を起こしそこで一晩過ごすことにした。
目覚ましの音が鳴らない洞窟で私は小鳥の囀りで目が覚めた。一晩中火を焚いたおかげで服は乾いている。
しかし、これからのことはまだ考え付いていない。どうしていいか分からず蹲っていると、何かの気配を感じた。こんな森の奥に誰かいるのだろうか、と思いながら警戒していると聞き覚えのある声が草むらから聞こえてくる。
「ブラン、俺だよ」
ふわふわの白銀の毛皮を身に纏ったグレイがいた。腰に服を巻きつけている。鼻に泥や葉っぱがついたままだ。
もしかして、私の匂いを辿ってくれたのだろうか。
グレイは銀髪になった私を見ると、何も聞かずそっと近づいた。
私に鼻先を近づけ、額を合わせる。私はグレイの首を撫でると同じように額をくっつけた。
「怖かったな、辛かっただろ……これからは俺がずっとずっと側にいるから」
まるで心の内を読んだかのようにグレイは私の心を優しく受け止めてくれた。1人じゃないことがこんなにも嬉しいなんて。気付けば私は、グレイの毛皮を濡らしていた。
グレイは子どものように泣きじゃくる私をずっと励まして、受け入れてくれた。
「これからどうして良いのか分からないの……私は女王だってこともまだ受け入れられてないし」
それ以前に自分自身がウェアウルフの血を引いていることにもまだ驚いている。
「そうだ……! 人間と人狼が共存している村に行けば受け入れてくれるかもしれないわ」
グレイは狼の姿のまま首を横に振る。
「やめておけ。前にも言っただろう、フェイトシアの計画が始まってるって。統率者のヴァンは、そんな村に奇襲をかけるつもりなんだ。人も人狼もお互いを憎み合うように。女王であるブランが行けば危険そのものだ」
ヴァンがどうなるかも分からないしな、とグレイは呟く。
「なおさらじゃない! 危ないなら助けに行かないと!」
「駄目だって言っているだろ!!」
ふいにグレイが歪んだかと思えば、いつの間にか人間の姿になっていた。ふわふわの体毛で覆われていた体はしなやかな筋肉のラインが見える美しい裸体へと変わっている。
グレイに見惚れているといつの間にか地面に押し倒されていることに気付く。
彼の骨ばった手が私の手首を掴んでいる。鼻先がぶつかり合うくらいまで顔が近い。
私は状況を把握すると顔に火が出た。心臓が早鐘を打つ音が耳にまで響いてくる。
「頼むから居なくならないでくれ。昨日、ブランの匂いがあったあの場所にいった時、あの光景を見て俺がどれだけ心配したか分かるか? 女王になったからじゃない、ブランだから心配したんだ」
私に懇願するというより、苦悩に満ちた表情だった。グレイの苦しさが私にも伝わる。
彼はもしかして私の……。
私は迷った子どものような顔をする幼馴染の頬へ手を伸ばす。なめらかな肌は温かかった。
「このままだとたくさんの命が失われる」
「他の奴らなんて知らない」
「私はそうできない。私は誰にも死んで欲しくない。これ以上、人と人狼が憎しみ合うのは嫌」
人狼が受け入れられる世界だったら、種族なんて関係なくなる世界だったら、どんな色になるだろう。
誰の血も流されずに済む美しい世界を私は見たい。
「行けば女王といえどお前は死ぬかもしれない。ヴァンに捕まれば、失踪事件の奴等みたいに洗脳されて、手駒にされる」
「それでも行くの。私は人も人狼も共存できる世界を目指したい。そのために出来ることをしなきゃ」
「どうしても行くって言うのか?」
「そうよ」
グレイは暫く黙った後、私から離れると起き上がらせてくれた。
「……だったら俺も行く。ブランは昔っから頼りないからな。死なないように守ってやる」
「ありがとう、グレイ」
私は立ち上がったグレイの手を取ると、晴れた空を見上げた。
大丈夫、1人じゃない。私には騎士がいるんだから。
グレイは腰にまきつけていた服を着る。
私達は洞窟から出ると、グレイが懇意にしていたという村へと向かった。完全形態になったグレイの姿を見ても、村人達は怯える事もなくみんなに接するようにしていた。こんな村も実際に存在するんだ、と思うと希望が持てる。
「あら、あんた怪我しているじゃないの。ちょっとこっちへおいで」
気の良い優しそうな婦人が私の手を引っ張って、治療しようとしてくれた。
「これくらい大丈夫です。すぐに治りますから」
私がそう言っても婦人は聞かず、テキパキとした手際で手当てをしてくれる。
「本当にありがとうございます」
私がお礼を言うと彼女は心から嬉しそうに笑った。
「良いのさ。困ったときはお互い様、助けがいる人には誰でも手を差し伸べるのがこの村の掟なんだよ」
とても良い村ですね、と言うとそうだろう、と彼女は豪快に笑った。
「マダム、それにみんなも聞いてくれ。じきにこの村にフェイトシアが攻めてくる。今日村を発て」
私達の様子を静かに見ていたグレイが口を開いた。グレイの言葉を静かに村人達は聞いている。
「どうしますか、村長」
村長と呼ばれた、手当てをしてくれた婦人は静かな口調でグレイに尋ねた。
「その話は本当なんだね、グレイ」
「ああ」
「あんたの言う事さ、信じるよ。ただね、あんたは大丈夫なのかい?」
どういうこと、と私はグレイの方を見るも彼はこちらを見てくれなかった。
「ああ」
婦人はゆっくり頷くと今日中に避難すると約束してくれた。
私達はフェイトシアの次の襲撃予定の村へと急いだ。
村人に襲撃について話すと、私がRRHの制服姿だったこともあり、何とか信用してもらえた。
次の村へと向かった矢先だった。村の方から悲鳴が聞こえてくる。急いで向かうとそこにはフェイトシアのメンバーが村を襲撃していた最中だった。
女性や子ども達は逃げ惑い、男性は人狼に立ち向かうも歯が立たない。次から次へと殺されていく。
「遅かったか……」
体が咄嗟に反応して首が刎ねられそうになった男性を庇う。銃弾が振りかざされかけた剣を折る。
私の目の前に立つ人狼が大きく目を見開き、歓喜の声を上げた。
「女王陛下! ようやくお出でになられたのですね! 我々とウェアウルフの国をつくりましょう!」
「私は人と共存できる世界を創るの」
彼の腹部に蹴りを入れ、距離を取らせる。
「女王陛下、どうしてです? 人間は波乱の時代より我々を虐げてきたのですよ。今こそ我々で我々のためだけの国を建国して、世界の光に当たりましょう!」
私に気付いた人狼達が続々と集まってくる。頭がまた痛み出す。大丈夫、女王の力を使えば犠牲を生まずに捕えられる。それにグレイもいる。私は隣に立つ彼に目配せをした。
女王である私に攻撃を仕掛けてくるウェアウルフはいない。
それを活かして私とグレイは次々に人狼達を捕獲していった。元々、あまり戦闘に慣れていないらしく、容易かった。
「グレイ、貴様裏切ったのか! ヴァンダリカ様に助けて頂いた恩を忘れたのか!」
「そうだ! 女王陛下をたぶらかしのも騎士であるお前だろう!」
人狼達の怒りの矛先はグレイへと向けられた。彼は静かに人狼達を見渡すと落ち着いた口調で話す。
「ブランと狼と人が共存できる世界を創りたい」
「腑抜け! もう遅い。もうすぐRRHは落ちるだろう、ヴァンダリカ様の圧倒的なお力でな!」
私とグレイは顔を合わせた。この襲撃は陽動だったのだ。
そして彼らの本当の目的、それはRed Riding Hood。RRH総本部だ。私達は慌ててフィーネへと向かった。
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