第4話 迷い突き進む者

 幸いなことに肋骨と上腕骨は骨折していなかった。医務室長も驚きながらこんなに体が丈夫なのは驚きだ、と評してくれた。打撲はしているものの、3日ほど休みを貰って治療していくうちに痣だけになっていった。


 今日はそんな休日だ。


 食堂でいつものように朝食を食べていると、アンドレイ達がやって来た。

「お姉ちゃん、おはよう」

「おはよう、ブランお姉ちゃん」

「2人ともおはよう」

 朝食プレートから目を逸らして彼らに視線を向けるといつもと様子が違う。

 天真爛漫な笑顔で元気いっぱいなのに目の下にはクマがあり、ミレーナは少し目が腫れている。アンドレイも心なしか顔色が悪い。様子がおかしい。


「アンドレイ? ミレーナ? 何かあったの」

 いつも大食いのアンドレイがヨーグルトしか口にしていないし、ミレーナは大好きなロマンス小説を逆さまにして読んでいる。2人とも何かあったに違いない。

「うーん、失踪事件一応解決したのかなぁって……」

 アンドレイがヨーグルトをスプーンですくいながらぽつりと言った。

 そうだ、彼らのお父さんは――。


「大丈夫だよ、アンドレイ」

「あたし達もそう言い聞かせたいの……。でも、失踪事件の被害者を見ているとどうしてもパパが思い浮かんで……」

「いつ会えるんだろうって。何で居なくなったの、どうして僕達を置いて行くの? パパはどうして急に居なくなったりしたんだろう……」

 RRHの養成学校に同時期に入学した私と彼らは、学科は違うけど基礎座学の時間で一緒になったのをきっかけに仲良くなっていた。そこで知ったのは彼らが人狼を狩る組織RRHを目指した理由。それは突然失踪した父親を捜すため。

 彼らが人狼と人間のハーフだと告げられたのは、6年前に父親が失踪したその日。母親は涙を流しながらその事実と父がもう帰ってこないことを2人に告げたらしい。まだ幼かった双子は父を探すには人狼と関わりが深いRRHに所属すれば父親を見つけられるかもしれないと思ったそうだ。


 しかし、未だに消息は分かっていない。


 私は2人にどう声を掛けるべきか悩んだ。私は幼い頃に母を亡くしているが、生まれた時にはもう他界していたので母がいない悲しみは知っていても母がいなくなる悲しみを知らない。

 でも、今の彼らを支える事が出来るのは私だけだ。

「アンドレイ、ミレーナ。私はあなた達の味方よ。何があっても傍にいる」

 そう言うと2人はほっとしたように微笑み合った。


 休日といってもやることがないのでとりあえず、街に行く事にした。

 RRH総本部がある首都フィーネには他国や他地域から取り寄せた品が集まる。貴族達も買い物に行くならフィーネの街というほど何でも揃っている。


 街に出たは良いが、店のガラス越しに可愛いぬいぐるみや服、変わった食べ物をただ眺めているだけだ。これといって欲しいものもないし、何を見ても心が躍らなかった。

「おい、ブラン?」

 街を流れていく人々を見ていると肩に手が置かれた。突然の事に驚き、反射的に振り返るとそこには懐かしい顔があった。

 白銀の髪に、不思議な色合いをしたグレーの瞳。悪戯っこのような微笑を浮かべた彼は、幼い頃から変わっていなかった。


「グレイなの?」

「そっくりさんに見えるか?」

「見えない。まさか本物に会えるなんて思わなかった」

 私達は幼い頃ブルクボンで知り合った。町の子ども達からいじめられている所を助けてくれた彼の後ろを私はずっとついていった。いつ頃か会えなくなっていたけど、再会した途端に私達の間には昔の時間が流れ出す。


「久しぶりに会ったし話でもしねぇか? お互い話すことたくさんあるだろ」

「そうね」

「まぁ、ここじゃ人も多いし、森の方に行こうぜ」

 グレイの提案に私は賛同した。


 フィーネの近くにある森は小さいため、散歩コースとして親しまれている。しかし、いつも動きにくそうな格好をしている人々はあまり近寄らないので、人気はほとんど無い。


「何年ぶりだろうな」

「本当に。いつ会えなくなったのかさえ覚えてないもの」

「最近、何をしているんだ?」

「近況報告ってことね。私はRRH総本部で働いているわ。グレイは?」

 RRHの名を出した瞬間、グレイの顔が曇ったような気がした。


「俺は恩人の手伝いをしてる……なぁ、ブラン。何でRRHに入ったんだ?」

 鋭いグレイの視線に私はどうしてかいたたまれなくなった。何か悪い事をしてしまったようなそんな気さえしてくる。

「小さい頃、人と人狼は異なる存在で人狼は魔物だから退治しなきゃいけない、って思っていたの。でも、RRHに入って、座学や新人研修をしていくうちに人間と変わらない存在だなって思い始めた。人狼にも人と同じように音楽を聞いて楽しんで、中には菜食主義の人狼だっている。人を喰らうだけの生き物じゃない。彼らにも大切な人がいて、泣いて、笑って……家族も作って。そんな彼らを理性も何もない殺戮するだけの種族とは思えない」

「だったら、だったらどうして狩る側に居続けるんだよ……」

 グレイの苦しそうな声が耳に残る。我慢するかのように俯いて低い唸り声を出した。


「人狼を守る為にハンターをするって決めたの。人狼は怖い存在じゃないって、英雄視されるハンターが言えば人々も変わっていくと思ってる」

「人は変わらねぇ。変われねぇ生き物だ。ブランだって分かってるだろ。瞳の色が違うってだけで虐げられてただろ。人間っていうのは少しでも自分達と違うだけでも許せない生き物なんだよ」

 鋭い声に思わず身を強張らせてしまう。こんなに負の感情を露わにするグレイは初めてだった。


「すぐには無理でもいつかきっと……」

「そのいつかなんて来やしねぇよ」

「来るわ。RRHに入ってから私、友達が出来た。赤い瞳でも受け入れてくれる人はいたの。だから」

「人と狼が共存できるそんな平和な世界があれば、みんなありふれた幸せを望めただろうにな。でも、もう手遅れなんだ。今更、仲良しごっこなんて出来ない。殺した奴も、殺された奴も無かったことには出来ないんだ」


 森の木々の上を夕陽が塗りつぶしていく。木々から漏れる赤い光はまるで血を表しているかのようで、私を不安にする。無言だったグレイは立ち上がり、じりじりと私から離れていく。振り返る彼の表情は光に遮られてよく見えなかった。


「ブラン……RRHを抜けろ。フェイトシアの計画がもうすぐ実行される。もうとめられない」

 グレイを描く線がぐにゃりと曲がる。思わず瞬きをして見るとそこに居たのは、白い毛皮を纏った大きな狼だった。驚き、息を呑む音が森へ吸い込まれていく。グレーの瞳は人間にはない光を宿していた。


「グレイ……」

「頼む。ブラン、お前に死んで欲しくないんだ」


 待って。

 そう言い放つも私の言葉を遮るように、グレイは森へと消え去っていった。


 グレイが、ウェアウルフ――?

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