第2話 人の姿をした獣

 今日は任務担当ではない非番の日。非番といっても休日ではなく、訓練に時間を使う為の日だ。

 私はいつものようにレッグホルスターから愛用拳銃を取ると、的に向かって片手ずつ撃っていく。片手拳銃とはいえ、反動もあるので両手で撃つことはまだ出来ないが、出来るように毎日訓練している。

 隣のブースでは、双子のアンドレイとミレーナがお互いの武器を使って戦闘訓練をしていた。アンドレイはトラップを仕掛けるのに秀でているが、ミレーナ同様鞭を使う。同じ双子といっても、鞭の適正はミレーナの方が高いらしくアンドレイが押されていた。白い円の外に出たら負け、というルールなのだがアンドレイはその線の際まで追い詰められている。ミレーナの勝ちだと思った瞬間、彼女は地面に消えた。落とし穴だ。

 ああやって双子は自分達の適性を活かして、絶妙なコンビネーションを魅せる。シンパサイザーは通信を担う役目とはいっても、戦闘がないわけじゃない。もしかしたら、2人の方が私より強いかもしれない。


 私は自分を強いとは思った事はないけど、弱いとも思った事が無かった。ただ今は自信が無かった。

 罪を犯した人間を取り締まるのが警吏で、罪を犯した人狼を取り締まるのがハンター。私はそう思っていたし、今も思っている。決して根絶やしにして良い存在じゃない。

 討伐課に配属された時、人狼を守るハンターになると決めたはずなのに。私は彼を守れなかった。素早い判断で狼狂になる前に捕えていたら……。そうしていれば、槍で串刺しにならずに済んだかもしれないのに。


「おい、赤眼のブランシェット!! 射撃場を使うのか? 使わないのか? ボーッとするなら出て行け! 訓練の邪魔だ」

 訓練官が怒鳴る。私は続ける気にもならず、その場を後にした。


 ブランシェット・シャルル・ティーク、悩んだ時は根源を調べる事。

 私は父に幼い頃から言われ続けていた言葉を口にして、図書室へと向かった。


 RRHでの養成学校でも人狼については学んだ。でも、その知識はおそらく表面的なものだけ。

 私は人狼についてもっと深く調べようと、本を漁った。


 ウェアウルフ。

 人間の姿をした獣。狼でありながら人の世に紛れて暮らす魔物。人を喰らうもの。人々の知識はこれだけだ。

 何故、ウェアウルフが生まれたのか? どこから来たのかなんて誰も知らない。


 図書室の螺旋階段を上がっていくと、頂上に禁書の間があった。普段は施錠されていて、入れるのは最高責任者と本部長、副部長だけだ。

 でも、今日は――

「開いてる……?」

 そっと扉を押すと、私を迎え入れるかのようにゆっくり開いた。

 禁書の間は埃っぽく、書架に並べられている本のどれも古びた背表紙をしていた。書架の中心に配置された執務机の上に一冊の本が置かれている。題名は『ウェアウルフ』、著者はマデリン・キンバリー。RRH総本部の副部長だ。


 表紙をめくると、丁寧な字でマデリンの言葉が書かれていた。

『私が人狼研究を始めた最初のきっかけは、知的好奇心からだった。次のきっかけは、ソリドスの悲劇で恋人が殺されたことだった。しかも目の前で。ここに私が研究したすべての事を記す。 マデリン・キンバリー』


 衝撃的だった。私はページを次へとめくっていく。


『人狼というのは別名で、正式な呼び方はウェアウルフである。容姿は人間に酷似しているが、五感が優れている。ただし、精神面では脆く追い詰められたウェアウルフは“狼狂状態”になる。この状態になったウェアウルフは自身の能力を最大限まで上げ、尚且つ錯乱しているので非常に厄介だ。そうなった場合――』

 止める方法は殺すしかない、と書かれていた。


 人狼と人間は相容れない存在なのだろうか、と落胆しかけた時気になる箇所を見つけた。


『ウェアウルフの歴史について。ウェアウルフの始まりは、中世の時代まだ国というものが安定せず領土拡大に権力者たちが躍起になっている「波乱の時代」で生物兵器として研究されていたのが始まりとされている。そしてその名残にウェアウルフの群れ(パック)には必ず“女王”と“騎士”が存在する。女王は群れのウェアウルフを統率する役目を担い、騎士は女王を守る存在である。女王因子を持つ個体の特徴には赤眼が挙げられている』


「どういうこと……? 生物兵器だった?」

 書物に書かれている事が正しいなら、人狼は魔物なんかじゃなく、人間を元に作り出した兵器だとしたら。

 今の世界は間違っている。人間に生み出された人狼が使い捨てにされ、後世でも差別されるなんておかしい。憎むべきは人狼じゃなく、生み出してしまった先人達で、波乱の時代を過ぎた今は歩み寄るべきだ。


 出来る。人とウェアウルフが共存できる時代を作る。


 ただ、狼狂をした人狼を見れば人々が恐れるのも分かる。人間では太刀打ちできないような破壊力と足元にも及ばないだろう身体能力。それが最大限まで強化されるのだから一般人からしたら災厄そのものだろう。

 でも、何か手はあるかもしれない。


 扉の方から足音が響いてきた事に気付くと、慌てて書架の影に隠れた。

 入って来たのは警備員だった。私には気付かず、一通り見渡すとそのまま出て行った。

 私はマデリンの本を執務机の上に置き直し、書架から取り出した本も元の場所に戻して禁書の間を去る。


「……RRHに警備員なんていたかな?」

 ふと疑問に思って禁書の間を振り返ると、何故か誰かに見られているような気がした。

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