第三章 不機嫌プンプン丸な山田さん
新堂さん、
Q.ストレス解消法は?
A.サバゲーで撃つ
ふあーー撃ってぇぇ! でも私のハートならすでに撃ち抜かれてる~!
ある休日のお昼前。陽くんが出演したバラエティー番組の録画を見ながら私はひっくり返った。
ひっくり返りついでに時計を見る。あ、やばい。
毛玉だらけのスウェットを脱ぎ、おしゃれ目な服を選んだ。ただし、気合が入っていると勘違いされても困るのでそこそこ程度のやつ。
先日、取引先のおっさんに「山田さん独身ですか?」と尋ねられた。やばッおじ様キラー山田が発動してしまったかと戦々恐々しながらそうですと答えると、もし良かったらウチの若いのと会ってみてくれないかときた。聞けば、その取引先の企業には若い女性がおらず部下になかなか出会いがないのを上司も気を揉んでいたらしい。
その若手とやらも本当に彼女が欲しければ上司に頼る前に趣味の集まりや合コンなどに参加しているだろうし、多分このおっさんの勝手な世話焼きだ。正直面倒くさかった。
私だっていずれは結婚したいが、それは少なくとも数年後の話で、現時点では結婚どころか彼氏もいらないと思っている。陽くんの追っかけ、刀剣乱舞やうたプリの舞台鑑賞、宇野昌磨くんやプルシェンコ様出演のアイスショーのチェックに忙しい。現実の男の相手などしてられるか。
――というのが本音だが、大事なお得意様。断れない性格も災いして、昼過ぎに起きて陽くんの録画見たりキングダムハーツやったりして思う存分グータラ過ごすはずだった貴重な休日をどこの馬の骨とも知れない男に割くことになったのである。
『マジ不機嫌プンプン丸ですわ』
『最近お前不機嫌続きやな。血管切れて死ぬんじゃねーの』
不機嫌その一。先週どういうわけか壁から水が滲み出て床がびちゃびちゃ。業者を呼んで、もう大丈夫ですよ~と言われたから様子を見ていたが全然水漏れ直っていないしむしろ悪化して水漏れ箇所が増えていた。廊下もトイレもキッチンもびしゃびしゃ。
そして不機嫌その二こそが取引先のおっさん紹介のクソ男。
「約束の時間になっても来ないし、十五分経っても連絡一つ寄こさない。なんかあったのか心配してこっちから連絡したんですよ、そしたらなんて言ってきたと思います?」
文字を打つのが面倒になって電話に切り替えた。ゆいさんはスピーカーホンにしているようで、スマホの向こうからスマブラの音が聞こえた。私の話を聞く気はあるのだろうか。
「は? 押したやんクソコントローラー」
ないらしかった。続く罵声から推測するに、ガードボタンを押したと思ったのに先に敵の一撃が入ってそのまま即死コンボを食らったようだ。別にいいし、一方的に愚痴りたいだけだから。
「忘れてた、ですよ。まだ家にいるとかぬかしてんの。こちとら陽くんの録画泣く泣く切り上げて出てきたってんのにどういうつもりよ」
思い返してみれば奴は謝罪を一言も口にしなかった。また頭が沸騰しそうになる。
「おしゃれもしたんだろ、一応?」
聞いちゃいないと思っていたのに不意にまともな返事が返ってきたことに驚いて、かえって少し落ち着いた。
「TPOはわきまえます」
「結局会ったわけ?」
会えたか、ではなく会ったか。会わないなら会わないでいいと思っていたことはお見通しらしい。
「会いました。余計腹立ったけど」
コントローラーのスティックを激しく弾く音。ゆいさんが猛攻を仕掛けているのだ。
「自慢話が多いし。売上何位だったとか忙しくて寝てないアピールとか。興味ないっつの。店員さんには偉そうにため口吐くし」
そういう奴と一緒にいるとこっちが恥ずかしいよな、とゆいさん。まさにその通りで、店員さんに申し訳ない気持ちだった。
「一応こっちも何か話さなきゃ悪いと思って前に友達と行った温泉旅行の話したら、『でもさー』から始まってこっちの温泉の方がいいよ、料理は素材が云々、サービスがどうのこうのと、大層な批評をご披露するわけ。あんたの意見なんか求めてねーわッ」
なぜそこでへーそうなんだ、と話を聞く側になれない。なんでもかんでも自分の意見を突っ込まなきゃ気が済まないのか。
「いるよな、人を苛立たせる天才みたいな奴。お疲れ」
ゆいさんがすとんと落としてくれたので少し溜飲が下がった。話を聞いて欲しい時には聞き役になり、言って欲しいことをさらりと言ってくれる点は彼の長所だと思う。本人には絶対言わないが。
「は? 押したやろが!」
どうやらコンボミスして死んだらしかった。
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