第36話 嫉妬
「どういうこと?」
現実に理解が追い付かない。まるで白昼夢を見てるよう。
「どういうことも何も現実に起こった通りよ。私が貴方の腹に針を刺しただけ。それ以上でもそれ以下でもないわ」
「なんで」
痛みで、視界が霞んでいく。
「なんでも何も私は貴方が嫌いだったのよ。
今までもずっと貴方に嫌がらせしてきたのに、図太くも居座るから、直接手を下してやったまでよ。全く葦内も口だけで役に立たないんだから。
何?その目」
あたしを陥れるためだけにあんな屑と手を組んでいたというの。
「きゃっ」
あたしの眼前に床が急速で迫りそのまま激突させられた。池があたしの後頭部を踏み付けてきたのだ。
「きゃははは、いい気味。どう、針には特別にナナシを塗っておいてあげたわよ。
極楽気分で地獄に堕ちなさい」
池は醜悪に顔を歪ませ足をぐりぐり捻ってあたしの後頭部を踏み付ける。
「なめるなっ」
「きゃっ」
あたしは池の足首を掴んでそのまま掬い上げて池を転ばし、その隙に痛みを堪えて立ち上がった。
だが追撃や逃走をする前に池も立ち上がってくる。
起き上がった二人の互いの視線が対等にぶつかる。
腹がズキズキ鈍い痛みに変わっていく。この針は早く抜いた方がいい。でも今は抜けない。そんな隙は見せられない。
「全くしぶといわね。本当ゴキブリだわ。あんたみたいな汚物は、ここにいる男共の公衆便所にでもなっていた方がお似合いよ」
池から剥き出しになった濃密な悪意を感じる。何があたしにここまでの悪意を抱かせる?
「全くあんたみたいな公衆便所がマリの傍にいるなんて思い上がりも甚だしい」
「! それが貴方があたしを憎む理由。まさか嫉妬?」
「!」
池は口が滑ったという顔をしたが、もう遅いと思い直したのか開き直った。
「そうよその通りよ。私はマリのことを愛しているわ。
それがいけない気持ち悪い? そんなこと貴方に言われなくても分かるわよ。だからこの気持をマリに言う気はなかった。ただ親友として一番近くにいられれば良かった。
なのにお前が現れた。マリの心がどんどんあなたに惹かれていくのが手に取るように分かったわ。それが男ならまだ我慢できた。それが貴方みたいな公衆便所でなければ我慢できたのよ」
池はダムが決壊したように自分の胸に秘めていた想いを吐き出してくる。
「そんな、そんなことでこれだけのことをしでかしたの」
「そんなことですって!」
池はそんなことと切り捨てたあたしに怒る。
「そうよ。マリにとってあなたは大事な人、何でそれが分からないの。マリはあなたの行方を捜すために、その身を犠牲にするつもりなのよ」
「それってどういう意味?」
あからさまに狼狽えた顔をする池。
彼女がマリのことを大事に思っているのもまた真実なのだろう。なのになぜこんなことに。そうだそもそも、なぜ池はあたしの過去を知っているんだ?
誰が教えた?
誰が池を唆したんだ。
この学校にはまだあたしの知らない悪意が潜んでいるというのか?
「何黙っているのよ。
いいわ、マリに危険が迫っているなら、こんなとこで遊んでいる場合じゃないわね。さっさと終わらせるわ。
ああ安心して殺しはしないから。その針だって急所は外れているはずよ。抜いてしっかりと包帯でも巻けば命には問題ないわ。
ただ、あなたには私のマリに身分不相応にも近付いた罰として、ヤク漬けになって貰うわ。
ナナシ漬けにして天国に送ってあげるわ」
池は楽しそうに高笑いを浮かべている。もう彼女にとってあたしが惨めになることが至上の喜びなのだろう。
あの地獄で白豚共に歪んだ性欲の対象として悪意をぶつけられたが、ここまで人に嫌われた悪意をぶつけられたのは初めてだ。
どうする? まだ見ぬ悪意が潜んでいたとしても、まずは目に見える危険を排除しないと話にならない。
つくづく、世の中、愛だ法より、暴力が最後にものを言うのね。
「何笑ってるのよ」
「別に。ただ追い込んだ張本人が助けるだなんて、自作自演過ぎて可笑しかっただけよ」
「黙れっ」
ほんと、池とあたしどっちが助けても自作自演だな。それでも、あたしはあたしの手でマリを助けたい。
さてどうする?
体調が万全なら池と一対一で負けることはないと思う。でも今は腹の激痛でうまく動けない。ナナシの影響で意識が集中できなくて魔を発動できそうもない。
一瞬一瞬だけ痛みを忘れて閃光のように動いて倒すしかない。
一瞬に賭けるためにもタイミングを慎重に見定めなければ。
「このナナシって凄いのよ。もう何もかも解放されちゃう気分になれるの。本当は徐々に量を増やしていくのがいいらしいけど。
特別サービス、一気に大増量よ」
池はシュガースティックみたいなものを取り出した。そしてその封を切ると同時に飛んだ!
「げふっ」
予想外の跳び蹴りに全く反応できなかった。大人しそうな外見から侮っていた。池は意外と運動神経がいい。
「は~い。あ~んしてね」
池は転んだあたしの上に素早く馬乗りになると、池は片手であたしの口を掴み、閉じさせないように力を入れてくる。
まるで万力で拷問されているような力。この華奢な腕の何処にこんな力が?
サッササー、あたしの口に粉が一気に流し込まれた。
ドックン!!!
鼓動が倍に跳ね上がった。
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