第34話 赫く染まる世界

 ただでさえ不利なのに先手を取られるわけにはいかないと、あたしはまだ運動部が朝練を始めるよりも早く登校した。屋上にでも潜んで学校に侵入しようとする怪しい者がいないか監視しようかと考えていた。

 しかし敵はこちらの予想を超えて早かった。

 あたしが下駄箱を開けると一通の封筒が入っていた。

 嫌な予感をしつつ手に取り『天影様』と書かれた宛名に全身の産毛が逆立った。

 『天影様』と書かれたたった三文字に何という悪意が込められているんだ。あたしは凍えたように悴んだ手で封を切り中の手紙と写真を見る。手紙には「助けたければ旧体育館に今すぐ来い。そこから一歩でも寄り道したり、誰かに連絡を取ろうとしたら取引は中止だ」と書いてあった。

 そして同封されていた写真には裸に剥かれ鎖で逆さに括り付けられた池の姿があった。

「許せない」

 口の中鉄の味が広がっていく、気付かない内に力の限り噛みしめていたらしい。

 行ったところで飆ですら勝てなかった相手にどうするんだとか、なぜマリでなく池なのかなど、そういった一切がどうでも良かった。

 ただ、内から燃え上がる怒りに任せあたしは旧体育館に向かう。


 旧体育館は綺萄学園設立当初に立てられた木造の体育館であったが、学園を増築した際に新しい体育館が建てられ、それ以来立ち入り禁止となっている。

 その扉は施錠されているはずなのだが、今その扉は開封されていた。

 扉の隙間から漏れ出す悪意にクラッとしたが、負けじと気合いを込めてあたしは木製の軋む戸をこじ開け中に入る。

「来たわよ。くっ!!!」

 体育館の中には不良が数人。

 池は裸のまま四肢を鎖に繋がれ大の字に吊り上げられ、そのまま犯されていた。向けられた汚いケツがセコセコ動くたびに、池から苦しそうなくぐもった声が漏れてくる。

「おっきたか」

 あたしに気付いた不良達が振り向いてくる。池に突き込んでいた不良も抜き取り、汚いものをぶら下げたままこちらに向く。

 醜悪。

 皆殺しにしてやりたい怒りを抑えつつ、あたしはざっと体育館を見渡す。しかしいるのは不良達だけで、あの怪士の男はいなかった。

 どういうことなんだ? 

 不良共の隙間から見える池は白濁まみれ、体は弛緩しきって鎖に釣られるがまま、目は完全に焦点を失っていた。

 でも、でもまだ五体は満足、まだやり直せるはずだ。

「池さんを今すぐ解放しなさい」

「けっ。てめえの要求よりこっちが先だ。副会長と連んで葦内をどうした」

 この中のリーダー格らしいのが質問してきた。

「知らないわよ」

 意外な名前にあたしは少し戸惑った。

 そういえば、昨日の取引にもいなかったようだが彼はどうしたんだろう?

「本当だろうな」

「ええ」

「ならいい。逃げ出したのか、あの糞。

 だが俺は違うぜ。俺は逃げない。折角あの糞がいなくなってくれたんだ、これからは俺が頂点としていい思いをさせて貰う。

 その為には、あの副会長の野郎だ。以前からいかすかねえ野郎だと思っていたが、あんなに強かったなんて。

 だからよう、お前には副会長の野郎に対する人質になって貰うぜ」

「その提案を素直に聞く義理があたしにあるのかしら?」

 怪士じゃない。葦内関係だったなんてあたしは意識することなく相手を見下していた。

「逃げたら、この女がどうなっても知らないぜ」

 不良の一人はこれ見よがしに吊された池の胸を揉み拉く。

「本当にゲスね」

「その言葉高く付くぜ。副会長にばっかりにいいことさせてないで、俺達も気持ちよくさせてくれよ」

「副会長とはどんなプレイをしているんだ~教えてちょうだい」

 あたしの囲む不良達から湧き上がる悪意を感じる。

 丁度いい。

 怪士と無関係なら、その前哨戦として目覚め掛けたあたしの魔を試させて貰う。

 思い出せっ。

 あの時あたしはどうやって魔を目覚めさせた。

 茫然自失としている池さんを見る。

 へらへらと笑う不良共を見る。

 こんなことして笑っていられる人間に対して、そんな人間がぬくぬくと存在できる世界、この世に神はいない。

 ならば魔に墜ちたあたしが嚇怒で世界を焼き尽くす。


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