第28話 どこにでもあること
「ただいま帰りました」
今日はウェイトレスのシフトが入っていたので直接喫茶店の方に行くとちょうど麝候がカウンターで珈琲を飲んでいた。
必要も無いのに無駄に足を組んだりして格好付けている。
「お帰りなさい セウ君」
ギシッ、麝候のいつもの慇懃な笑顔を見た瞬間心臓が軋んだ。
「どうかしましたか?」
「いえ、何でも無いです」
「そうですか。あっそれから今夜事務所の方に来てください」
「今夜ですか?」
何このタイミング? まさか飆を使って画策していることがばれている?
「ええ、大神君が何か情報を掴んだようで報告に来るそうです」
飆が情報を掴み大神さんが同じタイミングで動いた。
ただの偶然と思えるほど、運命が甘くないことを知っている。でも今のあたしでは取り敢えず従うしか無い。
「分かりました」
ちらっと周りを見るが客はいつものようにいない。マスターも奥の厨房の方に行って近くにはいない。
なら、前から疑問に思っていたことを聞いてしまおう。
「麝候様聞いてもよろしいですか?」
「ん?何だい」
「あの日何であそこにいたんですか?」
今更ながらのシンプルな疑問。
どうして麝候はあの日、あの場所にいたんだ?
あそこはビルの屋上、しかも深夜、普通なら何も無い誰もいない場所、普通ならいる必要の無い場所。何かよほどのことでもなければいない。
「散歩ですよ」
「散歩!?」
「そうです。自然好きが植物公園を歩いて気分転換するように、ボクは欲望の夜を歩く。特にあそこは欲望渦巻く絶好の場所でね。いい気分転換になりますよ。それにたまにですが真なる魂の叫びが聞けたりするんですよ」
それはつまり、あそこに監禁された少女達がいることを知り、何をされているか知っていたということ。
「それだけですか」
「だけとは?」
「監禁されている少女達を助けようとは思わなかったのですか」
「全然。何でボクが魂の探求に関係ないことをしないといけないのですか?」
分かっていた分かっていたはずだ。
「セウ君。あなたには見込みがあったから助けただけのことです。おや、その怖い顔は何ですかな?」
絶望した少女の慟哭を小鳥の囀りのごとく鑑賞して楽しむ。
ならこの男は気取っているだけであそこにいてあたしを陵辱した白ブタたちと何が違うと言うんだ?
見ようによっては白ブタ以上の悪趣味。
こいつは正真正銘の悪魔。
そんなこと分かっていたはずだ。分かっていてあたしは契約したんだ。
復讐のために悪魔と契約したんだ。間違っても正義の味方と契約をしたんじゃ無い。
あたしはこわばった頬の筋肉をほぐすようにゆっくりと動かし笑顔を作る。最悪の作り笑いだ。
「いえ何でもありません。麝候様に見初められたあたしは幸運だったのですね」
これは本心。悪魔でも無ければこんな穢れた少女を助けよう何て気まぐれを起こさないだろう。
強くて格好良くて正義の王子様の隣に純真無垢で美しい少女が似合う。
「一応保護者として言っておこう。悪意に溢れるのが人間だ。あそこも決して特別な場所で無い。
よくある場所でしか無いんだよ」
そんな正論がなんだ。だからといって許されるわけじゃない。
「肝に銘じておきます」
あたしは自分の心に声に出して抑えた。
許せないなら自分で果たすしかない、何時しかこの世の醜悪な白豚共を嚇灼の炎で焼き尽くしてやる。
「よろしい。では夜七時に事務所に来てください」
これ以上麝候を見ていたくなかったあたしは少しだけ早足でバックヤードに向かった。
こんな気持ちになるなんて、あたしは心の片隅でほんのちょっとだけは麝候に期待をしていたのかも知れない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます