第26話 芽生える希望

 目を開けるとそこはもう見慣れた保健室だった。

「起きたのね。全く良く担ぎ込まれる娘ね」

 見ていてくれたのか別途の横に座っていた伊笛先生は苦笑しながら言う。

「ご迷惑をおかけします」

 あたしは上体を起こしながら言う。

「いいのよ。丁度私もあなたに会いたかったところだし」

 さっきまで笑っていた伊笛先生が急に顔を引き締めこちらを見る。

「これがあなたの事件を調べた結果よ」

 伊笛先生は幾枚かの写真をあたしに渡す。

「あなたのお父さんを騙したと詐欺グループのメンバーと思わしき人物達よ」

 ゴクッ。受け取った手が震えているのが分かる。重い。あたしは復讐するべき人物を知って理性を保っていられるだろうか。

「!」

「どうしたの? 顔が真っ青よ」

 数枚ある男女が映っている写真の中に麝侯の写真があった。

 どういうことなのこれ?

「ねえ大丈夫」

「大丈夫です。ちょっと刺激的だったもので」

「ご免なさい。少し配慮が足りなかったわね」

 伊笛先生は本当に申し訳なさそうに言う。

「いえそんなこと、先生はこんなあたしに協力してくれて本当に感謝しています」

「そう言って貰えると嬉しいわ。じゃあもう少し頑張って。どう、この中にあなたの知っている人はいる?」

 もう一度写真に写っている男女を見る。その中に麝侯の他に知っている顔があった。

「これ」

 あたしは矢木が映っている写真を震えながら伊笛先生に渡した。

「この人は?」

「あたしが売られた娼館の館長です」

「そう」

 伊笛先生は何かを察したのかそれ以上は聞いてこなかった。

「他には?」

「他には見覚えはないです。あたし自身はあまり父の仕事に関与して無くて」

 麝侯のことは伏せてしまった。

 これは麝侯のことを信じたいと思っているのか、伊笛先生でさえあたしは信じ切れていないのか。

「分かったわ。でも辛いでしょうけど、何か思い出すかも知れないから写真は持っていて」

「はい」

 確かに麝侯なら主犯でなく従犯として関与していてもおかしくない。それならあの絶妙のタイミングで表れたのも納得が出来る。

 あれは偶然の出会いじゃなかった、計算され尽くされた演出の出会い。

「これからも継続して調査するわ。必ず犯人を暴いてみせるわ。それと、あなたのご両親の行方についても調査を開始したわ」

「父さんと母さんのことが分かるんですか!」

 思わず身を乗り出して聞いてしまったが、伊笛先生はそんなあたしを微笑ましそうに見てくる。

「そうよ。行方が分かったら会える手はずも整えてあげるわ。だから期待して待っててね」

 期待、あのとき悪魔と契約したときに捨てた言葉。もう二度と会えないと思っていた人達にまた会える。会えるものならまた会いたい。

「でもあたしはこんなに汚れてしまった。会えなくてもいいから無事なことだけ教えてもらえますか」

 ぱんっ、頬に熱が走った。

「何馬鹿なことを言っているの。あなたは汚れてなんかなんか無い。堂々と胸を張ってご両親に会いなさい」

「先生」

 伊笛先生の涙が決壊しそうな目があたしをまっすぐに見る。あたしが自分を卑下したことを本気で悲しんでくれている。

 あたしはそんな人達にまた出会えた。

「もう一度言うわ。あなたは汚れてなんか無い。希望を捨てないで」

 また会える。希望が胸から膨らんでいくのを押さえることが出来ない。

 復讐を捨ててまた穏やかに暮らせる日が来るの?

「伊笛先生は何であたしにこんなに協力してくれるんですか」

 麝侯と仕事を少ししたから分かるけど、これだけのことを調べるには結構な人と費用が掛かっているはず。そしてあたしにそれに報いるだけのものなんてない。

「それはね。あなたのことが好きだからよ」

「そっそんな冗談言わないでください」

 真顔で言われて顔が熱くなるのを感じる。

「冗談じゃないわ。あなたは地獄に堕ちては地獄の業火を纏って蘇ろうとする。そんな人には色々したくなっちゃうじゃない」

「先生」

「さあ、もう平気みたいだし授業に行きなさい」

「はい」

 マリに伊笛先生、あたしはまだやり直せるのだろうか? そんな希望が胸に芽生えつつあるのを感じ、あたしは歩く。


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