第24話 決意

「外部から供給された形跡がない」

 香り立つ珈琲を飲みつつ大神の報告を聞いた麝侯の一声だった。

「ああ、どこかの組織が綺萄学園の関係者とクスリの取引している様子はなかった」

「暴力団は関与してないということですか?」

「そうだ」

「そうか。君が言うならそうなのだろう」

 疑わないところを見ると何だかんだで麝侯は大神を信頼しているようだ。

「となると自家製か、はたまた副理事長の被害妄想か」

「それはない。今綺萄学園を中心にばらまかれているクスリは確かにあるらしい。そのクスリの名前はナナシ」

「ほう」

 麝侯はあたしから聞いてナナシについて知っているはずなのに、さも今始めて聞いた風な受け答えをごく自然にする。本当にこの男を簡単に信じてはいけないことがよく分かる。

「別の情報ではナナシについては既存の暴力団も既に動き出しているようだ」

「縄張りを荒らす者を放って置いては沽券に関わりますからね。それでナナシとはどういったクスリなのですか?」

「体験者の話じゃ、服用すると今までにない開放感に浸れるらしい。その効きが凄くてな、一度でも経験すると他のクスリじゃもう満足出来なくなるらしい。その凄さに気付いた暴力団がそのクスリの独占を狙って生産元を必死に捜しているらしい。俺も生産元を見付けたら報酬を払うって言われたぜ」

「それはそれは。でっ暴力団の方では目星がついているのですか?」

「いや。奴らはまだ売人を捜している最中だ」

「なるほど。それで君は?」

「ナナシを経験したことある少女の一人から話を聞くことは出来た」

「流石、ボクの部下」

「誰がお前の部下だ。その少女だが、深夜繁華街を彷徨いているところをドラッグパーティーに誘われたらしい」

「それで付いていったんですか?」

 思わず聞いてしまった。何でそんな簡単に人生を捨てられるの? なかには手を離すまいと必死に握り締めていたって、手首ごと切り落とされてしまう人だっているのに。

「そうだ。まあその娘にも色々事情があってなもうどもいいやって気持だったらしい」

 大神はあたしの怒りを静めるように少女を弁護する。

「それで誘われて付いていった先でのパーティーの主催者が綺萄学園の生徒だったらしい。どうもそいつは結構有名な奴でな、それでその少女も分かったらしい」

「そこまで行けばもうこの事件は終わったようなものじゃないですか。何で途中経過の報告なんかをしたんです?」

 その通りだ。売人が一人分かれば後は芋蔓式に辿っていけるはずだ。

「それがな困ったことに、こちらの動きを察知したのかそいつ姿を眩ましたんだよ」

「あなたは動きを悟られるような下手を打ったという訳ですか?」

「う~ん思い返してもへまはしてないんだよな。いい訳だが相手の方が上だったとしか言いようがない」

 大神は頭を掻きながら言う。どうにも自分で納得してないが、大人として渋々非を認めたというところだろうか。

「まああなたがそういうならそうなのでしょう。ボクは部下の力量不足までは責めませんよ」

「そりゃお優しいことで」

「いえいえ。それでその生徒の名前は?」

「ああ何でも葦内竜司というらしい」

「「!」」

「ん? なんだお前等知っているのか?」

「はい。あたしが学園に転校してから何かと嫌がらせをしてくる奴です」

 あたしと飆が既に葦内のマンションに侵入して調査していることは、まだ報告してない。明日学校に行ったら早速で飆に今日の捜索の結果を聞くことにしよう。ここでうまく麝侯を出し抜くことが出来ればマリを助ける光明が見えるかも知れない。

「なるほど。セウみたいな可愛い娘なら目を付けられてもおかしくはないが、なんで麝侯お前が知っているんだよ」

「ボクはセウ君から学校での出来事について報告を受けているからね」

「そうか~? 今の感触直に知っていそうだったが」

「馬鹿な。ボクとその不良に接点などありようがないじゃないですか」

 これはあたしも同感。葦内は麝侯の美学に合わないだろうし、麝侯が興味を持つほどの魂を持っているとも思えない。

「だがそういう顔をしている」

 大神は納得していない。あたしなんかよりよっぽど付き合いが長くその手口を知っている大神がここまで食らい付く以上、何かあるのかも知れない。

 麝候と葦内との接点で何だろう? 今のあたしでは思い付かない。

「いやいや。それは言いがかりですよ。兎に角葦内という手掛かりが切れた以上他の線を見付けるしかありませんね」

 大神の追求を躱すためか麝候は尤もらしい提案をする。

「あればいいがな」

「それを見付けるのが探偵でしょ」

「口惜しいがその通りだ」

 麝候に何か裏があるとしてもプロとして依頼された仕事は果たすということだろう。

「いい返事です。そうだ大神君には仕事をもう一つ頼みたいのだがいいですか?」

「金さえ払ってくれれば文句は言わないが、今の仕事を優先するから片手間になるぞ」

「それでいいです。

 この少女を探し出して下さい。名前は池 美緒、セウ君と同じ学園に通うお嬢さんですよ」

 分かっていたことだが、麝候はマリから依頼されたことを金を使って見つけ出そうとしている。

 マリが貞操すら棄てて依頼した仕事だというのに汗一つ搔かないで果たすつもりなのか、借金で地獄に墜ちた身だから金なんてと言う気はないが、やはり今一納得できない。

「何か、セウ君?」

「自分で探さないのですか?」

「変なことを言う。ボクなんかより大神君の方がよっぽど早く見付けてくれる。

 マリ君の出来るだけ早く見付け出して欲しいという依頼に誠実に応えているつもりだけど。

 仕事でやる以上、精一杯頑張ったではしょうが無いんですよ」

「そっそうですね」

 悔しいが麝候がいうことは正論であたしはのは感情論に過ぎない。

「おいおい、なんだよこの空気。この依頼何かあるのか?」

「あたしの友達の体が報酬なんです」

「なっ、おい麝候」

「ですが見つけ出さなければこの少女が体を穢される以上の不幸に見舞われるかも知れませんよ。この少女のことを思うなら、ボクの依頼を速やかに果たすべきですね」

「ぐっ」

「それにもうプロとして仕事を引き受けたのでしょう。裏切りでもない以上此方側の事情は関係無いでしょ」

「全くもってその通りだ。この少女を見捨てるわけにはいかないし。

 だが、セウ」

「はい」

「両方助けたければ、俺を出し抜くしかないぞ」

「はい」

「分かってます。それってプロが女子高生に負けるということですよ」

「俺のプライドくらいなら安いものさ」

 そう言いつつも多分大神さんに手を抜く気は全くない。あくまであたしが本気のプロに勝つしかない。

「まあ、いいですけどね。

 ですけど、セウ君ボクも何も腐れ縁だけでこの男を使っているわけじゃ無いですよ」

「分かっています」

「いい顔です。

 まあこれはこれで面白いので良しをしましょう」

 マリが麝侯に関わってしまった。

 それはもうしょうが無い、嘆いてもしょうが無い。

 何としてもあたしが友達を助けるんだ。


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