第23話 対価
あたしは急いで帰った。そして探偵事務所のドアをノックもしないで開けた。
「わかりました。報酬として私の体を抱かせてあげます」
「やめなさいっ」
麝候は椅子に座りマリを見定めるような視線を向けているがマリはそんな視線に動じること無く真っ直ぐに麝候を見返して宣言した。
このシーンだけでこれまでマリと麝候の間にどんなやり取りがあったのか推測できてしまう。
だけど間に合った。
間一髪間に合った。
契約は覆せないが契約が成立する前ならなんとでもなる。
「割り込んでくるなんて、お行儀が悪いですよセウ君」
「マリ辞めなさい。その人は実はあれは君の覚悟を試しただけだったとか言ってくれるような人じゃないのよ。契約を結んだら契約通りに本当にあなたの体を陵辱されるのよ」
麝候の揶揄に構っていられないあたしはマリを翻意させるべく説得を始まる。
「何か酷いな~」
麝侯は苦笑を浮かべるが否定はしない。
「あなたの大事な初めてをそんなことで失ってもいいの」
あたしには分かる。望まぬ状況で悪意に塗れて奪われてしまったあたしにはその大事さが身に染みて分かる。
確実にその後に人生に影を落とす。
だからこそマリを止めなくてはいけない。
「そんなことじゃない。大事な友達を助けることより大事な事なんてないよ」
「マリっ」
あたしの芯が打ち砕かれたように体が脱力する。
そうだそうだった。
マリはこういう娘だった。だからこそあたしは彼女に惹かれ守りたいと思ったんだ。
だからこそ説得は無駄だと分かってしまう。
「セウ。あなたが私を心配してくれているのは分かってるよ。
でも、あなただって私がピンチの時には身を投げ打って助けてくれるでしょ。それとも見捨てちゃうの?」
「それは・・・」
あたしのこんな穢された体で助けられるなら幾らでも麝候に抱かれてやる。
どんな変態行為を強要されたって耐えてやる。
でもそれを言ったらマリを肯定してしまう。
「は~い。即答出来なかった次点でセウの負け。まあここは私に任せなさい」
マリは屈託のない明るい顔で言う。
本当にバージンなんて友達の前ではマリにとってどうでもいいんだ。
「話はついたかね。ならもういいかなマリ君」
「はい。待たせてしまいましたね。未緒の行方の調査及び救出をお願いします。
対価は私の体で支払います」
「了解。契約はなった。
しかし救出とは物騒だね。ただの気まぐれかも知れないのに。何がそんなに君を駆り立てているんだい?」
そうだこの時点ではマリに池がどうなっているかなんて情報は全くない。なのにマリはここまで覚悟を決めてしまっている。
「勘です。こんなこと言うとおかしいかも知れませんが、嫌な予感がしてしょうがないんです」
「分かった。それが取り越し苦労であることを願うよ」
心にも無いことを、麝候に取ってみればあたしが絶対に見たくないマリが窮地に追い込まれたときの反応が見たくて堪らないのだろう。
「ありがとうございます」
マリと麝侯の間で契約はなってしまった、もうあたしにはどうしようもない。
「じゃあね。また明日」
あたしが見守るなからマリは帰っていき、事務所の扉が閉じられる。
ここには復讐鬼と悪魔が一匹づつしかいなくなる。
まだだっマリが友達のために身を張るなら、あたしだって身を張れる。
「麝侯様」
「おっと、前にも言ったけど君に意見する権利なんて無いよ」
「分かっています。ですから提案です」
「提案」
麝候はあたしの提案という言葉に面白そうに反応し言って見ろと目で先を促す。
「はい。マリは近年稀に見る純粋な娘です」
「まあ、それは話してみて分かった」
それ故に麝候もマリに興味を持ったのだろう。
マリが普通の少女だったら麝候もあんな提案をしない。適当にあしらって追い返していただろう。
「麝侯様の求めるのは崇高なる魂のはず。だったらマリには手を出さないでそのままにしておいた方が麝侯様好みの魂に育つのではありませんか?」
「ふふはっはっはは。うまいうまい、ここに来た頃のただ怒るだけの小娘が良くも成長したもんだ。そのままでは行けば復讐も達成出来る日もそう遠くないかも知れないね」
娘の成長を喜ぶ父のような笑顔を浮かべている。
「ありがとうございます」
「だが、甘い。彼女は確かに聖女に成長する可能性がある」
「なら、ここで無理に手折らなくても」
「しかし純粋培養された聖女に何の価値がある。真の聖女とは汚物の中からこそ生まれてくるものではないかな。君だってあのまま普通に生活していたら、ただのちょっと強気で生意気な女の子で生涯を終わっただろう」
「それの何処がいけないですか」
あたしは好きでこんな世界に来たんじゃない。その言葉だけはグッと飲み込んだ。好きで来たわけじゃないけど、選んだのはあたしなのだ。
「別に悪いとは言ってない。神が与えた枷の中普通の幸せを甘受していればいいものを、敢えて原罪に目覚め神の枷に挑む。そんな魂がボクは好きなんだよ」
「悪魔」
「褒め言葉ありがとう。ボクはねえ例え天国であろうとも、裸の王様なのは我慢がならないのさ。だったら地獄で構わない」
あたしは麝候の覚悟を垣間見た気がした。この悪魔は人を弄んで楽しんでいるような可愛い悪魔じゃない。もっと、もっと恐ろしい目的の為なら全てを切り捨てらる探求者、鬼なのかもしれない。
「さて折角成長したと思っていたけど、やはりまだまだ小娘ですね。主を侮辱した以上罰は覚悟してますね」
「また娼婦のまねごとでもさせる気」
「いえいえ、今日はもう遅いですし簡単にいきましょう。貴方の中に眠る魂を今一度活性化させましょう」
「いやっ」
思わず言葉が漏れてしまった。結構鍛え上げられたと思っていたあたしが年相応のか弱い鳴き声を出してしまった。
あの地獄の夜が蘇って魂が穢され押し潰されていく、もし反発できなければ潰れて廃人となってしまう。
あの恐怖だけは、慣れるものじゃない。
「遅いですよ。さあ、暴言の対価を払って貰いましょう」
コンコン。麝侯がシンを打とうした時ドアがノックされた。
「ん!」
「入るぞ麝侯」
ドアを開け大神が入ってきた。
「これはこれは大神君、連絡も無しにどうしたのかな?」
「な~に、仕事に熱心なんでね、経過報告に来たんだよ」
大神はざっとあたしと麝侯に視線を走らせる。何かを感じ取ったのかわざわざあたしと麝侯の間を横切ってソファーに座り込んだ。
「ふうっ。ボクは仕事熱心な部下を持って幸せですよ。そんな部下に労いを込めて珈琲でも出しましょう。セウ君珈琲を三つお願いします」
「分かりました」
助かった。ほっとしつつあたしは下に珈琲を取りに行くのであった。
ほっとした?
あたしはまだまだ麝候の前では小娘に過ぎないと思い知らされるのであった。
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