第19話 魔の発露

 あたしはあっけなく捕まってしまった。

 理不尽な暴力に翻弄され、尊厳を剥ぎ取られるように服を剥ぎ取られた。欲望を滾らせる男達はそれだけでは辱めが足りないと、あたしは男達の獣欲を慰める見世物として手首を鋼鉄の鎖で縛られ天井から吊され一糸纏わぬ裸体を晒されている。

 足は伸ばせば床に着くか着かないくらいの絶妙な高さに上げられ、時間と共に全身が引き千切られそうな苦痛に蝕まれていく。

 男達を喜ばせるだけだと分かっていてもあたしは耐えきれず苦悶の表情を浮かべ、白い肢体をストリッパーのようにくねらせてしまう。

 回りに集まっている男達は艶めかしくくねらせる肢体を視姦して楽しみ、中には既に我慢出来なくて見せ付けるように欲望を擦っているものもいる。

「けっけ。どうしてやろうかな」

 葦内があたしの苦しむ表情をうっとりと眺めながら言う。

 さっさとあたしを犯すでも無く、わざわざあたしに恥辱を与え苦しめる姿を楽しむなど葦内の歪んだ性欲が覗える。

「クズッ」

 心だけは負けまいと苦痛に耐え葦内を睨み付ける。

「いいね~その強気な目。ぞくぞくする。とても元肉便器だった女とは思えないぜ」

「何のことかしら」

「けっけ白を切るってか~。まずはそのスカした顔を泣き顔に変えてやるかな」

「やれるものならやってみなさいよ」

「それじゃあ遠慮無くいくぜ。昔から言うことを聞かないペットの躾はこれに限るぜ」

 葦内は隠し持っていた鞭を取り出しあたしに見せ付けてくる。

「なにっ、そんな物であたしが泣いて謝ると思ってるの? 

 バッカじゃない。精々自分の顔を打たないように気を付けるのね」

「ご忠告ありがと」

 葦内の台詞が終わるか終わらないかの内に風を切る音と共に肉を叩く音が響いた。

「きゃああああ」

 吊り下げられるじわじわとしみ込んでくる痛みとは違う焼け付くような痛みにあたしの絶叫が部屋に木霊した。

 この絶叫をクラシックを聴くが如く耳心地よい顔で静聴する男達。

 バシッ、バシッ、バシッ、地下には地獄を再現するかのように少女の絶叫と肉を叩く音がハーモニーを奏でる。

「はあはあ、どうだ」

 息が切れたのか一呼吸する葦内が見る先には、あたしの白い肌が蚯蚓腫れで真っ赤になった肢体が食肉倉庫の解体された牛のようにぶら下がっていた。

「おら気絶なんかしてんじゃねえぞ」

「ぺっ」

 あたしは髪を引っ張られ顔が上がった瞬間、葦内に唾を吐き付けた。

「いい根性だよ。益々泣き顔が見たくなった」

 胸を葦内に力の限り鷲掴みにされ、指の間から潰された饅頭の鮟鱇のように肉がはみ出す。

「くうっ」

 激痛に顔が歪む。だがその歪んだ表情すら、必死に耐えようとする強い意思がブレンドとなってゾクゾクするほどに凄惨な美しさを際立たせるのか、葦内の顔が益々情欲に興奮していく。

「おっほいい顔。どうだ犯して下さいって言えば楽にしてやるぜ」

「だれが」

 暴力に屈しても心だけは屈してたまるか。

「くっくっく。何処まで俺を楽しませてくれるんだよ、おいおい。お前等、何かリクエストはないか」

 藍内は振り返り手下どもに楽しそうに尋ねた。

「俺浣腸やってみたい」

「おっいいな」

「俺蝋燭っす」

「お前SM好きだったんだ」

 次々と男達は碌でもない提案をする。

 男達が発する悪意。悪意の渦に飲まれあたしは思う。

 人間の本質はこれなのだろうか?

 妬み怨み嬲り嘲笑する。醜すぎる。麝侯はこんなものの先が見たいの。この先に更なる醜悪なるものが眠っているというの。そもそも、こんな生物に生きている価値はある?

「どうだ。お前の意見も聞いてやるぜ。どれをリクエストする?」

 葦内が喜悦に染まったその醜い顔をあたしに向ける。

「あなた達の悪意、確かに受け止めたわ」

 目を見開けば、またあの世界が見える。あたしを囲む男共から錆のようなものが湧き出てくる。おのおのから発せられた錆は渦を描いてあたしに引き寄せられ、あたしの裸体にこびり付いてくる。あたしは自覚する。

 これが悪意だ。

 あたしは悟る。

 これがあたしの我。

 悪意に晒され続け、悪意に赫怒し続けたあたしは、人が発する悪意が見える。

「おうおう、受けて止めてちょ、ついでに俺の性欲も受け止めてくれよ」

 目を炎より熱く血より濃く嚇灼に染めて宣言する。

「宵闇に惑い己の業に潰れろ」

「うげえええええええええええ」

 男の一人が突然吐瀉した。

「ぎゃああああ」

 男の一人は突然汚物を漏らした。

「きもちわるいいいいいい」

 取り囲んでいた男達は皆藻掻き苦しみだしてた。たがその中、ただ一人葦内だけは、脂汗を浮かべているものの何とか立っている。

「なっ何をしやがった」

「己の業を自覚させてあげただけよ」

「何を言ってやがる。この甘い匂い、ガスか毒ガスだなっ」

 目の前に両手を鎖に繋がれ、一糸纏わぬ姿で吊されていて何かを隠し持っていないことなど明白なのに、恐怖から錯乱し葦内は鞭を捨てポケットからバタフライナイフを取り出し刃を剥き出しにした。こうなっては優位に立ったように見えても実際には鎖に繋がれたままの虜囚の身ではナイフの物理的暴力から逃げる術はない。

「死ねっ」

 ナイフが白く柔らかい腹の肉にぷにっとソーセージを突き抜く感触と共に硬化質な刃が肉を破り突き進んでいく。

「ややったぜ」

 ナイフをクルッと回して引き抜く。プシューと血が噴き出し葦内の顔を真っ赤に染めていく。セウの瞳からは光が失われ、頭ががくっと落ちた。

「くたばったか。助かったぜ」

 満足かしら?

 満足だと。ああ満足だ助かったんだからな。

 そう助かったのが満足。

 そうだ。何が悪い。

 所詮その程度の男。

 なっなんだと!

 あなたの原罪は何、あなたの望みは何? 

 俺の望だとっ。それはなおもちゃを見付けて嬲って苦しめてその泣き顔を見ることだ。

 でも貴方は今まさに原罪「嬲る」より「助かる」ことを考えることなく優先させた。所詮あなたはその程度の器、原罪を覚醒させる器じゃない。

 普通の男。

「おっ俺を馬鹿にするなーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。くっくそ。馬鹿にしやがって」

 葦内はナイフを持ち直し見つめ直す先、吊り下げられた裸体の胸は静かに上下し、適度に引き締まった腹も切り裂かれてなどいなかった。

「ああれ? 俺は刺さなかったか。刺したのか? まあどっちでもいい。二度と俺を馬鹿に出来ないようにしてやる」

 振りかざされるナイフ、振り下ろされるナイフが殺意の弧を描いていく。ナイフが胸に突き刺さる寸前、ナイフは弾かれ、葦内の手の中から飛んでいく。

「何だ!!!」

「そこまでだ」

 声の方を向けばそこには飆がいた。

「ちっ。ここを嗅ぎつけたのか」

「手の込んだことをしてくれたな」

 飆はセウが吊り下げられている惨状を見て歯軋りと共に顔を抜き身の刃の如く厳しくしていく。二人の会話から察するに、飆は葦内になんらかの妨害を受けていたようだ。

「こんなことして無事で済むと思ってないだろうな」

「けっけ、前々から気に入らないと思っていたが、それがお前の本当の顔か。なんだお前も一皮剥けば俺と同じ側じゃないか」

「一緒にするな」

 飆の姿が一瞬で消え、葦内が吹っ飛んだ。葦内は傍にあったテーブルに突っ込み酒やらコップなどを床にぶちまけながら転がる。

「げふっ。ちきしょう肋が一本いっちまったぞ」

「立て。その程度で済むと思うなよ」

 苛烈、飆は脂汗を浮かべる葦内を見ても表情を全く緩めない。

「すげえすげえ。俺じゃ敵わないな」

「降伏して許されると思うなよ」

「思ってねえし。まだ負けてねえ」

 葦内は隠し持っていたライターを付けると床に零れていた酒に向かって投げた。ぼっと火が一瞬で燃え上がる。

「お前っ」

「はっは。早く消さないとみんな焼け死んしまうぜ」

 葦内は飆の周りを見た一瞬の迷いを見逃さず、さっさと裏口から逃亡していく。

「くそっ」


「大丈夫か」

 飆はセウを鎖から降ろし優しく揺する。

「うっう~ん」

 あたしは優しさにゆっくりと覚醒から戻ってくる。

「飆君」

「遅れて済まなかった」

「ううん、いいのよ」

 今にも泣きそうな顔にあたしは優しく顔をさすってあげた。

「お前」

「ふふっ、こんな美少女が慰めてあげたんだから元気だしなさいよ。さて」

 あたしは起きあがると周りを見渡す。床にはぶっ倒れた男達に混じって、池さんが倒れていた。急いで池さんに駆け寄る。

「池さん」

「どうやら気絶しているようだな。どうする・・・」

 飆が言いかけた時ウーウーと消防車のサイレンの音が響いてきた。

「まずいな。セウ逃げるぞ」

「逃げる?」

「俺達がここで警察に捕まるのはまずい」

「そうね。池さんは警察に保護して貰うしかないか」

 あたしは池を煙に巻かれないように入り口の近くに横たえた。他の倒れている男どもは知らない、ここで死ぬか生き残るか勝手にするがいい。適当に服を拾って着ると飆と共に裏口から脱出した。

 慌ただしかった一日。警察に捕まらないように帰ると、あたしはベットに沈み込んでいくように眠りに落ちていた。だからこの日の深夜に何が起こったのか全く知ることはなかった。


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