第18話 捜査
繁華街から少し外れた広場。電車の高架とビルに囲まれ、野球場の内野の二倍くらいの広さのスペースがある。何かのイベント会場になることも多いところだが、最近では夕方にもなるとどこからと来なくやって来た中高校生達のたまり場と化している。今日も茜色に染まる中、ざっと百人前後の未成年が集まってきている。
あの日飆と打ち合わせを行い、元々ここで行う予定だった飆の調査を手伝う事になった。
「ここは?」
「家出娘や不良のたまり場かな。健全な生徒ならあまり近寄らない」
「ふ~ん。ここでその綺萄学園の生徒の売人を捜すの?」
「そうだ。噂ではここで彷徨いているとドラックパーティーに勧誘されるらしい」
「囮になるって事か。でも都合良く向こうから話しかけてくるのかしら?」
変装として制服を近くの高校の紺のブレザータイプに着替え、あたしのトレードマークのポニーテールも目立つので解いて今はロングストレートになっている。これでパッと見ではあたしとは分からないと思うけど。
「それは運だが。努力で確率を上げることは出来る」
あたしは飆からスマートフォンを渡された。
「これは」
「その中に綺萄学園全校生徒の写真入り名簿が入っている。顔を覚えて綺萄学園の生徒がいるか捜してくれ。場合によってはさりげなく近寄るなりしてくれ」
「ははっ」
千人近く生徒がいるのに軽く言ってくれる。
「じゃあ、俺は離れるからな」
「そうなの」
意外、てっきり付きっきりであたしを監視しているかと思った。
「男連れじゃあ声が掛けにくいだろ。設定上お前は親戚に虐められて家を飛び出した可哀想な家出少女なんだから。安心しろ、俺は離れてお前を監視しているから」
そうか、あたしを庇護すべきか弱い女の子じゃ無くて一応パートナーとして認めてくれているんだ。
戦闘は兎も角期待されているのなら役割は果たしてみせる。
「分かったわ。期待しているわよ」
「任せろ」
飆は親指をグッと立ち上げると雑踏の中に消えていった。
ここはグレーゾーン、平和な日の当たる世界と闇の世界の狭間、一歩間違えば闇に落ちていってしまう。ここにいる少年少女達は、何を好き好んでこんな狭間に来るのだろう。笑っているあの顔の下に誰にも窺い知れない闇を抱えているのだろうか。
それとも怖さを知らない遊び心?
「よう彼女一人? 今夜泊まるところがないのなら俺の家に来ないか」
飆が離れて数分、スマートフォンで顔写真を見ながら歩いていると早くも獲物が掛かってきた。やっぱ、餌がいいのかな。なんてね。あたしは素早くアプリを切り替える。
あたしに声を掛けてきたのは、大学生くらいでシルバーアクセサリーをじゃらじゃらさせた如何にも過ぎる容貌をした大学生くらいの青年だった。綺萄学園の生徒ではない時点で興味は薄れはしたが、一応当たりは付けておこう。
「あなたがあたしの望む物を持っているならいいわよ」
はっすからい感じをうまく出せただろうか。
「へえ~何かな、ここだけの話、俺結構やばいのも持っているぜ」
うんあたしの演技も大したもんだ。青年は簡単に食い付いてきた。
「ななし」
「へっ」
「ななし、持ってる?」
「それって最近流行のクスリだろ。残念だけどそれはないな。あれって流通量が少ないんだよな。他のクスリじゃ駄目か。色々あるぜ」
「あたし他のクスリは大概やっていてもう飽きたのよ。新しいクスリが流行っていると聞いて興味が湧いて来たんだけど。無いならいいわ。消えて」
「そう言うなよ。俺それ持っているダチがいるから。今から連絡するからよ。ちょっと待ってろよ」
青年は携帯を取り出しどこかに電話を始めた。凄い必死、そんなにあたしは魅力的なのかしら。
青年が電話を終えて無言のまま待つこと数分するとあたしと同じ高校生くらいの少年がやってきた。帽子を深く被っていて顔が良く見えないこともあって綺萄学園の生徒かどうか判断が付かない。
「なあ、少し譲ってくれよ」
「でもなあ」
青年が話しかけ少年が渋る。
「昔、色々世話してやっただろ」
「誠二さんには確かに世話になりましたけど。でも俺も今手持ちがないんっすよ。近くにリーダーがいるから一緒に来て貰えないっすか」
「ちっめんどくせえなあ~。なああんたも一緒に来て貰えないか。此奴等のたまり場、直ぐそこのビルの地下だからさ」
青年は近くある四階建てほどの煤けたビルを指差す。上から看板無し、サラ金、雀荘、バーとなっていて健全な学生なら絶対に近寄らないビルだ。
「嫌よ。そんなとこにほいほい付いていったら何されるか分からないじゃん」
素直な感想を述べる。あんな場所にほいほい付いていくと言ったら怪しまれると思って、少し逃げる振りをする。尤もそんな頭があったらこうもストレートに誘わないか。
「おいおい、そんなことしないって。なあ」
予想通り過ぎる反応。笑顔を浮かべてあたしの緊張感をほぐそうとする。笑顔が決して善意の表れないことを思い知る毎日だ。
「そうですよ。こんなだけど俺等意外と紳士っすよ」
紳士がクスリを女子に売るか。全くあの自称紳士といい、紳士という単語の意味を書き換える必要が出てきそうだ。
「信じられない。そもそもそっちはあたしの体が目的だったじゃん」
「うっそれは」
「またナンパしてたんすか誠二さん。しょうがないな~。でもさあ~君だってななしに興味があるんでしょ」
「ええ。流行ってるって聞いてね。ななしって一体どんな感じになるの?」
「それは一言で説明するのは難しいな~。やっぱキメてみないと。ななしキメてやると本当に全てのしがらみから解放される気分になれるっすよ。大丈夫大丈夫、俺等嫌がることはしないから。サドじゃないんだちゃんと気持ちよく感じさせますって」
「でも」
「ななしを扱っているのは俺等だけだぜ」
さりげなく青年があたしの後ろに回り込んでいる。ここまで来たらどうあってもあたしを逃がさないつもりね。
「本当に無理矢理はしない」
「しないしない」
これだけ焦らせておけば怪しまないだろう。後は飆がうまく尾行することを祈るだけ。
古びた商業ビルの階段を下りて扉を開けると酒と饐えた体臭の匂いが漂ってきた。
「入れよ」
「ええ」
中に入ると地下はワンフロアになっていて、薄暗い照明の下、ソファーで囲って幾つかのブースに区切られている様子が見えた。
「こっちだ」
少年に付いていき一番奥にあるスペースの前まで行く。
「ようセウちゃん。今日はどうしたイメチェンか」
「葦内!」
ソファーにどっかりと腰掛けまるで友達のように片手を上げて挨拶をしてくる。
「学校の制服以外は始めて見るけど、なかなか似合ってるじゃないか」
「貴方に褒めて貰ってもなぜかしらちっとも嬉しくないわ」
ここまで意外性のない売人の正体にあたしは拍子抜けしていた。これだったら最初から此奴を締め上げれば良かったんじゃないかな。
「そう言うなよ。面白いもの見せてやるよ」
「いいわよ」
「なに時間は取らせない」
葦内の口調は穏やかだが、あたしの背後は男二人に塞がれている。
分かってはいたけど、あたしを無事帰す気はないんだろう。ここで逆らってもしょうがない。飆が来るまでの時間稼ぎのつもりで、あたしは葦内に大人しく付いていくことにした。付いていった先、区切られたブースの中数人掛かりで犯されている女性がいた。穴という穴に欲望を突き込まれ、もはや力尽きたのか人形のように為すがままに体をゆらしている。
「くっく、どうした顔色が悪いぞ。丁度やりたくなったんでは、仲間と一緒に女を一人攫ってきたんだ」
この光景はあたしに過去を思い出させる。
「冷や汗が酷いぞ。どうしたんだい、過去の光景でも思いだしたか」
「!」
こいつあたしの過去を知っている?
「すぐに彼女を解放しなさい」
「はっ何で俺がお前の命令を聞かなきゃいけないんだよ。彼奴を解放して欲しかったら、お前が代わりに成れよ」
なんて理不尽な要求。でもこの要求を飲まなければならないのが弱者。あたしに力さえあれば。知らず唇を噛み切っていた。血の味に頭が冷える。
いや違う。
そうやって何かがないから何かが出来ないといい訳をするな。ないなら代わりのものを探せ手に入れろ。あたしは拳を固めて腹に力を入れる。
「お断りよ。なんであたしがそんな要求を受け入れなければならいの。言っておくけど、あたしが警察なり学校に通報したらあなた達は終わりなのよ」
自分に力がなければ何かを利用すればいい、それは決してずるではない知恵だ。
「でもよ~そんなことしたらお友達の人生も終わるぜ」
「何を言っているの?」
「おいお前等きたねえケツがじゃまだからちょっとどけ」
葦内に言われて渋々と言った感じで男達が少女から離れていく。人壁が無くなり視界が開ける先、そこには目の焦点が合ってない池がいた。
「なっんっで」
何でよりにも寄ってあたしの知っている人なの? せめてただの他人ならまだ耐えられたのに。
「お前がいけないんだぜ。素直に俺の女になっていれば、俺も欲求不満になることもなくこんなことしなくてすんだんだぜ」
キッ、あたしは今視線で人を殺せるなら確実に葦内を殺せるほどに睨んでいる。
「おお、怖い怖い。全く本当はよ~お前への当てつけに日高を攫おうとしたんだけど、あいつぼ~としているようでなかなか隙がなくってよ。それで仕方なく次点でお前に関係ありそうなそいつにしたんだ。そいつ一人暮らししているから。宅配人装って・・・」
「何でそんなに簡単に人の人生を踏みにじれるの?」
「ああっ何言ってんだ。人の人生を踏みにじるより楽しいことなんてないだろうが。人の惨めな姿を見るとしみじみと感じるね~己の幸せって奴を」
葦内の台詞に嘘はない。本当の意味でいい笑顔で語っている。
そねそうなのね。世の中こういう思考の奴が本当にいるのね。コロンブスの大発見、コペルニクス的発想の転換だわ。
本当はいい子なんてない、悪は本当にいる。
「こんなことしてただで済むと思っているのっ」
池さんには悪いけど、こいつは野放しにしておいてはいけない。こいつはいるだけで周りに不幸を撒き散らす災厄だ。
「どうにもならねえよ。ばれなきゃいいだよ、ばれなきゃ。お前、もう一度家に帰れるとおもっているの?」
あたしの決断は早かった。葦内が言い切る前にクルッと反転すると出口に向かって一気に走り出した。
「逃がすかよ」
女性に対して何の遠慮もない跳び蹴りを背中に食らってあたしの意識は消えた。
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