第17話 甘え

 気付いたら保健室のベットで寝かされていた。

「一体どうしたの?」

 伊笛先生は心配そうにあたしを見て、手を握ってくれる。優しい柔らかさ。

「何でもないですよ。いつもの貧血でふらついただけです。

う~ん、先生には迷惑ばかり掛けちゃって、もっとレバーとか食べた方がいいですかね」

 これ以上この人を心配させてはいけないという気持とこの人に虐められていたなんて情けないことを知られたくないという気持が織り混じって、あたしは明るく茶化しながら答えた。

 そんなあたしの顔を伊笛先生が心配そうに覗き込んできて、あたしの嘘を見抜こうというのか真剣な目付きが迫ってくる。

 唇を暖かく柔らかいもので塞がれた。

 あたしは伊吹先生にごく自然にキスされていた。

 んっ!?

 伊笛先生の舌が優しくあたしの唇をこじ開けて侵入してこようとする。

 抵抗できない。

 唇を閉じようとしても優しく甘噛みされる。

 先生の掌があたしの膨らみを優しくさする。

 先生が開けたのはあたしの唇なのか、あたしの心なのか。

 開いてしまった。

 侵入された舌を伝って暖かいものが流れ込んできて心の堰が流されていく。

 十分に満たされた頃を見計らって解放された。

「先生」

 名残惜しみながら離れていく、でも瞳と瞳は絡み合ったまま互いに熱く見つめ合っている。

「さあ、話して」

 あたしは今まであったことを素直に話していた。不破に虐められていたどころか、流石に魔術のことは伏せておいたが、親が破産して麝侯に出会ったことまですら話していた。

「今はその人お世話になっているのね」

「はい」

「ねえ、私も貴方の敵討ちに協力してもいいかしら?」

「えっそれって」

「あなたのお父様が騙された事件、私のつてを使って少し調べてみるわ」

 好意の善意が嬉しい。でも。

「申し訳ありませんが、好意に甘えるわけには行きません」

「何で?」

「これはあたしの復讐です」

 相手を騙して協力させているのならまだいい、でもこんなただ人の善意に甘えるだけなんてあたしの復讐と認められる訳がない。

「厳しいのね」

「復讐に善も悪もありません、復讐とは自己満足です。なら納得しないと」

「そういう不器用な生き方嫌いじゃないわ。でもね。復讐をするにしても時期ってあると思うの」

「時期?」

「そう。復讐のため力を蓄えるのは悪いとは言わないけど、いざ力を得た時には既に時を逸している場合があるわよ」

「そっそれは」

 そう、あたしが力を得るまで相手が無事でいてくる保証はない。あたしの復讐の効果が最大になるように相手が幸せでいてくる保証はない。いまこの世界で父を陥れた詐欺師の幸せを祈っているのはこのあたしであろう。

「証拠も時と共に風化していくわ。特にこんな表に出ない事件では尚更よ」

 分かっている分かっているけど。

「私の好意に甘えるのが嫌なら、こういうのはどうかしら。私が貴方に協力してあげる代わりに、貴方も私に一つ力をかして貰えないかしら」

「あたしの力?」

 あたしにどんな力があるっていうの?

「ふっふ、それは貴方は自分を過小評価しすぎ。あなたは私の力になれる」

 一瞬だけど先生の姿が麝侯と重なった。

「先生、貴方は一体」

 動揺するあたしはいきなり抱き締められた。やさしくやさしく羽毛のようにあたしを優しく包み込む。その抱擁、幼き日の母を思い出す。

「私を信じて」

「はい」

 あたしは結局甘えてしまった。


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