第15話 修行

 その日の夜、あたしは学園で流行っている「ナナシ」について麝侯に報告した。

「なるほど、クスリですか。そんなものが流行っていては安芸さんも学園の再建どころではありませんね。分かりましたセウ君は引き続き思うがままに学園生活を過ごして下さい。ただし報告だけは正確にお願いしますよ」

「はい」

「いい返事です。それでは今日の修業を始めましょうか」

「はい」

「では今日は天気もいいですし、繁華街に行きますか」

 また繁華街で馬鹿なことをやらされるのだろう。嫌がらせとしか思えない。でも修業を始める時に麝侯とした会話が思い出される。


「セウさん、この世で生きていく上で必要なのは何なのか分かりますか?」

「力です」

「そうです。この世で何をするにはまずは力、力がなくては何をすることもできない。守りたいものが出来ても、やり遂げたいことがあっても、まずは力なくては話になりません。ただ力と言っても色々な種類があります。社会で生きていく上での力、財力、権力。自然で生きていく上での力、暴力、知力。この四つがあれば大抵のことは出来ますね。この四つの力をセウさんには、おいおい手に入れていって貰います」

「はい」

 分かっているその四つの力の内、どれ一つ欠けてもあたしの目的は達成出来ない。

「ですが、何の力もない小娘に過ぎないセウ君が、まともにこの四つを手に入れようとしても、途中で挫折するか、よぼよぼのおばあちゃんになってしまうのがオチです」

 ムカッ。そんな正論言われるまでもなく分かっている。でもそれを君は特別と煽てて夢見させてやらせるのが優れた指導者ってもんじゃないの!

「おや怒りました? なになにボクに甘い言葉でも期待してましたか? それなら今からでも言ってあげてもいいですが、セウ君はもう夢見る乙女は卒業したんでしょ」

「当たり前です」

 いちいち人の心を読んだようにむかつく。

「安心しました。それなら凡人が力を望むなら正攻法では駄目なのも理解できていますね。セウ君には裏技として魔術を磨いて貰います」

 魔術。あの日見たあの力、あたしはあの力に惹かれ麝侯に付いていくと決めたんだ。その魔術が手に入るならどんな修行にだって耐えてみせる。

「そして魔術を磨くためにはまず魔の力に目覚めなくてはありません」

「魔の力?」

「そうです。魔とは究極に高めた己の我。己の我を極限を超えて高めていき世界の理を覆すことが出来た者のみが手に入る力、それが魔。まずはセウさんには己の我を徹底的に磨いていって貰います」

「我を磨く?」

「我を磨くためには、より多くの我に触れること。普通はより多くの我に触れ合うと、角が取れ丸くなってしまいます。ですが逆により多くの我とぶつかり合い、角を更に鋭利に個性的にしていくことも出来るのです。そしてそれに最も最適な場所が人々の愛憎欲望が渦巻く繁華街なのですよ」

 麝侯の顔は相変わらず人を喰った笑顔、真剣なんだか冗談なのだが判断が付かない。でも、あたしは信じる。あたしはこの人を信じると誓ったのだから、徹底的に付いていく。この誓いを胸にあたしは今日も繁華街に溶け込んでいく。

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