第14話 可愛い嫉妬

 飆に案内されて生徒会室に来た。中にはいると白雪のような肌と漆黒の髪のコントラストが美しい少女がいた。

「ようこそ天影さん、私は綺萄学園の生徒会長の竜庵寺 燦です」

 真っ直ぐにいるようにこちらを見る視線、焼き入れが入った芯の強さを感じる。

「天影 宵です。よろしくお願いします。それであたしに何の用でしょうか?」

「腹の探り合いは面倒なので、単刀直入に聞くわ。副理事長に何を依頼されたのですか」

「何のことですか」

 しれっと誤魔化した。こんな演技が自然と出来るようになるなんてあたしもすれてしまったもんだ。

「誤魔化しても無駄です。副理事長があなたがやっかいになっている親戚の探偵事務所に何か依頼に行ったことは分かっているのです」

 情報が駄々漏れじゃない。それでも最後の一線の情報はまだ漏れてないことを褒めるべき?

「いえそんなことは」

「副理事長の行動は監視させて貰ってます。誤魔化しても無駄ですよ」

 学生の身でそこまでする?

「私は綺萄学園を愛しています。その愛する学園をあんなお金のことしか考えない部外者にいいようにいじられるなんて堪えられない。この学園の問題は私自身の手で解決します」

 事前に読んだ資料では、竜庵寺 燦は現理事長の竜庵寺 益男の娘とある。安芸さんのことが面白くはないのは分かるけど、元々は名門の名に胡座を掻き没落を自ら招いたあなたの親と比べれば、手腕と行動力がある安芸さんの方が学園のためになる気もする。

「すいません。本当に伯父の仕事に関してはあたしもよく分からないんです」

「でも副理事長が貴方の伯父の所に行った数日後に貴方が転校してきた。これで関係がないと言っても素直に信じてくれる人がいるかしら」

「偶然って怖いですね」 

「流石、葦内と互角にやり合ったと噂されるだけはあるわね」

「知っていたんですか」

「ええっ、学園では結構な噂だったもの」

「学園を愛する貴方があんな無法者を放置しているんですか?」

「痛いところを突くわね。でもね。私だって一生徒よ。一生徒を退学なんてさせる権限はないわ。それに彼には迂闊に手を出せないの」

「ここで大人の世界を持ち出しますか」

 あれから調べたが葦内はここらでは力を持っている一族の息子らしい。そのコネでこの学園に入学出来たのだろうが、そんなのを許しているから今の凋落が始まったのだろう。全ては力。法が力の弱い者を虐めるためのものでしかないことが、本当に実感させられていく。

「ふうっ、あなたをこの学園に送り込んだ魂胆なんとなく分かったわ。なら私もそれを利用させて貰うわ」

「どういう意味ですか?」

「そのままの意味よ。呼び出したりしてご免なさいね」

 意味深なことを言う人だ。まあいいわ、あたしにも収穫はあった。

「では失礼させてもらいます」

 生徒会室を退室、そしてなぜか一緒に退室した飆が言う。

「ちょっと付き合え」

「いいわよ」

 あたしは飆に人気のない校舎裏に連れてこられた。

「こんな人気のないところに連れてきて告白でもするつもり?」

「悪いが今は冗談を言い合う気分じゃない」

「いつならあなたに冗談を言っていいのかしら?」

 麝侯みたいにいつも巫山戯態度の男もどうかと思うけど、飆みたいにいつもいかめしいのも疲れるわ。

「・・・。麝侯は何を企んでいる?」

 飆は決闘でも挑むかのようにこちらを見据えてくる。

「何でそんなことを気にするの?」

「何でだって? そんなこと決まっているだろ。ここは俺の学校で友達もいる。そんな大事な場所、悪魔に彷徨かれてたまるかっ。ってその顔は何だよ」

「いや、孤高の人かと思っていたから、友達とか言うから普通に驚いているだけ」

「・・・」

「別に麝侯は主体的には動かないわよ。ただ唆すだけ」

「なお質が悪いっ」

「その通りね」

「分かってるのかよ。まあいい、どうせ白を切り通すんだろ。だったらこちらからカードを切ってやる。ナナシしだろ」

「!」

 何それ?

「正解か。そんなに驚くことじゃないだろ。今のこの学園で麝侯が食い付きそうなネタなんてそれほどあるわけじゃない。それでいて副理事長が動くほどのものとなれば自ずと分かる」

「ふんっ。推理力の自慢でもしたいのかしら?」

 何のことかさっぱり分からないけど、あたしの仕事は学園における問題の収集、勝手に誤解してしゃべってくれるのなら、わざわざ訂正する必要はないだろう。

「麝侯に何を命じられたか知らないが、この件からは手を引け」

「随分ね。あたしが麝侯の命令に逆らえると思っているの」

「それでもだ」

 茶化したように言うあたしに飆は怒った。

「俺もこの件については前から密かに調査しているが、多分バックにはちんけなちんぴらじゃない大物がいる」

 う~ん、ななしってなんだろ? うまく聞き出す方法はないかしら。

「何であなたがななしの捜査なんてしているの? フォビアさんの仕事の関係?」

 兎に角しゃべること、しゃべれば何かの糸口は捕まえるだろう。それにしても飆って以外とおしゃべりなのね。

「師匠は関係ない。俺個人の動機で調査している。そして動機はさっきの通りだ。俺は俺の大事なものを守りたいんだ。友人が麻薬に犯されるなんてあってたまるか」

 彼の荒削りの気持がぶつかってきて心が揺さ振られる。彼の怒りは本物だ。そして「ななし」が麻薬の名前だということが分かった。

「当然大事なものの中にはお前だって含まれている」

「えっ」

 この人は照れるような恥ずかしいような台詞をまっすぐに言えるんだ。

「手が引けないと言うなら、せめて組まないか」

「組む?」

「そうだ。単独で行動しているよりは危険が減る」

「随分と上からの目線ね。自分の目の届く範囲なら守ってやれるってこと」

 この前見た飆の圧倒的武力。確かにあれだけの力なら大抵のことは怖くないだろう。たいして今のあたしには何の力もない。それは認めるわ。

「正面からの暴力だけが脅威じゃない。どんなに強くても油断しているところを毒を盛られたりすれば俺だって危ない。そういう意味で、俺もお前に守られることになる」

 麝侯が言っていたのはこの事だったのだろうか。特にあたしが何をするわけもなく、向こうの方からトラブルが勝手に集ってくる。分かっているの飆君、あなたはあたしを危険から遠ざけようとして却って近付けているのよ。でも、その滑稽さを笑いはしない。むしろ感謝する。なぜなら、あたしにはこの事件に関わりたい強い動機がある。あたしの中、あの光景が蘇る。誘拐されてから数日、反抗的なあたしを屈服させるため見せられたあの光景。

 ちゃりん、歩くたびに首に付けられた鎖の金属音が響く。一糸纏わぬあたしの裸体に黒光りする首輪を付けられ四つ足で歩かされる。人間の尊厳を削ぎ落とし家畜に貶めようとする調教。

『おらっ早く来い』

「きゃあっ」

 あたしはぐいっと力任せに引っ張られ首輪が締まり息が止まる。倒れ掛けるあたしの頭を太い腕がぬっと鷲掴みにして押さえつける。 

『おらっみろ』

 見せ付けられた光景。牢屋の中、裸で糞尿を垂れ流しにする少女達がいた。彼女達の目は一様に虚ろで焦点が合って無く何処を見ているのか分からない。

『へっへっいい娘にしているんだな。あんまり逆らって手を焼かせると、言うこと聞かせる魔法の薬を使いすぎてああなっちまうぜ』

「いやいやーーーーーーーーーーーーーー」

 あたしは喉が潰れるほどに絶叫した。

『はっはいいぜいいぜお前のそういう声が聞きたかったんだ』

 それでもその後反抗的な態度を取ったため、2~3回打たれたことがある。幸い中毒になる前に麝侯に出会えたけど。あのまま打ち続けられたら、あたしはあの日見たあんな物体になっていた。あんなもの許してはいけない。あたしは込み上げる怒りを抑えつつ飆に言う。

「いいけど、具体的にはどうするの?」

「今日の放課後ここに来てくれ、そこで具体的な打ち合わせをしよう」

「分かったわ」

 あたしは飆と手を結んだ。悪意に対して受け身となるのはいや。積極的に悪意に関わってやる。


 教室に帰って来て机に座ると違和感を感じた。何だろう? 机の中から次の授業で使うノートを取り出して目の前が真っ暗になった。

 『便所女。精液くせえんだよ~。このバイタ etcetc』ノートにはあたしに対する罵詈雑言が書かれていた。あたしも転校してまだ数日なのに大人気だな。

「セウ」

 あたしは慌ててノートを隠した。

「何、マリ」

「ねえ、副会長と知り合いなの?」

「えっ」

「さっきの昼休み副会長とセウが逢い引きしていたってもう噂よ」

「そんなことあるわけないじゃない。でも彼とは伯父の仕事の関係で前から知っていたの。それで廊下でバッタリ会って、ちょっと話をしていただけよ。何よ。マリの方こそああいうのが好みなの? 何なら紹介しようか」

「う~ん。彼私の好みからはちょっと外れているのよね。でも、彼校内で人気あるから、彼にするなら結構ライバルが多いいよ」

「そうなんだ。ふ~ん」

 とするとこのノートの悪戯書きはあたしに嫉妬した女生徒の犯行? くだらない。あたしは慢心していたのか、この悪意を可愛いものと鼻で笑ってしまった。

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