第13話 副会長

「セウちゃん。今忙しい?」

 昼休みと同時にマリがすり寄ってきた。

「特に忙しくないけど」

「良かった。私これから委員会で、急いで生徒会室に行かないといけないんだけど~」

 こんな風に甘える声を出されると察しが付くけど、あたしは素っ気なく言う。

「それで」

「だけどその前に倉石先生の所に集めた宿題を持っていかないといけないの」

 確かに宿題はレポート形式でクラス全員の分となると結構な量で女の子が一人で運ぶのは辛いかも知れない。

「ふ~ん大変ね」

「あ~んそんなクールなセウも好きだけど宿題運ぶの手伝ってよ」

「しょうがないな~。この貸しは大きいわよ」

「クールだけど優しいセウが好きよ」

 マリはあたしに抱きついてくる。ほんと素直に甘えられるマリが羨ましく、好き。

 セウとマリは宿題を半分づつ持って理科準備室に向かった。

「あっここだ」

「先生レポートを持って来ました」

 中に入ると薬品棚に囲まれ倉石先生がいた。倉石は中肉中背、顔は角張っていて無骨な感じがするが、それがいいと一部の女生徒の間では人気がある。

「ご苦労、そこに置いてくれ」

 机の空いているところにレポートを置く。倉石は丁度食事中だったらしくデスクの上には弁当が広げられていた。こんがり小麦色の肌になった唐揚げ、小判のように輝くだし巻き卵、茹でて艶っぽいピンクに染まったサーモンを鮮やかなグリーンで包み込んだサラダ巻き、如何にも手間が掛かっていそうなおかずが美しく並べられていた。

「丁寧なお弁当ですね。奥さんの手作りですか?」

 あたしは何気なく尋ねる。

「残念ながら私は独身でね。これは私が作ったものだ」

「うそっ」

 これだけの物をこの無骨そうな男が作ったと聞くとちょっと信じられないのか、マリは思わず本音を漏らしてしまったようだ。

「食べるとは、命を奪い、命を自分の中に取り込み、新しい自分を産み出す、破壊と創造を司る最も魂の魂元に迫る行為。努々手を抜いていいものじゃない」

「はあ」

 マリはいきなり難しい話になって少し退き気味の顔になっている。

「その顔は大げさなことを言うと呆れているようだね。だが、人は奪った命によって形作られていくのは事実だよ。例えば、最近欧米化の食事になり肉を多く食するようになった結果、日本人の体は大きくなり、精神も攻撃的になってきた」

 奪ったものにより形作られる。この言葉、心に響く。

「なら綺麗なものだけ食べてたら、私美人になれるかな」

「日高君は可愛いな。難しい顔して天影君はどうなりたいのかな?」

「あたしは強くなりたいですね」

「ほう女の子なのになかなか勇ましい。これも時代かな。君は強くなって何を望むのかな?」

「あたしは・・・」

 思わず言いそうになったが、その後に続く言葉をあたしはグッと飲み込み黙す。

「その想いは胸に秘めるか、君は一昔前のサムライの様だね」

 黙り込んだあたしの顔に倉石は何を感じ取ったのか自ら質問を閉じた。

「やだな~先生。セウは凛々しくて格好いいけど、女の子に向かってサムライだなんて」

「これは失言だったかな。許してくれ天影君。お詫びにいいことを教えてあげよう。略奪者より強くなりたくば、やはり略奪者を喰うしかないだろうね」

「何を言っているんですか先生?」

 マリは可愛く小首を傾げる。

「さあさあ、あまり無駄話をしていると生徒会に行く時間が無くなるぞ」

「おっと。ではでは失礼します。行こうかセウ」

「そうね」

 あたしとマリは理科準備室から出た。

「じゃあ、私は生徒会に行くね」

「うん」

 マリと別れ教室に帰る道を行く途中、ちょっと花摘みに寄った。

「ふう」

 個室に入って腰を下ろした途端だった。ばしゃー上から水が降ってきた。そして続く罵声。

「調子にのってんじゃないよ、この公衆便所」

「誰っ」

 急いで外に出た時にはもう誰もいなかった。

「くっ」

 誰もいないトイレ、ぽたぽたと滴が床に落ちる音だけが響く。惨めだった、こんな嫌な気持になったのは久しぶりだ。

「はっはっははははははははは」

 突然笑いが込み上げてきた。悪人と善人が境界を持って別れて住んでいるいるわけがない。人がいる場所なら悪意は何処にだってある。だからこそあたしはここに今いる。犯人は絶対に見付け出す。手掛かり圧倒的に少ないけど必ず見付け出す。

「はっくしょん」

 さむ、それはそれとして、まずは体を拭く物を捜さないと。トイレから出ると、ちょうどそこに伊笛先生が通りかかった。

「ちょっとびしょぬれじゃない一体どうしたの?」

 驚いた顔をした伊笛先生が言う。

「何でもないです」

 しれっと答える。

「こんなびしょ濡れで何でもないことはないでしょ」

「濡れていようが大丈夫です。涼しいくらいです」

「意地張ってないで兎に角保健室に行きましょう。そこならタオルもあるわ」

 あたしは半ば強引に伊笛先生に保健室に連れてこられた。

「まずは脱いで風邪を引くわ」

「はい」

 大人しく言われたとおりに濡れたセーラー服を脱いで伊笛に渡していく。

「これは渇かしておくとして、まずは拭かないとね」

 伊笛先生はバスタオルを体に掛ける。そしてその上から優しく抱き締めてくれた。

「あっ」

「たまには肩の力抜きなさい。話ぐらいは聞いてあげるから」

 優しく優しく囁く伊笛先生の、その声にあたしは涙腺が緩みそうになったのを辛うじて堪えることが出来た。ダムと同じ今ここで決壊したらもう戻らない。あたしは決壊しないように高く高く厚く厚く堰を積むのであった。

「はい」

 涙を堪え辛うじてこれだけ言えた。

 着替えを貸して貰い教室に向かって暫く歩いていると、突然前を塞がれる。

「よう。セウちゃん一人でどうしたの?」

 葦内だ。相変わらず横っ面を張り倒したくなるのにやけた顔を晒している。

「あなたには関係ないです」

「そうつれない事言うなよ。プレゼントは気に入ってくれた」

「やっぱりあなただったのね」

「やっぱりって、何のことぼくちゃんわかんない~」

 にやにや嫌らしい顔を葦内は見せ付けてくれる。

 醜い。影でこそこそ嫌がらせしか出来ない醜悪な男。豚の腐臭さえ漂ってきそうなこの男を恐れて、普通の生徒の方が怯えなくてはならない理不尽。理不尽、なら、あたしの敵だ。

「こらっ何睨んでんだよ」

 あたしの殺気に気付いたのか葦内はにやついた顔を辞めて睨み付けてくる。

「醜いわね」

「んだとてめえ」

「女の子相手に、暴力をちらつかせるか影でこそこそ嫌がらせをするしかできない。一生女の子には相手にされないわね。可哀想なチェリー坊や」

「女だと思って下手にしてりゃ~。今すぐかっさらって犯してやろうか」

「出来るものならやってごらんなさいよ。真正面からは闘えない臆病者が」

 顔を真っ赤にした葦内は拳を振り上げた。殴られてやる。そう覚悟を決めて見据えていると、葦内の怒りに水を差す声が響いた。

「やめろっ」

「おろ、これはまじめな副会長じゃありませんか」

 葦内は拳を素早く降ろすと、元のにやついた顔に戻って声の方に向く。そこには、制服を隙無き着こなした少年がいた。

「ひっこんでろ青瓢箪。お前はあの女の足でも舐めてろ」

「あんまり怒らせるなよ」

 少年は、眼鏡を掛けた見るからに優等生タイプだが葦内の恫喝に全く怯む様子はない。でもあの顔立ちって最近見たような。

「ちっ。一旦引いてやるよ」

 暫く睨み合った後葦内は舌打ちして去っていった。

「もしかして飆君なの?」

 静寂が戻って暫く、あたしは少年に恐る恐る聞いた。

「誰に見えるというのですか」

「まじめな優等生」

「そうか、なら俺はフォビアさんの教えを守れているわけか」

「教え?」

「日常生活を知らずして魔術は極められないってのがフォビアさんの教えでね。俺もこの学校に通っているんだ」

 何という偶然、偶然? それとの誰かの意図した悪意?

「それで何の用なの? 偶然通りかかった訳じゃないんでしょ」

 あたしの問いかけに飆は少し寂しそうな顔をすると問いに答えた。

「ああ、生徒会長が呼んでるんだ来てくれ」

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