第11話 先生
あれから三日、クラスのみんなに溶け込みつつ、学校の情報も収集していく。これは特に努力しなくてもみんな転校生に色々教えたがるゴシップ好き、勝手に集まってくる。この学校における有名人、嫌われている生徒、先生の評価などだいたい把握してきた。噂以上の情報を得るためにいよいよ自分から動き出さないといけない時期に来ていた。具体的にどうしようかと考えながら帰り仕度をしていると阿部先生が話しかけてきた。
「そうだ天影、生徒指導の馬先生が呼んでいたぞ。直ぐに生徒指導室に行ってくれ」
「何の用ですか?」
「詳しいことは分からないけど、書類上のことで聞きたいことがあるとか言っていたぞ」
麝侯が色々と工作をして編入しただけに思い当たることがありすぎる。それに場先生の評判は色々と聞いている。その人柄が評判通りなのか知るいい機会でもある。
「分かりました」
「ちゃんと行くんだぞ」
言うだけ言うと阿部先生は教室から出て行った。
「転校仕立ては大変だね。生徒指導室分かる? 何なら案内しようか?」
「大丈夫だよ。それよりマリは委員会があるんでしょ」
「はあ~めんどくさいな~。じゃあ、また明日ね」
「うん、また明日」
セウはマリと別れて生徒指導室に向かった。
あたしは生徒指導室の前、一度自分の設定を確認した後ノックをして入った。
「失礼します」
「おっ来たか」
6畳ほどの広さの部屋の中央で雑誌を読んでいた男が振り向いてきた。その顔は馬という名前でありながら鼠を連想させる顔付きをしている、生徒指導の馬教諭である。
「何の用でしょうか」
部屋をざっと見ると、生徒指導室と言いつつ近頃の風潮を考慮してか生徒を威圧しないように、部屋の中央に置かれた机は洒落たガラス製で、椅子も折りたたみ式の安物でなく座り心地のいいソファーになっている。
「まあ、そこに座れ」
小柄な体付きとは対称的な横柄な態度で馬はソファーに座ったまま顎で対面の席を促した。こんなことで反抗してもしょうがないので、あたしは素直に席に着いた。
「そう緊張するな。お茶でも飲むか?」
馬はお茶を入れあたしの前に置いてきたので、あたしはお義理程度に口を付けた。馬はあたしがお茶を飲んだのを確認すると話し始めた。
「俺は立場上生徒達の家庭の事も把握しないといけないので確認したいんだが。お前の保護者両親じゃないな」
来たかと思ったけど、予想していただけに動揺はしなかった。
「そうです」
「お前とはどういう関係なんだ」
「遠い親戚です。あたしの両親が急死したので引き取って貰うことになったんです」
あたしは予め麝侯に言い含められていた設定を淀みなく言う。それにしてもそんなこと書類を読めば書いてある。わざわざ呼び出した意図は何だろう? わずかだが場先生の視線にねちっこいものを感じる。
「それは本当なんだろうな」
「本当です」
「ならいいんだが、万が一にもお前とその人が良からぬ関係だった場合、他の生徒に与える影響、延いては学校の名誉が大きく傷付くからな」
何を想像しているんだこの男。最もその想像が当たらずとも遠からずなのであまり非難も出来ないが、転校仕立ての生徒に教師が言う台詞とは思えなかった。
「いいか。世間はな、お前みたいな年頃の生徒と年配の男が一緒に生活しているだけで色々と憶測をするもんなんだよ。本当に関係はないんだろうな」
「言っている意味が分かりません。もう少し具体的に言って貰えませんか」
保守的な小心者、生徒に対するデリカシーもない。まあ評判通りの男ね。
「かまととブルな。お前の歳で分からないわけがないだろ」
関係? 男女の関係。主従の関係。契約上の関係。親子の関係。どの関係のことなのだろうか分かるわけがない。
「分かりませんね。これ以上は時間の無駄のようですし、あたしは失礼させて貰います」
こんな教師ばっかりだったら安芸さんも苦労するわねと気の毒に思いつつあたしは立ち上がり、会話は終わりとの意思表示に背を向けた。ぞわっとする悪寒に振り向くより先に背後から馬に抱きつかれた。まさか教師が学校内でこんな事をするなんて!
「何をっうぐっぐぐ」
大声を上げようとした瞬間口を塞がれてた。
「嘘を付くな。この体付きとても処女とは思えないぞ」
馬に制服は引っ張られセウの豊満な胸は浮き上がり、くびれた腰が顕わになる。セウは「離せっ」とばかりに必死に抵抗するが小柄な割に馬は力があるのか振り解けない。
「俺には分かるぞ。始めて見た時から感じていたんだ。これは相当男を知っている体だ」
馬は制服の上から浮き上がった胸をまさぐり揉みしだき、その感触に鼻の下を伸ばす。
「うぐっ」
あたしは力の限り振り払おうとしているのに、さっきからまるで夢の中のように体に力が入らない。なんで?
「お茶に入れた薬が効いているな、あんまり飲まなかったから心配したぞ」
薬を盛られた!? 此奴最初からあたしを襲う気だったんだ。
「ほれ」
あたしはソファーの上におもちゃのように投げ出された。
「俺はなあ~こういうチャンスをずっと待っていたんだ。お前みたいに訳ありで何をされても逆らえない奴をな。いいか逆らったらお前の事情を学校中に言いふらす。事実がどうあれ、状況が噂を信じさせる。そうなったらお前この学校にいられなくなるぞ。いいか、学校にいたかったら俺の言うこと聞くんだな」
「ぺっ」
あたしは場に唾を吐きつけてやった。
「こむすめが~」
「がふっ」
唾を吐きつけられ怒った馬に蹴りを腹に入れられた。
「そう強がるな。これでも先生はテクニシャンなんだぞ。お前にもいい思いさせてやるから」
馬はそう言いつつシャツのボタンを外していき、肋が浮く貧相な体を晒してくる。ちきしょう。こいつもあたしを嬲った奴らと同じだ、男なんて所詮女を性欲の対象にしか見ないんだっ。馬がスカートに手を掛けた時、コンコンとドアがノックされた。
「馬先生いますか? カウンセラーの伊笛です。頼まれていた資料を持ってきたのですが」
「!」
確かあのドアの鍵は閉めていない。何かの拍子で伊笛先生がドアを開いてくれれば。同じ事を思ったのか馬の動きは素早かった。
「口を開け」
力が入らないあたしは唇を引っ張られると口が少し開いてしまった。そこに馬は指をねじ込み無理矢理口を開かせる。
「おごっ」
ハンカチを無理矢理口に詰め込まれる異物感に嘔吐しそうになった。馬の両手が噛み砕くようにあたしの脇腹を掴むと、振り回すように起こされた。頭がくらくらする。これで、背はドアに向けられているので、遠目にはあたしがただソファーのに座っているように見えるようになった。それだけの細工をした後、馬は自らドアの方に駆け寄っていった。
「ちょっとお待ち下さい」
馬はドアを半分ほど開けて対応した。
「あの~入れて貰えませんか」
伊笛は怪訝そうに言う。
「すいませんね。今生徒と面談中でして」
「ああ、そうなのですか。すいません邪魔をしてしまって」
伊笛はドアの隙間越しに中を確認すると納得したような顔をした。
「いえいえ。こちらこそわざわざ来て頂いて」
馬はうまくこの場を繕い伊笛を追い返そうとしている。駄目、このままじゃ。折角のチャンスが遠のいてしまう。でも、口は塞がれ。手も満足に動かせない。ただ幸いなことに薬をあまり飲まなかったおかげで体を捻るくらいなら出来る。座らされたあたしの前にガラスのテーブルが見える。ゴクッ。恐怖で息を呑む。この程度出来なくて復讐が果たせるか。
ガチャン。ガラスが割れる音が響く。
「何の音ですか」
「いえっその」
「中に入ります」
馬が狼狽えている隙に伊笛が生徒指導室の中に入ってきた。そこで伊笛は額から血を流してテーブルの天板を打ち破って倒れているセウを見つけた。
「何これ! 血が出てる早く保健室に運ばないと。でも頭を打っているから下手に運べないし。人を呼んで担架を持って来ます。馬先生はここで見ていて下さい」
「はははい、分かりました」
伊笛がいなくなると馬は素早くあたしに近寄り、あたしの口からハンカチを吐き出させ囁く。
「これは取引だ。お前のことは黙っててやるから、お前もこの事は黙っていろ」
「誰が」
あたしは朦朧として霞む視界で馬を睨みながら言った。
「あなたもあたしと一緒に破滅するのよ」
「待ってくれ。俺には妻も子供もいるんだ。それにこんなことをしたのは初めてなんだ。お前を見ているとついくらくらと魔が差したんだ。頼む」
馬はこの場で土下座をしてきた。その卑屈な態度に怒り過ぎて頭がクリアになった。弱みを見せれば付け込んでくる。勝てないと分かれば誇りもなく保身に走る。これが人間。くだらない、野生に生きる動物達と比べあまりに醜い。でもその醜さがなければ人間には勝てない。
「なら、あたしの言うこと何でも聞くと誓いなさい。そうすれば悪いようにはしないわ」
「なっ何でも」
「そう、あたしの命令には絶対服上。さあ、誓いの証として跪きあたしの靴を舐めなさい」
あたしに向けられた悪意をそのままに返してやった。あたしも相手の弱みに付け込むことにした。どんなに醜かろうがこの程度出来なくて復讐など出来ない。
「うううううっ」
「それとも破滅したい」
逡巡していた馬だったが止めの言葉に舌を出した。そして、震えながらも馬があたしの靴を舐めた。屈服した、この男は今暴力も権力も持たないあたしに屈服したんだ。それを確認して、あたしの意識は消えた。
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