第10話 転校

「みんな、彼女は今度編入された天影 宵さんだ」

 あたしは編入試験に見事合格し、今担任にクラスの前で紹介されている。綺萄学園の女子の制服はアクアブルーのセーラー服で、清楚なイメージにまとめられている。

「さあ、天影さん自己紹介して」

 あたしを紹介している担任の阿部は、20代半くらいの年齢で、スポーツマンなのか締まった体をしていて、なかなかの好青年って感じで女生徒に人気がありそうな先生だった。教室を見渡すと、30人くらいで男女比は半々くらい、皆好奇心に溢れた目であたしを見ている。

「はい。今度家の都合で編入してきました天影 宵です。得意科目は数学、苦手科目は家庭科です。これから、よろしくお願いします」

 セウは美しく背筋を伸ばして一礼をする。その挙措にはメッキでない真からでる気品が放たれ、クラスメイトが一目置かせた。

「みんな、仲良くしてやってくれ。それでは委員長の日高、しばらく天影さんの面倒を見てもらえるか」

「はい、分かりました」

 日高と呼ばれた髪をショートにした少女が起立して明るくはきはき答えた。

「席は日高の隣を用意しておいたから、そこに着席しなさい」

「はい」

 あたしが席まで行くと日高さんの方から声を掛けてきてくれた。

「私、日高 茉莉。よろしくね、天影さん」

「あたしの方こそよろしくね」

 惹き込まれる笑顔だった。それだけで緊張感が解れる。あたしは彼女に眩しさを感じつつできるだけ澄まして答えた。

 

 次の休憩時間、早速クラスメイトに囲まれ質問攻めにされた。彼らの繰り返されるたわいない質問に少々へきへきしたが、あたしの任務は学校の調査、クラスにいち早く溶け込むためにもあたしは出来るだけ愛想良く答えていく。まあ、もの珍しさが続くのも午前まで、午後には騒ぎは収まった。午後の休憩時間、化粧室から丁度出たところで一人の男子生徒に道を塞がれた。あたしは一瞬で纏った空気が違うのを感じた。此奴は学生の身で既にあたしが会ってきた裏の世界の住人の気配が漂いだしている。こういう手合いに怯えを見せたら付け込まれる。

「どいてくれませんか」

 相手の目を見て毅然と言い切った。

「お前、転校生の天影だろ。噂通りの美人だな。俺は葦内 竜て言うんだ。その気の強そうな顔が気に入った。お前俺の女になれよ」

 馴れ馴れしく肩に回そうとした葦内の手をあたしは反射的に払い除けていた。

「触らないでっ」

 葦内の手が触れそうになった時、忌まわしい過去が蘇りそうになった。全身が発汗する。あたしはまだ過去を完全に克服出来てない。

「気も強い女だ。益々気に入ったぜ。転校仕立てで知らないだろうが、俺にあまり逆らわない方が身の為だぜ。なあ今度デートしろよ」

 一瞬しかめっ面になった葦内だが、直ぐににやけた顔になると再度触ろうと手を伸ばしてきた。今度は意志を込めて叩き返した。あたしは負けない、過去にも今にも。

「転校したてであなたをよく知りませんが、お断りします」

「その強さが気に入ったが度が過ぎると身を滅ぼすぜ。言っておくが俺は粘り強いぜ。OKの返事を貰うまで何度でも申し込む。学校にいる間はとことん付きまとうし、家にだって電話する」

「呆れた。ストーカー宣言なんかする」

 周りにいる生徒達は、あたしと葦内のやり取りから視線を逸らすようにして急ぎ足で去っていく。分かっているこんな時に、助けてくれるヒーローなんていない。降りかかる火の粉は自分で払うしかない。

「くっく。そんな可愛いもんじゃないぜ。その時になってOKしておけば良かったって後悔することになるぜ」

 葦内は顔をグッと眼前まで近付け、映画の不良のまんまのメンチを切ってくる。

「どうなるのかしら? 頭の悪いあたしでも分かるように言ってくれないかしら」

 負けていられない、片手でポニーテールを芝居掛かった動作で払って靡かせると睨み返す。

「俺は口下手でね。実際に体験して貰うことにするぜ」

 敵だ。あたしが復讐を誓ったのはこうやって平気で他人を踏みにじれる奴、なんでこんなにも平気で人を踏みにじれるの? 姿形は同じでも内には想像も付かない別世界が渦巻く、それが人間。麝侯があれほどまでに人の魂に興味を持つのも分かる気がする。はれ、それって麝侯も過去にあたしと同じような目に遭った可能性もあるって事?

「おいおい今更怖じけづいたのか?」

 あたしが一瞬思考に耽ったのを怯えと葦内は勘違いしたようだ。

「見るに耐えない顔だから視線を逸らしただけよ。女の子に注目して欲しかったら、その顔を骨から作り直す事ね」

 言ってあたしは葦内を再度睨み付けた。もう視線は絶対逸らさない。この程度の奴に負けるようでは本当の敵には到底勝てない。

「てめえ」

 葦内も睨み返してくる。互いの視線がぶつかり合う。葦内は己の持つ力「暴力」の威を背景にあたしを押し潰そうとしてくる。プレッシャーに息が苦しくなる。だけど、負けない。あたしの背負った「闇」、葦内程度の幼稚な暴力如きに振り払えるものじゃない。緊迫の中すーーっと、空気の圧縮が解かれ逆に薄くなっていくのを感じた。あたしの闇が葦内をブラックホールの如く飲み込もうとする。

「このっ」

 顔中から汗を出した葦内が拳を固めた時、「天影さんっ」と空気を切り裂く声が響いた。あたしを呼ぶ声に振り向くとそこに毅然と立つ日高さんがいた。

「何をしているの。もう次の授業が始まるわ。早く来て」

 つかつかと近寄ってくると強引にあたしの手を取って引っ張る。

「ちょっと」

 震えてる。あたしの手を握る日高さんの手は震えていた。毅然に見えたのは強がっていただけ。なのに誰もが見て見ぬ振りをする中、あたしを助けようとした。こんな人もいるんだ。

「ちっ助けられたな」

 舌打ちと共に葦内は去っていく。

「はあ~」

 教室に入ると共に日高は風船が萎むように息を吐いた。

「日高さん」

「怖かった~」

 あたしが日高さんを支えようと手を伸ばすと、日高さんはその手をかいくぐってあたしの胸に抱きつき顔を埋めた。

「なっななに」

「ふふっ。あんな事の後なのに私と違って鼓動はいいリズムを刻んでいる。天影さんって強いのね」

「そんなことないわ」

「ねえ」

 日高さんは顔を上げ何かをねだる幼児のような顔をあたしに向ける。

「私達友達にならない」

「友達!?」

 このあたしに友達。何か死語を聞かされた気がするくらい、一瞬言葉の意味が分からなかった。

「もう決めた。だからこれからは、セウって呼ぶね」

 そう言って笑う笑顔にあたしは胸がときめいた。

「日高さん」

「違う。もう友達なんだから、マリって呼んで」

「マリ」

「うん。セウ」

 あたしに向けられる何の裏もない笑顔。あたしは日の当たる世界に帰ってこれた気がした。

「マリ」

 日高を呼んだのは顔を真っ赤にした少女だった。

「未緒」

「もう、何て危ないことするの! 葦内なんかに関わるなんて」

「ご免ね。でもおかげで新しい友達が出来たわ。セウ、彼女は未緒。これからは3人仲良くしましょ」

「全く。私は池 未緒、よろしくね」

「こちらこそ」

 池さんのあたしに対する態度は硬い。まあこれが普通か、いきなりここまで気を許してくるマリの方が変わっているんだ。丁度チャイムの鐘が鳴り、あたし達はそれぞれの席に戻った。

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