第8話 狐と狸の生け贄

 穏やかな数日が流れた微睡む午後に麝候が店に顔を出してきた。

「すまないが、珈琲三つと何かお茶請けをお願いする」

「おおっ、お約束のありましたお客さんですね」

 マスターは事前に聞いていたらしくさっと用意をし出す。

「そうだ。セウ君」

「はい」

「君が持ってきてくれ。そしてそのまま今日は探偵助手として働いて貰う」

「分かりました」

 言うだけ言うと麝侯は店から出て行った。

 10分後、マスターは淹れたての香りがする珈琲を三つ御盆に載せてセウに渡した。

「セウさん、これをお願いします」

「分かりました」

「セウさんの探偵助手としての仕事ですね。頑張って下さい」

「はい」

 探偵としてかと思いつつ珈琲を運びノックをして事務所に入ると、綺麗な女性が麝侯と談笑していた。年齢は30代前半くらいで髪をショートにカットにし鋭い印象を受ける。

「セウ君。珈琲をこちらの方に」

「どうぞ」

 セウは女性の前に珈琲を置き、麝侯の背後に回った。

「セウ君、こちらは名門綺萄学園の副理事長をしていらっしゃる竜庵寺 安芸さんだ」

「あたしは、天影 セウと言います。よろしくお願いします」

 セウは、すっとお辞儀をする。

「背筋の通った綺麗なお辞儀をする娘ね。これなら期待出来そうね」

「まだ見習いですけど、彼女は優秀ですよ」

 優秀も何も探偵助手なんて一度もしたことない。でもそんなことは顔に出さない。今のあたしに期待されているのは、優秀な美少女探偵助手を演じること。まあ、余計なことは言わないで澄まし顔でいればいいんだから楽っちゃ楽かな。

「そう。期待しているわ」

「取り敢えずセウ君は、こちらに」

「はい」

 セウは麝侯の横、安芸の対面側に座る。

「香りもいいし、深みもあってしっかりしている。おいしい珈琲ね」

 安芸は珈琲を一口飲んでカップに戻すと吐息を吐くように言った。

「それは良かった。それではそろそろ本題に入りましょうか。今日はどういったご依頼ですか?」

「何から説明していけばいいか。まずはそうですね。麝侯さんは名門といいましたが、その言い方正しいと思ってますか?」

「まあボクも客商売をする身ですので少々言葉を飾りました。正確に表現するなら。かつての名門学園。昔は運動・学力・芸術・礼儀などで知られていましたが、奢った報いなのか年々運動・学力どの方面に置いても緩やかに低下していきますね。そして間が悪いことに少子化問題も重なって、急激に経営状態は悪化。つい最近では竜庵寺グループに救援を求めたとか。そして意気揚々と学園改革に乗り込んできたのが若き女経営者と言ったところでしょうか」

「流石ですが、一点間違いがありますね」

「どこですか?」

「私は学園のまだ改革をする予定はありません。私の目的は綺萄学園の調査です」

「なるほど、だから副理事長なのですね」

 麝候は実に悪い笑顔で答える。

「まあ、今の理事長の顔を立てたのもありますが、おおむねその通りですわ」

「しかし予想が外れましたな。てっきり改革に反対する者達の素行調査でもするのかと予想していました」

「それもあながち間違ってはないのです。私が調査して欲しいのは綺萄学園そのものについてです」

「綺萄学園そのもの?」

「はい。別に帳場を調べろと言っているのではありませんよ。貴方に調べて欲しいのは学園に通う学生・教師などの人間についてです。具体的に言うと虐め・クスリ・異性交遊・不登校・セクハラ教師など問題をリストアップして欲しいのです」

「なるほど。そうしてどうするのですか?」

「膿は一度全て出し切らないとケガは治らないでしょ」

「その責任は現理事長に取って貰い。そこで颯爽と改革者としてあなたが理事長になるというわけですか。いやはや、怖い怖い」

「それがビジネス、政治ですわ」

「ええ、綺麗事だけでこの世の中が回るなんて思ってませんから。なるほどそれでセウ君の出番というわけですか」

「つまり、あたしに綺萄学園に入って生徒として内部から調査しろ言うことですか」

「察しがいい子は好きよ。しかし今回の目的から編入試験に関して私は一切の助力が出来ません。地力で受かって貰います」

「それは大丈夫ですよ。セウ君の学力は折り紙付きです。何でしたら特待生として編入させましょうか?」

「それはいいわ。普通科に入って一般生徒について調べて欲しいの」

「了解しました。彼女は見ての通り可愛いです。そして文武両道の才女でもあります」

 麝侯があたしのことを褒めるなんて、少し意外。

「しかし社交術はまだまだ子供」

「つまり?」

「ええ。善人も悪人も彼女を放っておかない。必ずや大きな風を起こします。それが吉と出るか凶と出るかは保証出来ませんがね」

「いいわ。私が望むのはまさしくその風なのだから」

「ならば、お引き受け致しましょう」

 狐と狸。可哀想なのは何も知らない内に生け贄の子羊にされてしまった理事長、あたしの両親もこんな風に自分の預かり知らない魑魅魍魎の騙し合いの末に破滅させられたのだろうか? ならばあたしも自分の復讐を成し遂げるため、魑魅魍魎共の手口を知れるこの仕事をやり遂げてみせる。

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