第5話 飾り
セウと飆は言いつけ通り店の裏にある駐車場で麝侯達を待っている。数分ほどの沈黙が流れた頃、意外にも飆の方からセウに話しかけてきた。
「なあ」
「なによ」
初対面の印象が悪かった影響でついつっけんどんな対応を取ってしまう。
「そんなにとんがるなよ」
「とがってません。これが普通です。可愛くなくてすいませんね」
「顔のことで親を恨んでもしょうがないぞ」
ムッカ~ホントむかつく。
「顔は置いておいて、なんでお前みたいな普通そうな奴が麝侯なんかに従っているんだ?」
普通? こいつはあたしに向かって普通と言ったの。男のおもちゃにされて体にあらゆる快楽と恥辱を塗り込まれたあたしが普通? 無知に対して込み上げてくる怒りを喉元で飲み込み、頭を冷やす。不幸自慢をしたところで何も始まらない。言わなければならないことだけを言う。
「彼にあたしは救われたの」
「人助け? あの悪魔が? 騙されているんじゃないか? 彼奴は裏で陥れて表で救世主面するような奴だぜ」
そうかも知れない。でもそれがなんだというの、チャンスすらくれない神より、チャンスをくれた悪魔をあたしは選ぶ。その果ての結果は受け入れる覚悟は出来ている。
黙り込んだあたしに何を想像したのか飆は更に話しかけてきた。意外とおしゃべりな奴。
「悪いことは言わない。彼奴とは手を切った方が身の為だぜ。何か脅されているなら俺がフォビアさんに掛け合ってもいい」
少し斜に構えているけど少年らしい潔癖の正義感を持った意外にいい奴なのかも。でも今はそれが憎らしい。覚悟を決めた人間にその忠告は本当に鬱陶しい。少し意地悪をしたくなった。
「その御礼としてあたしは体を差し出せばいいのかしら」
あたしは両腕を組み自然な感じで胸を寄せ飆の下から目を覗き込む。
「なっ」
「男達の慰み者にされ穢れきったあたしの体で良ければいつでも抱かせてあげるわよ」
あたしは飆の顎をそっと優しく官能的に撫でてあげる。前のあたしだったら、その顔を真っ赤にした純情さを好ましく思えたかも知れない。今のあたしは、頼りないと感じてしまう。これではあたしを預けられない。
「おっおまえ」
飆が何かを言おうするが、言う前に麝侯が戻ってきた。
「お待たせ。さあ、飆君にセウ君、張り切っていこう」
二人の間に流れていた空気を全く読まない麝侯にあからさまに助かった顔をする飆。その態度に微笑んでしまう。
「おう」
「はい」
「あっそっちじゃない」
あたしが麝侯の車に乗ろうとするのを止められた。
「歩いていくのですか?」
「いやいや。フォビアから車を借りたからそれで行く。そっちの車だ」
麝侯が指差したのは、記憶にも残らないような国産の大衆車の一般的なカラーの車、多分この車が横を走ったところで何の記憶も残らない。あたしはあれだけ美学に拘る麝侯がこれに乗るのは違和感を感じた。そんなあたしの態度を読んだのか麝侯が答える。
「これなら壊れても心が痛まないからね」
麝侯は呟きつつ嫌そうな顔で車に乗り込む。普段ならその顔に少し胸の溜飲が下がるのだが、今は車が壊れることが前提の仕事にあたしはそんな余裕はなかった。緊張したまま車に揺られて二時間ほど経った頃、周りのビルからバベルの如く抜き出た超高層マンションが見えてきた。
「ここでいい」
今まで黙っていた飆が口を開く。
「まだ距離はあるけどいいのかい?」
「下手に見られて警戒されるよりいい」
「了解」
既に打ち合わせがしてあるのか簡単なやり取りだけで麝侯は車を止めた。
「じゃあ飆君頼んだよ」
「料金分は働く」
飆は車から降りると、雑踏の中に紛れあっという間に見えなくなった。
「さて、こちらも行くか」
麝侯は飆の行く先を気にする様子もなく再び車を発進させる。
今のやり取りから、麝侯が飆に何か重要なことを頼んでいるの分かる。でも、あたしには何も役目を与えてくれない。分かってる分かってるわ。今のあたしには何の力もない。それでも、覚悟を決めてこの道を選んだんだ。
「麝侯様、あたしは何をすればいいのですか?」
思わず言ってしまった。
「んっ。ああ、君はボクの後ろを畏まって着いてくればいい」
「要するに飾りですか」
「まあ、そういうこと。今の君はそれ以上のことも出来ないだろうしね。ボクは能力以上のことを要求するような無能な上司じゃないさ」
俯き下唇を噛んでしまった。慇懃に役立たずの烙印を押された気分がする。ならいいわ。精々澄まして後ろからあなたのやり方を学ばせて貰うわ。
来客用駐車場から白亜に輝く上が霞んで見える高層マンションを見上げる。一旦どんな現代に生きる神への挑戦者達が住んでいるんだろう。
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