第10話 コンビ結成ならず



 虎二頭と十名近い人間の死体が折り重なった死屍累々と呼ぶにふさわしい工場内の中で、主とアッシュは麻薬運搬役の中で唯一の生き残りである男を血の池より乱暴に引きずり出した。男はアッシュの落としたガス灯のガラス片が体中に突き刺さって全身血まみれだったが、思ったよりも出血は少ない。血の多くは仲間の物だろう。これなら放って置いても出血多量で死ぬ事は無いが、それを悟られる前に主は男に銃を突きつける。


「選択肢をくれてやる。このまま出血多量で死ぬか、知ってる事を全て話して治療してもらうかだ」


「は、話す!話すから俺を助けてくれ!痛くて痛くて堪らねえんだ!!」


 冷淡な瞳で見下ろしながら銃を突きつける主の言葉は、仲間を全て失い虜囚となった男にとって死神の死刑宣告に等しい絶対性帯びて聞こえたのだろう。一切を疑わず、自らが助かる為に服従を選んだ。


「アッシュ、ちょっと事務所に行って電話で警察署とギルドに連絡してきてくれ。あとついでに救急箱か酒の類も探してきてくれないか」


「俺がかよっ!?ちっ、今日はお前に助けられたからな。今だけは大人しくお前に従ってやるよ」


 物分かりがいいのは良い事である。アッシュはぶつくさ言いながらも主の指示に従って工場から出て行った。

 尋問を始めると男は自らをジャックと名乗り、麻薬の運搬を担当していると白状した。素直なのは良い事である。拷問をする手間が省けたと言い換えても良い。


「それで、どこでその麻薬を仕入れているんだ?ここに運び込んだのならそれぐらいは知ってるだろう?」


「あ、ああ。知ってる!南の金鉱山跡の中に生産施設があるんだ。俺達は第十七坑道から出入りしていて、そこの中で作った製品をシティに運んでる」


 元々アッサムシティの起こりは南の山で金鉱脈が発見され、ゴールドラッシュに一獲千金を夢見た無頼の男共とそれを相手に商売を始めた商人や職人が寄り集まって出来た街である。そして水利が良く、周囲は農業をするに適した広大な土地が広がっていたために、百年の採掘によって鉱山の多くが枯渇した今も穀倉地帯として栄え、百万人都市として現在も発展を続けていた。

 役目を終えた金山の多くは現在閉鎖されているが、そこを使って麻薬製造に精を出しているという事か。


「そこにお前等のボスが居るのか?」


「あ、ああ多分な。俺は下っ端だから一度も顔を見た事無いが、そのボスが麻薬を作ってるって話だぜ。あと金とか組織運営とか全然興味無くて他の幹部が取り仕切ってるらしい」


 所詮下っ端の運び屋程度ではトップと面識が無いのは当然として、そのボスとやらは随分と変わり者らしい。普通麻薬組織などという犯罪組織のトップともなれば金を第一に考える物だろう。あるいは暴力を好み、お山の大将を気取っていたい人種がお誂え向きだが、ジャックの話ではまるで興味を示さず麻薬製造に精を出しているとか。それが本当ならば非常に興味深い人物である。

 さらに護衛のアーティファクト使いについて尋ねると、断片的な事しか分からないと言われた。


「ラインって名の三十ぐらいの女で四六時中酒飲んでるんだ。身体も可哀想になるぐらいに瓶みたいに凹凸が無かったから俺達は陰じゃ酒瓶って呼んでた。ただ、アーティファクトはロッコみたいに虎を連れているわけじゃないし、体に目立つ道具を付けていなかったから俺は知らない」


 そのラインという酒瓶女が主の標的という事になるが容姿以外情報が無いのは少々困り物だ。もう少し仕入れておきたかったが無い物ねだりは風情に欠ける。幸い相手の居城は分かっているのだ、後は自前で何とかする他あるまい。

 ある程度情報を手に入れると、アッシュが頼んだ物を抱えておつかいから戻る。救急箱は無かったので消毒用のウイスキーと包帯代わりのタオルやらを纏めて持ってきた。

 二人でジャックの身体に刺さったガラス片を丁寧に抜いていき、傷口をウイスキーで消毒してから包帯代わりに布を巻いていると、全身布だらけで遠方の風習にあると言われるミイラ男となってしまったが、素人の手当ではこうもなろう。

 治療が終わり、主が全ての死体の口に死後の世界の舟渡金として硬貨を含ませたのを見ていたか図ったように警察がやって来たため簡単に事情を説明する。幸い主の顔が売れているのと、虎の死体と食い千切られた男達の死体が横たわっていたのが証言の確実性をより強くしてくれた。警察機構にとってバウンティハンターとは自分達の縄張り内で好き勝手をするならず者より幾分マシ程度の金に集るハイエナぐらいの認識でしかないが、同時に鉄火場の矢面に率先して経ってくれる物好きな盾ぐらいには思っている。さらにその中で比較的道理を分かっており、一際危険なアーティファクト使いを多く狩る主はそれなりに歓迎されていた。

 応急処置を終えたジャックを警官に引き渡すと、彼は大人しく従い連れて行かれた。下っ端とはいえ組織の一員として麻薬売買に携わった以上は彼の罪は決して軽い物ではない。傷が癒えてから事情聴取を受けた後、裁判に掛けられれば実刑十年は課せられるだろうが、他の連中のように無残な死体になるより刑務所暮らしの方が遥かにマシな末路と言えた。


 警察に遅れる事数十分、連絡を受けたギルドのマスター、ジョルジュが硬い表情を作り工場へと入って来る。警官が死体の片づけに追われ血臭漂う現場に居合わせても眉一つ動かさない辺り肝が据わっている。抉れた右の眼窩はただの伊達ではないのだろう。


「二人とも随分と派手にやったようだな。無茶は若者の専売特許だろうが、もう少し控えめでも良いんだぞ」


「へーい、すいませんでしたボス。けど、麻薬組織の情報は手に入ったんだから大目に見てくれよ」


 ジョルジュに対してアッシュが頭を下げるが言葉遣いに誠意が感じられない。しかしジョルジュはさほど気にしていないのか、溜息一つで済ませてしまった。荒くれや無頼者の多いギルドではアッシュのような輩は少なくないので今更だと思っているのだろう。むしろまだ可愛い方だとさえ思っている節がある。

 そして唯一手付かずで放置されているロッコの死体に付いているアーティファクトの残骸を確認した。


「確かにアーティファクトだな。リムが食った後だから残骸でしかないが、一応護衛の賞金首と認めよう。だが、支払いはもう少し後になるぞ。何せ組織の≪天使の指先≫はまだ健在だからな」


「構いませんよ。それに護衛のアーティファクト使いもまだ一人残っていますし、どうせならそのボスも始末してからの方が金を受け取る手間が減ります」


「あぁん何言ってんだ!ボスは俺が捕まえるんだから『皆殺し』はすっこんでろよ!」


「ヘマをして俺に助けられた『欲しがり』がでかい口叩くなよ。あんまり欲張るとせっかく拾った命をすぐに捨てる事になるんだぞ」


 互いを罵り合って場所を考えずに取っ組み合いを始める二人にジョルジュは平等に拳骨を落として止めさせる。このような子供染みた行動は褒められたものではないのだが、殺伐とした空間の中での貴重なメンタルケアの機会と思えば主には必要であった。


「まったく…。それで、お前達はこれから≪天使の指先≫のアジトのなっている鉱山跡へ向かうのか?」


「その予定ですが、元々アッシュとは組んで仕事してるわけじゃないので俺一人で行きます」


「そうだぜっボス!俺はミューズが居なくたって組織のボスを生きたまま連れて来てやるよ」


 今回の一件で少しは仲良くなれたかと期待していたのに、まるで変化が無くこの調子の為、ジョルジュは頭を痛めたが、我から言わせれば何年も一緒に仕事をして互いの呼吸が分かっている相手でもない、にわか仕込みのペアなど却って互いの足を引っ張る存在でしかない。それならば無理せず互いの裁量で動いた方が揉める事も無いだろう。

 それを我が指摘するとジョルジュも不安そうな顔をしながらもある程度納得した。この辺りの現場への理解は元現場の人間故であろう。


「分かった。そこまで言うなら何も言わん。ただ、危険な仕事をさせる俺が言えた義理ではないが、決して無茶をするんじゃないぞ。いざとなったら互いに助け合ってでも生き残って帰ってこい」


 実際に命を賭ける主達にとっては気休めでしかないが、数多くの戦場を生き抜いた益荒男の言葉は二人には何よりも励みになったようである。

 そして残りの事後処理はジョルジュに任せて工場を後にした。アッシュは去り際、主に対抗心溢れる言葉を送り去って行った。本人は恰好を付けたかったようだが、今なお主から借り受けた拳銃を返さない所が滑稽に過ぎない。彼の銃は運び屋に取り上げられて、さらに警察に証拠品として押収されてしまっていたので現状丸腰であり、検査が終わるまでは主に借りを作りっぱなしであった。

 そこにあえて触れずに貸したままで黙認している主の気遣いには少しぐらい感謝してもいいのだが、今さら素直になれないのだろう。主に比肩する実に面倒な性格をしている。これが最近巷で流行のツンデレというものなのだろうか。


「彼の事は置いておくとして我が主よ。これからどうするのかね?」


「どうもこうもない。今日の所は家に帰って寝てから、昼には鉱山跡に向かうよ」


 確かにあまりモタモタしていると運び屋が捕まった事が麻薬組織に知られて、迎撃態勢を整えるか安全の為にアジトを引き払う可能性がある。無駄に時間を与えないためにも軽く休息を摂った後はすぐに向かった方が良いだろう。

 慌ただしい事この上無いが、主の心情を加味すればこれ以上犯罪者をのさばらせておく理由はどこにも無い。早々に≪天使の指先≫を壊滅させ、祝杯を挙げるべきである。

 我は主の道具。故に主に使われる事は至上の喜びだった。


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