第4話 仕事の受注は自己責任



 商売道具である拳銃を銃工房に預けた翌日の昼。幼馴染でありガンスミスであるルースに会いに行くと、前日の言葉通り銃のオーバーホールは終わっていた。このところ無理をさせていた銃は新品と見違えるほどに輝きを取り戻しており、何度も使い心地を確かめるように早打ちや壁際に鎮座する巨大な熊の剥製に照準を定める主は心なしか嬉しそうである。毎度の事ながら、我が主は実に分かりやすい御仁だ。

 整備の代金を支払い、軽い足取りでそのまま賞金稼ぎギルドを訪れる。

 先日訪れた時とは違い、現在はギルドもそれなりに混み合っている。多くは賞金首の情報を得ようと顔を出すか、ハンター同士で情報交換を目当てにして集まっていた。

 ギルドに入って来た主と我の姿を見たハンター達は一様に視線を向ける。彼等にとって我が主は、ある種の嫉妬の対象である。ハンターとしてまだ一年足らずの経験しか積んでいないにもかかわらず我を手に入れ、あまつさえ今日まで四人のアーティファクト使いを仕留めた実績を築いた期待の新人。長年経験を積んできたベテランは生意気な小僧と憎々しく思い、同年代の駆け出しは、単に幸運に恵まれた分不相応な未熟者と嫉妬交じりの羨望を抱く。さらには当人がそれらのやっかみを些事と切り捨てる態度を不服として、度々敵意を向けてくるのには困りものである。

 とはいえ、バウンティハンターというのは個人の自営業者であり、ギルドはその仲介役でしかないので、ハンター同士の仲裁役までは引き受けてくれない。ただ、あまりに目に余る妨害行為や、殺人未遂まで仕出かすような輩はいつの間にか姿を消しており、ギルドの処刑人が闇夜に人知れず狩り取っていると、まことしめやかに噂されていた。火の無いところに煙は立たない。ある種の自浄作用をギルドが持っていても何もおかしくは無いと、我はこの出所不明な噂を半分程度は信じている。

 よって主に対する直接的な妨害は行われてはおらず、大半のハンター達は主と一切言葉を交わすことなく、忌々し気に遠巻きに見ているだけである。おかげでハンター同士の互助的な関係による恩恵は殆ど受けられなかった為に色々と苦労は多いが、それを差し引いても我の有用性が揺らぐ事は微塵も無い。

 しかしながら例外はどこにでも潜んでいる物であり、好んで主に詰め寄ろうとする輩も中には居る。大げさにズカズカと足音を踏み鳴らす、少年もとい青年はその数少ない例外であろう。


「ようっ『皆殺しのミューズ』遅い登場じゃねーか、寝坊でもしたのかよ。もう割の良い賞金首は全部予約が入っちまったぜ」


「随分な挨拶をするなアッシュ。おっとここは『欲しがりアッシュ』のほうが良かったか?」


「てめぇその名で呼ぶんじゃねえ!けっ、また一人アーティファクト持ちの賞金首を仕留めたからって偉そうにするんじゃねーよ!」


「おやおや、これはこれは奇遇ですなアッシュ。ところで貴方はこのような場所で時間を潰していて構わないのですかな。それとも今日は我が主に挨拶をするためだけにギルドに赴いたのですか?貴方達人間は定命の徒、時間を浪費してはあっという間に老け込んでしまいますよ。おっと、差し出がましいとは思いますが、童顔の貴方には逆にもう少し貫禄を身に着けた方が良いと助言を送らせていただきます」


「おいクソ本ッ、その慇懃無礼で粘着質な口を止めやがれ!それに誰の顔がガキだって!!」


 激昂して我を捕まえようと手を伸ばすが、そのような感情に任せた単純な動きでは蝶ですら碌に捕まえられはしない。悠々と天井近くまで上昇すると、彼は心底忌々しそうに睨み付ける。まったく、我が主を公然と侮蔑しておきながら、何も返礼を受けないと思ったのか。いやはや、浅慮とは彼の為にあるような言葉ではなかろうか。それに童顔を指摘されてお怒りのようだが、我は客観的な事実を述べただけであり、事実無根、誹謗中傷とは思っていないのだが、どうやらお気に召さなかったらしい。

 彼はアッシュ。我が主とほぼ同時期に賞金稼ぎとなった19歳の青年である。歳も主とほぼ同じのためか、事あるごとに主に絡んでくる面倒な相手である。特に我のようなアーティファクトを所有し、何人ものアーティファクト使いの犯罪者を狩った主を一方的にライバル視して張り合おうとしている。実に身の程を知らない蛮勇の徒と言えよう。そして彼の『欲しがり』という通り名は、彼がハンターの中で一際アーティファクトを欲する姿勢を皮肉り、誰かが名付けた物である。彼にはお似合いの名ではないか。


「おいっそこのガキども、いつまでじゃれてる!遊んでるならさっさとここから出て行きなっ!違うならミューズはこっちに来い。あとクソ本は話がややこしくなるから、ちょっと黙ってろ!」


 受付から怒声が飛んで来ると、一方的に喚いていたアッシュはすぐさま黙り込む。その顔には恐怖の感情が張り付いており、体は硬直していた。そして我が主も彼ほどではないが、やや緊張した面持ちで黙って命令に従い、声の主の元へと近づいて行く。

 受付に座っているのは先日居たフランシスではない。彼女とは反対に品の無い男性のような口調、恰幅の良い体系ではなく長身のやせ形、艶のある暗褐色の髪を男性のように短く切り詰めている。それだけならば男性と見間違えるかもしれないが、唯一たわわに実った乳房が男性であることを否定している。二十代前半の女性とは思えない程に剣呑な雰囲気を纏う、まさしく女傑と形容したくなる女性が荒くれ者のハンターを威圧していた。


「こんにちはシエラさん。仕事の話ですか?」


「そりゃそうだろ。あっちのアッシュ坊やと違って、私とお前は仲良くおしゃべりするような間柄じゃない。で、ボスから預かっていた仕事をお前に渡してくれって頼まれてる」


 そう言うとシエラは引き出しから一枚の書類を主へ突き出す。受け取った主は書類をじっくりと読み、内容を確認するように反芻する。


「麻薬組織に雇われている二人のアーティファクト使いを倒して来いって書かれているんですが。質問は受け付けてます?」


「おう、聞きたい事があるなら今のうちにするんだぞ」


 シエラはガラが悪く粗雑で女性としての品に欠けるが仕事に不真面目ではない。そしてギルドマスターのジョルジュと同様に、ハンターを差別する事は無いので、ギルド内で浮いた存在である主にも公平に接している。仕事に関しては信頼のおける人物である。欲を言えば我に暴言を吐くのを止めてもらえれば言う事は無いのだが。

 受け取った書類には最近スラム街を中心に新種の麻薬が蔓延しており、このまま放って置くといずれ市民にも害を及ぼしかねないので早々に供給源を断たねばならないが、薬の売人には二人のアーティファクト使いを始めとして護衛が多く、なかなか成果が上がっていないらしい。主には取り敢えず二人のアーティファクト使いをギルドまで連れてこいと命じられている。最悪死体とガラクタのアーティファクトでも構わないそうだ。もちろん規則通り減額されてしまうわけだ。ただし、賞金は一人十万アウルム。先日の『放火魔』の倍以上の懸賞金である。しかしながらどのよう権能なのか分からないのは頂けない。主がそこを指摘しても、元から情報が少ないから文句を言うなと開き直るのは職務怠慢ではなかろうか。


「仕方ないだろうが。元々この情報は薬の売人を締め上げて喋らせたものなんだ。そんな下っ端が大した事知ってるわけないだろうが。当然、下っ端だから組織のアジトがどこにあるのかもまだ分からないからな。最悪そこに殴り込んで行って首を取って来るんだぞ」


「杜撰にも程がありますな。いつから賞金稼ぎギルドは貴女の性根のように粗雑な仕事しかしなくなったのですかな?」


「黙れクソ本。で、ミューズよお、この仕事受けるか?私としては別に断ってもいいんだぞ。ボスも、もう少し情報が出そろってから受けても遅くないって言ってるしな。ただ、そうなると後手に回って手遅れになる奴が堅気にも出始めるかもしれないのは覚悟しとけよ。―――胸糞わりぃ」


 おそらく最後のつぶやきは自らやギルドに対する自虐的発言であろう。我が主の気質はギルドではそれなりに有名であり、邪悪を許さない、ともすれば青臭いと失笑を受ける事もある。そんな主が自らの手が届きそうな邪悪を放って置くはずが無く、すぐさま情報集めに奔走するのを彼女もギルドマスターも心得ている。そんな善良な青年を良いように扱き使う自分達に些かの嫌悪感を感じているが故に、彼女は自分自身へ悪態を吐いているのだろう。主が高い実力を伴っているからこその判断であろうが、こちらとしては随分と身勝手な感傷だと言いたくもなる。

 だが最終的に我を始めとして多くのギルドの面々の予想通り主はこの仕事を唯々諾々と受けた。そしてそれを傍で見ていたアッシュが黙ってはおらず、シエラに食って掛かる。


「なあシエラさん。この麻薬組織のボスの懸賞金は幾ら?」


「シティの行政府は五十万アウルムを設定している。他にも幹部とか有力な証拠になりそうな書類とかを持って来れば高値で買い取ると言ってるな。

 けど、お前は止めとけ。まだ駆け出しがでかいヤマに突っ込んでも死体になって帰って来るだけだ。いや、死体だって出てこねーよ」


「いいや、俺はやるね!おう、ミューズ。俺が先にボスを倒すから、お前は残り物を漁ってやがれ。なんなら俺がアーティファクト使いもぶっ倒して賞金は総取りだ!」


 蛮勇ここに極まる。おそらく主への対抗意識からあのような発言をしたのであろうが、駆け出しのアッシュがまがりなりにも組織を相手にどうにか出来るとは思えない。せめて我のような高位のアーティファクトでも所持していれば話は違うのであろうが、現実はそう甘い物ではない。

 周囲のハンター達も口々にアッシュの死を予見し、屠殺される豚を見送るかのような視線を彼に送っていた。受付嬢のシエラも確実に死ぬと分かっている若者を送り出したくはないのだが、あくまでギルドは個々のハンターに仕事を斡旋するだけであり命令は出来ない。

 これ以上は何を言っても無駄だと悟ったシエラは特大の溜息を吐いて許可証を発行してアッシュに渡す。彼女も内心、この書類が彼の死刑執行許可証だと思っているので気が重いのだろう。そんな彼女とは反対に、アッシュは大喜びで許可証を受け取ってギルドを飛び出して行った。

 それを見送る主も彼に何かしら思う所があるようだが、自分では余計に事態を拗らせるだけだと思い、一旦棚上げして自分の仕事を優先させるつもりのようだ。


「じゃあ、俺も仕事に取り掛かります」


「仕事を回した私が言うのはおかしいが、無茶はするなよ」


 まったく同感である。が、ここでそれを指摘して空気を壊すのは無作法であるので、気配りの出来る我は黙っていた。


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