第2話 賞金稼ぎギルド



 『放火魔ミッキー』の死体を担いで、我が主ミューズはとある店を訪ねる。時刻は深夜二時過ぎ、如何に蒸気機関由来の照明器具の発達した現在においても、この時刻に従事する職業は限られている。酒場か売春宿、あるいは公益で運営される緊急治療を行う病院か警察署ぐらいである。だが、この都市にはもう一つ眠らない職が存在した。


「夜分に申し訳ない。賞金首を持ち込んだから検分してほしい」


「ああ、ミューズさんですか。遅くにご苦労様です。リム君も元気そうね。今はギルドマスターが詰めていますから呼びますね」


 入ってすぐのカウンター席に座っていた三十を過ぎた女性が、主の顔と担いだ死体袋を見て笑顔で応対する。記録が正しければこの女性の名はフランシスと言ったか。樽のように恰幅の良い体型が特徴的な、賞金稼ぎギルドの受付嬢である。三十を過ぎても嬢扱いは些か無理があると思うが、それを本人に漏らした場合、例外無く床に叩きつけられてしまうらしい。暴力で相手を屈服させる時点で淑女とは言い難いが、正直者が馬鹿を見るのは古来より不変の摂理である。だが、体型と年齢にさえ触れなければ普段は理知的かつ温和な女性なので、出入りする賞金稼ぎからは慕われていた。そして道具でしかない我に丁寧に挨拶をする奇特なご婦人である。

 備え付けの電話で連絡すると、すぐに件のギルドマスターが階段から降りてくる。歳の頃は四十半ば、2mに届く鍛え抜かれた鋼のような体躯と眼帯で隠していても大きく抉られた跡の残る右目の傷を見れば、この男が只者ではないと誰もが道を譲るであろう。しかし、その暴力的な外見とは正反対の知性と教養を宿した稀に見る紳士である事は街では有名な話である。本名はジョルジュというらしいが、大抵の人間は彼を役職名か愛称のボスと呼ぶ。


「ご苦労だったなミューズ。お前が追っていたのは確か『放火魔』だったな。アーティファクト持ちはハンターの中でも及び腰になる事が多いから、お前のような奴が居てうちも助かっている」


「それが仕事ですから。それにハンターの手に余るとなったらボスが自分で捕まえるのでは?出来ればデスクワークより現場で犯罪者を捕まえたいと顔に書いてありますよ」


「よせよせ、俺はもうロートルだ。まあ現場が恋しい時もあるが、お前のような若い奴が腕を上げていくのを見るのも嫌いじゃないんだぞ」


 かつてこのギルドマスターは現場で多くの犯罪者を捕らえていたと聞く。流石に四十の頃には体力的な衰えを感じて、管理職に誘われ今に至るが、長年に渡り染みついた衝動は中々消えないと見える。だが、本人の言う通り後進に託して見守るのも年長者の醍醐味だというのも全くの嘘ではなかろう。

 それに彼のような歴戦の強者が組織の長を務めていれば大抵の配下は規律を乱すような行為を控える。武を頼りにするような輩はおおよそ素直に従いはしない。特に賞金稼ぎのような出自も経歴も問わない雑多な人間で構成された組織では、何よりも強さと有無を言わさず他者を従わせられる威が求められた。そのような観点から見れば、目の前の隻眼の偉丈夫は長に招かれて然りと言えよう。

 強いだけならばこの世に星の数ほど居るだろうが、暴力を糧とする責務でありながら高い教養と知性を持ち合わせ、なおかつ豊富な経験を有しているとなれば、それはごく限られた者しか居まい。その数少ない事例がジョルジュである。当然、我が主も彼には全幅の信頼を寄せていた。


「さて、雑談はこのくらいにして、仕事の成果を見せてもらうとしよう。フランシス君、私は処置室に居るから何かあったら連絡を」


 受付嬢に指示を下し、主に付いて来るよう手招きしたジョルジュは、奥の地下室への階段を下りてゆく。それに主も続いた。



 コンクリート製の階段を下りた先は重厚な鋼鉄の扉である。重く所々錆びが浮いた扉を見て気分を悪くする人間はそれなりに多い。主もその一人であり、毎回死体を運び込む時は溜息を漏らしてしまう。正確には扉ではなくその先の空間を嫌悪しているのだろう。

 ジョルジュが扉を開けると主は顔を顰める。嗅覚の存在しない我には分からないが、人の鼻には酷く不快な臭いの充満する部屋である。

 まず目につくのは様々な薬品が保管された薬品棚と人が横になれる飾り気の無い寝台。それだけならば医務室のようにも思えるが、それにしては随分と無機質であり機能的、どちらかと言えば死体の検分をする死体安置室である。主が本能的に嫌悪感を催すのも無理はない。生物は本能的に死体を忌避する構造をしているのだから。


「顔を顰めるなら殺しは止めなさい。別にアンタが殺さなくたって賞金首は遠からず縛り首よ」


 元から部屋に居た生きた人間は声の主唯一人。壁際のデスクに腰かけながらコーヒーカップを持つ、まるで影のような漆黒の喪服を着こなす妙齢の女性。吊り上った瞳の険のある顔立ちながら、世間一般では美女と称される美貌を有しているが、不機嫌さを隠しもしないのでは寄り付く男の一人も居るはずもない。


「おい、そこのクソ本。今、私の事を馬鹿にしたでしょ?主従揃って礼儀がなってないわよ」


 どうやら我の考えている事が分かるらしい。誠に人とは不思議な生き物である。しかしながら身の内を正直に語るほど我は愚かではない。


「これはこれは滅相も無い。ココ殿のような医者として優れた技能を持つ御仁を馬鹿にするなど。とてもではないですが、出来るはずがございませぬ。いけませんな、このような精神的衛生環境の悪い場所に籠っているから、他者を隔意的な目で見てしまうのですよ。ここは一つ、気晴らしにどなたか親しい殿方と逢瀬を楽しまれては如何かな?」


「その粘っこくてウザったい口調が人を馬鹿にしているって言ってんのよ!ちょっとミューズ、このクソ本を野放しにし過ぎよ!主人として調教の一つぐらいしておきなさい!それかここにいる間黙らせときな!」


 声を荒げて我を罵倒し、主に強い口調で命令する、淑女にあるまじき粗暴さを見せる検死医を見て、これでは碌に男も寄り付かず、一生独り身でしかないと心の中で呆れる。だが、これでも腕の良いギルドお抱えの検死医である。あまり機嫌を損ねると主に要らぬ負担を掛けてしまうので、ここは黙って腰のホルスターへと身を滑り込ませる。

 ようやく話が出来るとココ女史は煙草を咥えて主に死体を寝台に乗せるよう催促する。言われるままに袋から取り出した死体を乗せると、まずは顔と手配書を比べて差異が無いかを確認する。その後、肩部から頭部にかけて丹念に触診する。これは賞金首の死体を整形などして偽物を作って懸賞金を騙し取らないか確認する作業である。

 数分間、丹念に検体を調べ上げた結果、偽装は確認されず賞金首本人と証明された。ギルドマスターであるジョルジュも認め、正式に『放火魔ミッキー』はこの世から抹消された。


「足に一発、肩に一発、そして眉間にトドメの一発と。本来なら肉片にまでバラバラにしてようやく報いがあるようなクズよね。どうせアーティファクトなんて過ぎたオモチャ手に入れて調子に乗ってたんでしょうけど」


「そのアーティファクトも既にガラクタと化した。お前のやり口に文句を言うつもりはないが、たまには生かして連れて来ても良いんだぞ。懸賞金も満額貰えるし、お前の持ってるリムならそれも容易いだろうしな」


 ジョルジュの言う通り、凶悪犯を殺さずに捕まえるとなると通常のハンターでは難しいが、我があれば容易い。

 賞金首は基本的に生死を問われないが死体で引き渡した場合、懸賞金は三割減額される。今回引き渡した『放火魔』の懸賞金は四万アウルム。これは一般的な工場労働者の一年分の稼ぎになる。そこから三割引かれるとなると結構な額である。

 ここアッサムシティの行政府も出来れば賞金首は公開処刑を開いて大々的に処刑したいと考えているので、それまでは生かしてほしいと考えて減額制度を設けていた。もちろんこの減額制度はハンター内においては大変不評である。特にアーティファクト持ちを生かしたまま捕らえようとすると危険度が跳ね上がり、下手をしなくとも捕まえる側が死にかねない。故に我の権能はこの上なく優位に働く。


「俺は臆病ですから凶悪犯を生きたまま傍に置いていると、例えアーティファクトを持っていなくても安心出来ないんですよ。一時の金より命の方が大事ですから」


 ジョルジュの提案にやんわりと拒絶の意思を見せる我が主。確かに僅かでも慢心を見せて賞金首に逆襲を喰らう間抜けなハンターも少なからず居るのを鑑みれば、この主張は間違いではない。そして臆病などと自虐的な言葉を口にするが、命の危険を晒す生業において慎重を期すのは何ら恥ずべき事ではないのだ。ただ、それはあくまで建前でしかない。

 それはジョルジュも分かっているので強要まではしない。恐らく彼はまだ若く生真面目な主が殺人を犯して多大なストレスを抱えるのをそれとなく防ごうと気を配っているのだろう。彼はハンターに差別的感情を持たず公平な扱いをするが、若者にはある程度気を遣う傾向がある。


「そう思うのならこんなヤクザな商売止めて、とっとと堅気の仕事を見つけな。賞金首なんて生きてたって死んでたって関わり合いになって楽しい手合いじゃないんだよ。アンタ一人居なくたってギルドは小揺るぎもしない」


 煙草を吸い終えて最後の紫煙を吐き出し、忌々しそうに死体を見つめる。不思議な事にココ女史は死体を嫌悪しているが、率先して検死官などという忌避される仕事に従事していた。一応ギルドは金払いが良いなどと言われているが、市井で医者を務めいても同額の報酬は手に入る。にも拘らず自ら忌避する死体と関わる職に就く、ある種のマゾヒズムを抱えた変わり者と専らの噂である。


「ご忠告痛み入ります。が、ココさんと同様に自分で選んだ道ですから半端に投げ出す気は今の所ありません。それに俺は犯罪者が心底憎い。だから殺す事を躊躇ったりはしませんよ」


 自嘲気味に主は笑う。二人はそれを危ういと感じているが、当人がやると言った以上は外野がとやかく言えるものではないので、程々にしておけと助言に留めた。



 検死を終えて受付に戻った二人。そしてフランシスは主に書類を差し出す。今回の懸賞金の受け取りにサインを求められ、主は書類に目を通して不備が無いか熟読してからサインする。減額分の一万二千アウルムを差し引いて報酬は二万八千アウルム、一応大金ではある。

 様々な人間が入り乱れる賞金稼ぎギルドにおいても書類は必須である。公正を謳うギルドでも末端の中には不徳を成す職員も居ないわけでは無い。彼等は懸賞金を不当に下げて差額分を懐に収めようとするので、ハンターも自衛手段として読み書きを心得ている者はかなり多い。幸いこのアッサムシティ支部はマスタージョルジュが目を光らせており、そのような不良職員は今の所一人も居なかったが、これから出てこない保証はどこにも無い為、念には念を入れて書類は隅まで確認する必要があった。


「報酬はいつも通り銀行に振り込んでおいてください。それと次の賞金首はありますか?」


「有るには有るが今日はもう休め。疲れが残っていると無用な失敗をするぞ」


 確かにジョルジュの言う通り、今の主は疲労している。休息を入れずに次の仕事に取り掛かれば不要な失敗を犯しかねない。命の奪い合いである狩りは些細なミスが命取りとなっても何ら不思議ではない。そのような路端の石ころに足を取られるようなつまらない最後が主には似つかわしくないのは我も同意する。ここは先達の意見を受け入れ、しばしの休息を挟むべきである。

 助言を素直に受け入れた主は、また顔を出すと告げて、ギルドを後にした。

 帰路に着く主をガス灯の光とパン屋の竈から立ち上る煙が優しく迎えてくれた。


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