第48話 霧のなかで
真雪が手綱を引き、馬をとめさせたのは、急にたちこめた霧のせいばかりではなかった。
前方に、白く光るものが見えたのだ。
真雪は、邦光に少しそこで待っているように告げると、馬を降りて太刀を引き抜いた。
見定めようと目を凝らしても、深い霧に隔たれてすぐには見分けられない。
ただボンヤリと光っているさまを、真雪はどこかで見覚えがあるように思った。
それがなぜなのか思いをめぐらせつつ、前に進んでゆくと、光のなかにふたつの双眸がのぞいた。
「朔姫を連れてきてくれてありがとう。僕ひとりでは、できないことだった」
光のなかで、そう声がした。
真雪は息を呑む。
その正体は、白い蛇だった。
今その蛇は、深い霧のなかでも分かるほど発光して、真雪をただじっと見据えている。
真雪は切っ先を下げた。
これが
でもここが
それを予感して、真雪は柄を握りしめる。
こうなることを、真雪は知っていた。
知っていて連れてきたのだ。
真雪が太刀をそらしたのをみて、白い蛇は笑ったようだった。
「賢明な判断だ。その太刀は僕を切れない。朔姫は、ここでやるべきことをもう知っている。それさえすめば、彼女の記憶は戻り、君のことも思いだすだろう。ただ、無事に戻れるかは彼女次第だ。
戻ることを彼女が望まなければ、ずっとここにい続けることになる」
不吉な予言に、真雪は唇を噛む。
霧にまぎれて蛇の背後には、社の鳥居がうっすらとそびえている。
「俺もついて行く。そのためにここまで来たんだ」
噛みしめるように一言つぶやくと、蛇は再び言った。
「鳥居をくぐったら、朔姫は龍穴のある異界へ行くことになる。いくら望んでも、同じ場所へは行けない。そこに迷ったら、ずっとひとりで
白い蛇は、淡々と言い放った。
真雪には、それがただの脅しではないと分かった。
この蛇は、ただ真実を言っているのだ。
「朔姫はもう、それを知っている。知っていて、連れだしてくれた君に感謝もしている。道連れにしたら、たぶん悲しむだろう。
君はここにとどまって、帰りを待つこともできる。帰ってこなければ、それは彼女の意志だ。最初から、彼女は龍穴に呑まれることを、少しも恐れなかった」
蛇は、むしろ優しく
でもそれは、鳥居をくぐったら最後、朔姫が帰ってこない暗示のようだった。
真雪は言った。
「俺も行く。そして朔姫を必ず連れ戻す」
何度言っても無駄だと悟ったのだろう。
白い蛇は、赤い舌を不満げにのぞかせた。
「朔姫が君を思いださなければ、異界に行っても会うことはできないだろう。それでも行くのか」
真雪が頷くと、蛇は鳥居の方に頭をむけて、促すように言った。
「それならくぐるといい。命の保証はない。それでもいいのなら」
真雪は、太刀をおさめて馬にまたがった。
邦光には、蛇が見えていないのだろう。今のやり取りは知らないようだった。
真雪は手綱を強く握りしめると、ゆっくり歩を進める。
白い蛇は、もう消えていた。
鳥居をくぐる——と同時に、真雪は空間が歪んだように感じられた。
それが最後だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます