第29話 御所の噂
御所に、新しい姫君が住まわれるらしい。
その
どこの姫君かは明かされないものの、どこからその噂を仕入れるのか、照臣はそれが誰なのか、既に把握している様子だった。
「どうやら『月読』には、もともと都にくだんの姫君を住まわせる算段があったみたいだな」
坪庭のあるいつもの一室で、照臣は呟いた。
表情を変えない真雪を見て、意外に思ったらしい。
「驚かないのか」
どこか、からかいを含んだ口調だった。
真雪が答えずにいると、照臣はなおも言った。
「あんなにご執心だったのに、どうしたんだ。姫君がこちらにやってくるのなら、垣間見る機会があるかもしれないものを」
そう声をはずませる照臣と対照的に、真雪は、胸の底が固く冷めるのを感じた。
姫君が御所に近づけば近づくほど、むしろ遠くなっていくようだった。
もし入内されるようなことになれば、はるかに遠い存在になるのは確かなのだ。
それを物ともしない輩でなければ、垣間見るどころか歌を送ることさえかなわない。
あまたの女君に対して、無謀に見える振る舞いを重ねる照臣を、真雪は初めてうらやましいと思った。
「とにかく、姫君が戻ってくるのなら、もう俺はお前にとっては用済みだろう」
「半分はそうだが、気になることがないわけでもない」
照臣は続けて言った。
「『月読』が大人しく姫君を住まわせておくと思うか? やつらは玉かずらを探しているはずだ。白珠の更衣が持っていた玉かずらを」
玉かずら、という言葉に真雪は反応した。
同時に、
宮司の言った言葉も二重で浮かんでくる。
白珠の更衣の二の舞いになるという言葉。
——でも、だから俺にどうしろと言うんだ。
宮司に対して見得を切った以上、真雪も玉かずらの行方は知りたかった。
——まぼろしの君。
そして彼女には、「月代の大蛇」と呼ばれる蛇神が憑いている。
自分が太刀打ちできるとはとても思えなかった。
でも、彼女を見捨てることはできない。
それがどんな結果をもたらすか、真雪は知っている。そうなれば、自分の不甲斐なさに、
「——
ふと思いついて、真雪は口にした。
「めずらしいな。お前が女君の名を口にするなんて」
ふざけて返した照臣に、真雪は露骨に顔をしかめてみせた。
「どうやらその女君が、『
照臣は虚を突かれたようだった。
「誰からそんな話を聞いたんだ」
「姫君に仕えていた
「あいにく、知らないな。だが、そういうことなら、その筋を調べておこう」
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