第28話 届けられた文


朔がもといた部屋に戻って紙を広げると、『お方さま』の言う通り、そこにはひとつの歌が書かれていた。





『ひさかたの 夢のあいまに見る影の


月にあまぎる まぼろしの君』





大きく、ところどころ角ばった文字で、流麗とは言い難いが、気持ちのこもった歌であることは不思議と伝わってくる。


戻ってくるなり俯いている朔を不審がって、小萩も一緒に紙を覗き込むと、おどろいた声で言った。



「もう恋文をもらったの? いったい誰に? お方さまは男の人だったの?」



矢継ぎ早に質問する小萩を前に、今度は朔が仰天して言った。



「女の人だったわ。でもなぜか、これを渡されたの。姫君に渡すようにって」



言われたことの仔細を説明すると、小萩は思わず声をひそめて言った。




「アヤメさんに見つかったら大事ね。でもこれを書いたのが誰なのかは気になる。だってここの人に文を渡したのなら、もうすでに朔のことを知っている人がいるってことだもの。

昔御所にいた時、朔を知る人が書いたものなのじゃない?」


「全然思いだせないけど、そうなのかな」



朔は紙に書いてある文字のひとつひとつを目で追ってみるが、そこから何も浮かんではこなかった。


だが、自分を知っている人がこの歌を書いたのだと思うと、その人を知りたいという気持ちが僅かに湧いてくる。



朔は、今しばらく文の歌を見つめたまま言った。




「私、この人が誰なのかを知りたい。どうしてこれを書いたのか、尋ねてみたい」



声が、知らず熱を帯びてくる。


——歌は、姫君のこと。


彼女はそう、はっきりと朔に告げた。




「私、もう一度『お方さま』に会って話してくる。そうしてもかまわない?」



小萩は、その勢いに気圧されたようだった。



「アヤメさんが御所で朔を迎える手筈を整えているなら、もうしばらく時間がかかるだろうし、今さら私が対面するのもおかしいものね。私も、それを書いた人が、どんな人なのかは気になるし」



そこで朔は、誰かから歌を贈られたことが一度としてなく、これが初めてだということに気がついた。




——夢のあいまに見る影の

月にあまぎる まぼろしの君



まぼろしの君、とは私のことだろうか。


朔にとっては、この歌の書き手こそがまぼろしそのものだった。


自分の知らない、でも夢のなかで、この人はわたしを見たと言っている。




——姫君の侍女としてなら会えるかもしれない。




大胆にも、ふとそう思った。



彼の探している『まぼろしの君』ではなく、姫君の侍女としてなら。

できればアヤメが帰ってくる前に。


そう思い、

朔は文字の流れを指先でそっとなぞった。


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