第27話 『お方さま』


透渡殿を抜けると、庭に面した部屋にたどり着き、女童はなかの主人に、朔が来たことを告げたようだった。


ほどなく通された朔は、この屋敷の『お方さま』と向き合う形になった。


薄紫と青色の上品な袿に、髪を長く垂らしたその人は、朔を認めると柔和な微笑みをいっそう深くした。


香を焚いたのか、ほのかに白檀の良い薫りがする。




「アヤメという人は詳しく明かしませんでしたが、今日来られた姫君は、白珠の更衣の娘御なのでしょう」



朔が正座するなり、その人は切りだした。

朔は一瞬迷うように視線を泳がせたが、結局頷いた。その事実を確信するような口ぶりだったからだ。


朔が頷いた途端、

目の前の人は、瞳を潤ませた。



「では、今後は御所で暮らされるのですね。今までどこで、どうされているかと思っておりました」



そう言って涙を流す人を前に、

朔はどうしたらいいのか分からなかった。


色々質問したいことはあったのだが、侍女と偽って対面しているため、こちらから話しかけるのも無礼な振る舞いのように思えてくる。


朔が黙っていると、その人は続けて言った。



「きっと姫君の従者の方は、御所で暮らされる準備をしているのでしょう。それまで手狭なところですが、姫君にはここでお休み頂ければと思います」


「お気遣い、感謝します」



朔はそう言って、思わず頭を下げた。

御所などに行かなくても、朔はここで充分なような気がした。

自分のために目元を潤ませるその人に、思いがけず心を動かされたせいなのかもしれない。



「何か必要なものがあれば、女童の水泡みなわに申しつけて下さい。できる範囲のことを致します」



そこで話が途切れたため、朔が退出の礼をしようか迷っていると、その人は最後に文箱から一枚の紙をそっと取りだした。

ところどころ切箔の散った美しい紙だ。



「不躾なことですが、こちらを姫君にお渡しして下さい。くれぐれも従者の方の目にとまらないように」



先ほどよりも、抑えた声だった。

朔が困惑したまま受け取ると、その人は微笑んだ。




「私はその文を、ある人から受け取ったのです。それに書かれた歌は姫君のこと。

侍女のあなたが了承するのなら、手引きを引き受けてもいいのですよ」



楽しげな口ぶりに、その意味するところが分からないまま、朔は丁寧に折りたたまれた文を手に答えた。



「まず姫君に、お渡ししてみます」


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