第15話 戸崎の失踪

僕は少し興奮気味の楓さんを少し落ち着かせてから詳しく話を聞いた。


「お父様と戸崎さんは1時間前にドライブに出かけてそこから連絡が全く取れないんです。」


「具体的にどこに行くとかは?」


「いえ。」


「そうですか。」


「もしかして…私の考えすぎですかね?」


「いえ。僕からも戸崎に電話を掛けてみます。」


「お願いします。」


「一旦電話を切りますね。」


戸崎に電話を掛けてみたがなかなか繋がらなかった。


最近天候が荒れてたし視界が悪くて事故という可能性もなくはなかった。


それに何故か変な胸騒ぎもしてきた。


僕は居ても立っても居られなくなり再び楓さんに電話を掛けてすぐに伊豆に向かうと伝えた。


しかしこんな深夜に交通手段という交通手段も見つからない。


仕方なく父さんを叩き起こし事情を説明して車を出してもらうことにした。


その間も定期的に戸崎に電話を掛けたがなかなか繋がらなかった。


父さんは僕に少しの間でもいいから寝ときなさいと言ってくれた。


僕は父さんの好意に甘えて少しの間眠ることにした。


父さんに叩き起こされて目を覚ますとまだ辺りは真っ暗でその中で一際明かりを放っている家があった。


恐らくその家が西園寺さんの別荘なんだろう。


「着いたの?」


「ああ。」


僕は目を擦りながら車から降りて楓さんに電話を掛けて着いたと伝えた。


しばらくすると楓さんが別荘から出てわざわざ駐車場まで来てくれた。


「やっぱりまだ見つかってませんか?」


「ええ。」


時計に目をやるともう朝の3時を少し過ぎていた。


計算するともういなくなってから4時間ぐらい経っていた。


「警察にはまだ連絡は?」


「してません。」


「急いで連絡してください。」


1時間ぐらいして警察の人が来てくれた。


そして楓さんが戸崎と西園寺さんがいなくなった経緯をざっくりと伝えて日が明けてから周辺を捜索することとなった。


日が明けるまで西園寺さんの別荘を借りることとなった。


父さんは別荘の1室を借りて仮眠をとると言ってリビングを去った。


西園寺のお母さんももう既に自分の寝室に戻ってしまっているらしい。


リビングには僕と楓さんの2人きりとなった。


「朝日さんは睡眠をとらなくてよろしいのですか?」


「ええ。まあさっき車内で少し眠りについたので。」


「そうですか。」


僕は正直もう横になればすぐに眠ってしまうほどの睡魔に襲われていたが、楓さんの意気消沈した様子を見ると傍にいないわけにもいかなかった。


それとこの夜10時前にどうしてわざわざドライブをしたのかということも気にはなっていたからだ。


「どちらが…ドライブに誘ったのでしょうか?」


「恐らく父の方から。でも運転は確か戸崎さんが。」


「そうですか。」


時計が刻々と秒刻みに動いているのがしっかりと耳に入ってくる。


「……紅茶でも入れましょうか?」


「お願いします。」


楓さんは立ち上がりポットに水を入れ湯を沸かした。


そして湯が沸くまで再び僕の向かい合わせに座った。


話を切り出そうにも楓さんの心を少しでも傷つけてはいけないという神経が働いてなかなか切り出せない。


「戸崎さんとは……親友の間柄だったんですね。」


朝日はそうですねとしか言いようがなかった。


戸崎の話題を広げたとしても今の状況でユニークな話ができるとはとても思えないからだ。


「朝日さん、具合は大丈夫ですか?」


その時湯が沸いた。


「入れてきますね。」


楓さんはマグカップを2つ用意しそれにティーバッグを1個ずつ入れて湯を一定の量ずつ入れていく。


その間、朝日は楓さんの質問を違和感に感じていた。


楓さんがマグカップを2つ持ってきた後も言葉を変えて再び僕の体調を気にかける質問をした。


僕は不審に思いながらも大丈夫ですと答えた。


楓さんはそうですかと言ったが、表情が変わることはなかった。


これ以上話題が広がらず気まずくなりこの紅茶を飲み干した後、用意してくれた自分の部屋に戻ろうと思った。


僕は熱い紅茶を冷ますことなく飲み干し火傷した舌で何とか紅茶の感想を述べ自室に戻ろうとした時、楓さんが僕の左腕を掴んで


「もうちょっと居てくれませんか?」


とか細い声で言った。


僕は少しためらったが分かりましたと言ってさっきの場所に座った。


座ると同時に楓さんが震える声で怖いんですと言った。


「何がですか?」


「………私の親しい人が全員いなくなってしまう気がして。」


僕は椅子から立ち上がり楓さんの横に立ち膝を曲げて視線を同じぐらいにして


「大丈夫ですから。」


と背中を擦って言った。


「………本当ですか?」


「大丈夫です。僕が付いてますから。」


「……私たちの縁談ってどうして成立したか知ってます?」


僕はその質問にはすぐには応えられなかった。


「私たちの縁談って契約結婚みたいなものなんです。だから………。」


僕はこれ以上聞きたくなくて思わず楓さんの体を抱きしめていた。


「もう……何も…言わないでください。」


そう言うと楓さんは子どものように人目を気にせず泣きじゃくって、僕の左肩がしばらくの間乾くことはなかった。


僕は窓に差し込む光と左肩の重みで目が覚めた。


僕の左肩には楓さんがぐっすりと眠っていて楓さんの目の下には涙の跡がまだ残っていた。


どうやら僕は楓さんを慰めている間に再び睡魔が襲って眠ったらしかった。


そして楓さんは僕の存在に安心したのか深い眠りについたようだった。


僕は楓さんをそっと肩から引き離し椅子にもたれかかるようにした。


僕の左肩はまだぐっしょり濡れていた。


僕は何となく朝日が見たくなりベランダに出ると父さんがタバコをふかしていた。


「おはよう。」


「おはよう。朝からハレンチなものを見せられて気分が悪くなったから思わずタバコをふかしにベランダに出てしまった。」


「すみません。」


「いや、謝ることはない。なるべく楓さんの傍に居てやってくれ。彼女は表面的には見せないが相当精神的にやられてるはずだから。」


「分かった。警察はもう捜査を始めてるの?」


「ああ。」


そう言って父さんが視線をやった先を見ると警察服を着た数名の捜索員が辺りをうろちょろしていた。


「見つかるかな…。」


父さんは食わえていたタバコを口から離し、それから煙を口から出して


「さあな。」


と言ってまた海の方向に視線を戻した。





しばらくしてから何とか気分を落ち着かせようと外を適当にぶらぶら散策して朝の7時ぐらいになって別荘に戻った。


キッチンでは楓さんが食事の準備をしていた。


楓さんは僕の姿を見る度おはようございますと言って昨日のことについて一切触れてこなかった。


だから僕もおはようございますとだけ言って朝食が出来上がるまで自室に戻って相澤さんに電話を掛けた。


「もしもし。」


「もしもし、朝日君。千秋ちゃんなら大丈夫よ。何事もないから。」


「ああ、そうじゃなくて。今日行けないんです。」


「行けない?どうして?」


僕は戸崎と西園寺さんの失踪を伝えた。


「……分かったわ。じゃあこっちで真犯人を当たって見るわ。何か進展あったら連絡頂戴。」


「分かりました。ああ、くれぐれも仁志さんには…。」


「分かってる。体調不良って伝えておくから。じゃあね。」


電話を切ったタイミングでドアのノックの音が聞こえてご飯が出来たと言われた。


僕は返事をしてリビングの方に向かった。


リビングでは僕と父さんが隣同士で向かい側には楓さん、僕の左前には楓さんのお母さんという配置だった。


食卓にはパンがたくさん入ったバスケットが中央に置かれていてそれぞれのプレートにはスクランブルエッグと少し野菜が添えてあるだけだった。


「これ楓さんが全部作ったんですか?」


「ええ。パンは好きなだけお召し上がりください。」


楓さんは気を遣ってたくさん作ってくれたのであろうがやはりお腹が空いているわりにあまり食事が進まなかった。


結局僕はパン2つとプレートに乗ったものをすべて完食しただけだった。


バスケットにはまだ半分以上のパンが残っていた。






しばらくしてから個別に事情を聞かれた。


楓さんが別荘の一室から出てきた後、僕に来るように言った。


その別荘の一室は玄関から見たら死角になっている場所で楓さんに呼ばれるまで全然その部屋の存在を関知していなかった。


中に入ると四角い木製の長テーブルがドンと構えていてテーブルの向こう側には2人組の刑事さんがじっと僕の方を見つめていた。


「どうぞ、お座りください。」


そう言われて僕は2人の刑事さんの向かい側の鉄製の椅子に座った。


ふと横に視線をやるとマットがたくさん積み上げられていた。


恐らくここは避難用の物資か何かを貯蔵するための倉庫的な役割の部屋なのだろう。


もしかしたら2人組の刑事さんの陰で部屋が暗く感じるだけかもしれないが、ここはあまり日当たりが良くない。


「あなたのお名前は?」


「東宮朝日です。」


「行方不明の西園寺さんと戸崎さんとはどういう関係で?」


「西園寺さんは僕のお見合い相手の楓さんのお父さんで戸崎は僕の親友です。」


「つまりあなただけが唯一ここに居る人の中で2人ともに接点があったわけですね?」


「そういうことです。」


「なるほど。」


僕と会話している刑事の横にいる無口な刑事はひたすらペンを動かして僕の一言一句を聞き逃さず書いているようだった。


「さっき聞いたのですがあなたはお茶会パーティーにいらっしゃらなかったんですね、昨日。」


「そうです。」


僕は刑事がお茶会パーティーと意味合いが違うのは少し気に触ったが、そのまま流した。


「そして体調不良のあなたに代わって戸崎さんに行かせたんですよね?」


その刑事は体調不良という言葉を敢えて朝日に強調した。


その時僕は欠席する際に体調不良と偽って戸崎に言わせたのを思い出した。


だからあの時楓さんはしつこく聞いてきたのか。


「ああ、そうですね。」


「お体はもう大丈夫なんですか?」


「ええ、まあなんとか。」


すると鑑識の服を着た鑑識官が別荘に入ってきて刑事にこそっと耳打ちをした。


その刑事は鑑識の言葉を聞いて驚いているようだった。


「何かあったんですか?」


「……いえ。」


その刑事は僕に聞かれると再び堅苦しい表情に戻して


「では以上で取り調べを終了します。ご協力ありがとうございました。」


そう言って礼をした後に朝日を事情聴取していた方の刑事が少し朝日を睨みつけて慌ただしく去っていった。


それから30分後に海上保安庁の車が来てさっきまで別荘の周囲をうろうろしていた刑事の姿はいなくなってしまった。


「何があったの?」


「分かりません。」


別荘の中も軽いパニックになっていた。


それから45分後にさっきの海上保安庁の白い損壊した車の前半分を後ろに背負って去っていった。


その時、僕はその白い車の助手席にぐったりとした西園寺さんがいるのを見た。

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