第14話 18年前の真相
目が覚めると僕は病院のベッドの上で横たわっていた。
「気が付きましたか?」
目の前には医師と数人の看護師がいた。
「僕は一体…。」
「軽い脳震盪を起こしただけですから。」
「そうですか。そういえば相澤さん、相澤さんは?」
「大丈夫ですよ。軽いやけどで今治療してもらってます。」
「よかった。あ、あと月島さんは?」
「…月島さんはお亡くなりになりました。」
何となく予想はしていたがやはりまだ現実として受け止めきれないものがあった。
「こんな状況で何なんですが東宮さんが宜しければ警察の方がお話しがしたいと。」
外の扉の向こうでは人影が動いているのが見えた。
「…分かりました。通すように伝えてください。」
一人の看護師さんが扉を開けて仁志さんをはじめとした刑事数人をを病室に通した。
それと入れ替わりに医師を初めとした看護士が病室を跡にした。
「大変だったね、朝日君。」
「大丈夫です。ただ単に意識を失っただけですから。」
「それより残念だけど…。」
「知ってます。月島さんが亡くなったって。」
「俺未だに信じられないんだ。だってあいつ俺の後輩だぜ。後輩の方が先に逝くって…。」
そう言いかけると仁志さんは大粒の涙を流した。
あの大粒の涙を見ると仁志さんには月島さんが今までやってきたことをどうしても言える心地がしない。
「ごめんな。俺が今からお前に聞かなきゃダメな時に…。」
「いえ。」
「相澤から大体のことは聞いている。ただ確認をするだけだ。」
一通り真相を確認した後、仁志さんがため息をついた。
「やっぱり本当だったんだな。月島が今回の事件そして馬場を殺したのにも関わっているなんて。相澤の言葉を信用しなかったわけじゃないんだが未だに信用しきれてない部分があったから。月島のこと、憎いか?」
「それは…まあ。」
「ま、そうだよな。でもこれだけは忘れないでほしい。月島は朝日君のために警視庁復帰や釈放の手続きとか闇に染めてでもたくさん朝日君のために償いをしてきた。それでも君のお父さんを失わせた代償はやはり大きいと思う。でも許してあげてほしい。たぶんあれは事故だったんだ。今日は疲れただろ。ゆっくり休んどけ。」
そう言うと仁志さん達は病室を跡にした。
その後僕はしばらく窓の外の風景を眺めながら月島さんのことを考えていた。
あの時は感情的になったが月島さんがどういう経緯で日向と知り合いそこから今に至ったのだろう。
朝日の心にはまだ月島に対する憎しみや怒りという類のものは完全に消えたわけではなかったが、その事件の経緯に対する好奇心が少しその感情を薄らいでいた。
しばらくしてドアのノックの音が聞こえた。
「どうぞ。」
そう言うと相澤さんが病室に入って来た。
「相澤さん。」
「よかった。無事みたいね。」
相澤さんは僕のベッドの近くに置いてある椅子に腰を掛けた。
「ねえ、月島警視総監のことが憎い?」
「それはまだ。」
「…そう。で千秋ちゃんを見捨てるの?」
僕は相澤さんに言われるまですっかり竜千秋のことを忘れていた。
彼女はもう僕にとっては無関係な人間になった。
いつでも縁を切れるのは確かだ。
おまけにただ竜千秋は彩花と顔が似てただけでいつでも切れるもろい鎖だったのだ。
そして今彩花に対する想いはもう失せてしまったから竜千秋の顔を見たい気何ぞ全く起こらなかった。
彼女が捕まって脱走の件について語ったことで痛痒くもない。
それに月島さんの話によると竜千秋の爆弾で彩花を殺したんだ。
あの爆弾さえなければ…。
僕は相澤さんに見捨てることを言おうとしたが相澤さんが
「私はね、彼女を朝日君に向かいに行ってほしいと思ってる。彼女には居場所がないと思う。それに月島警視総監のことでまだ究明出来てない謎はたくさんあるし。」
と言った。
朝日は相澤の言葉を聞いて相澤さんは恐らく18年前の自分と重ね合わせているところがあるのだと思う。
18年前家族という大きな存在を失ってそれでもまだ居場所があったというその当時の僕たちにとっては当然だと考えていたものを。
「でも竜千秋の爆弾のせいで彩花は…。」
「分かってる。分かってるけどあの子も被害者なのよ。何も現状を知らされずにたぶん爆弾だけを作らされて気がついたら犯罪者になってるって。それで彼女の一生が奪われてしまうのよ。被害者という立場を抜きにして考えてほしい。」
僕はなかなか決断を下すのに時間がかかったが仁志さんの言葉といい相澤さんの言葉が僕の頭から離れなかった。
「…分かりました。行きましょう。」
朝日は一旦相澤に病室から出てもらいさっき着ていたスーツに着替えて再び相澤さんを招き入れた。
「ねえ朝日君、千秋ちゃんはどこに泊まっているの?」
朝日は月島から貰ったスマホを自分のポケットから取り出し電源を付けた。
月島さんのスマホのホーム画面は奥さんと娘さんと一緒に映っているとても仲睦まじい家族の写真だった。
「本当に死ぬつもりだったのかしら…。」
相澤さんは少し声を詰まらせて言った。
しかしホーム画面とは裏腹にロックの解除は単に横をスライドするというシンプルなものだった。
僕は電話帳から竜千秋の名前を探し出した。
しかしそこには竜千秋と思わしき人物は載っていなかった。
「着信履歴は?」
相澤さんに聞かれて着信履歴を調べると僕の携帯番号の上に一件だけ別のどこかに掛けた番号があった。
月島さんの家族に対する伝言といい仁志さんの反応から見ても最期に月島さんが掛けた人物ではないのは明らかだった。
恐らく最後は竜千秋に掛けたのだろうと思い電話を掛けると繋がったが電話を掛けた相手はしばらく無言だった。
「…僕だ。朝日だ。」
そう名乗ると電話の向こうから少しため息が聞こえて
「…やっぱり死んだんだな。」
と少し暗い声で言ったがやはりそれは竜千秋の声だった。
「…知ってたのか?」
「この電話をお前が取るときにはもう私の死を悟ってくれと最後の電話で言われたからな。」
「ねえ、今どこにいる?」
「メモに書いてあると言っていた。お前が今使っているスマホに。」
「…分かった。絶対そこを離れるなよ。」
「ああ。」
電話を切り相澤さんがスマホケースに挟まっているカードみたいなものを見つけた。
それは竜千秋が恐らく泊まっているとされるカードキーだった。
部屋番号もちゃんと明記してあった。
退院手続きを済ませタクシーを捕まえてメモに書いてあるホテルまで向かった。
竜千秋が泊まっているのはこのホテルの16階らしい。
一応一回千秋の泊まっている場所をノックしてカードキーを使って入ると千秋は握っていたマウスを手から離し僕たちの方を見た。
開いていたのは月島さんの死のことについてだった。
「この人誰?」
竜千秋は相澤さんの方を指さした。
「私は朝日君の同僚の相澤と言います。」
「へえ。信頼できる人?」
「ああ。じゃあなきゃここに連れて来ない。」
「それはそうか。」
千秋は僕たちのことにあまり興味ないのか再びパソコンの画面の方に姿勢を向けマウスを握った。
「ねえあなたにとって月島さんはどういう人だったの?」
相澤さんがその質問をするとマウスを握っていた手が止まりそれからゆっくりと手を離して
「……いい人だった。」
と声を震わせて言って少し呼吸を整えてから続けて言った。
「4年前になるのか、私がお父さんいや月島さんと知り合ったのは。万引きを働いた時に月島さんは何も言わず私の分も払ってくれた。それから月島さんに盗みを働いた理由を聞かれて私は養護施設を出て行く当てもないことを伝えたら私を引き取ってくれた。その時私はまだ日向優の娘であることを話してなかった。しばらくして私は本当のことを話した。それでも私に対する態度には微塵も変わりはなかった。いろんな場所にも連れて行ってくれたし本当の子供のように育ててくれた。本当にいいお父さんだった。」
竜千秋の目にはいつの間にかあふれる涙が流れていた。
相澤さんはそれを見て竜千秋にそっとハンカチを手渡した。
竜千秋が泣き止むのを待って僕は尋ねた。
「千秋は…月島さんのこと憎くないのかい?君は犯罪の道具として利用されたんだよ。」
「ちょっと…朝日君。」
「…真実を知らないんだな。」
「え?」
しばらく朝日達が返答に困っていると千秋は立ち上がりポットに水を入れて
「コーヒーと紅茶とあと緑茶、どれがいい?」
と尋ねてきた。
「じゃあ…コーヒーで。」
「私も。」
千秋は逆さまに積み重なっている紙コップを3つ取り出し、そうしてインスタントコーヒーの小袋を3つ取り出しそれぞれのコップに入れた。
しばらくして湯が沸きコップに一定の量を入れかき混ぜて渡してくれた。
「ありがとう。」
千秋は少しコーヒーを飲んで
「お父さんは脅迫されていたんだ。」
と言ってもう一回かき混ぜるための棒を取り出し今度はしっかりかき混ぜながら言った。
「男が家に来たのは1年前だ。その男は私が日向優の娘であることを知るやいなや私に爆弾を作れと命令してきた。お父さんは必死に止めようとしたがその男は恐喝して結局私はやることにした。それが今回の爆発テロの真相。」
僕と相澤さんは顔を見合わせた。
「じゃあその男が今回の爆発テロの真相ということかい?」
「そういうことだ。」
千秋はさっきは少し取り乱してはいたものの今は冷静になっている。
千秋の目からは真犯人を捕まえてほしいという意志のようなものが感じられた。
「その男は誰なんだい?」
「分からない。ただその男が生きている限りこの爆弾テロは終わらない、絶対に。」
「何か特徴はないの?その男に。」
「首に蛇の模様があった。」
「蛇の模様……。」
「他に特徴は?」
「特には。」
「顔にあざとかは?」
「なかった。いつも顔を隠していてよく見えなかった。」
「身長はどれぐらい?」
「お前ぐらい。」
と言って朝日の方を指さした。
整理するとその男は首に蛇の模様があって僕と身長が同じぐらいの170cm、尚且つ月島さんが庇っていたとても近しい人物。
僕が知っている限り身長を除けば一人ぐらいしか当てはまらなかった。
その後竜千秋は相澤さんの家に引き取ってもらいとりあえず僕は家に帰った。
家に入るや否や母が力強く抱きしめてきた。
「お帰りなさい。大変だったわね。」
母さんの後ろには父さんが立っていた。
朝日は母の体を引き離し父の方を見て
「ねえ父さん、話したいことがあるんだ。」
と言った。
「俺も話したいことがあったんだ。私の書斎に来なさい。」
僕は父さんの後ろについて行った。
久しぶりに書斎に入ったがコチョウランが入った花瓶の置き位置も本棚にぎっしりと詰め込まれた本も懐かしいばかりだった。
僕は父さんと机を挟んだ向かい合わせで座った。
「何年ぶりだろうな、お前がこの部屋に入ったのは。」
「…3年ぶりぐらいかな。」
しばらく沈黙が流れてどっちから先に要件を話すか窺っていた。
ただ父さんは少し雑談をした後ずっと俯いたままだったので僕から話すことにした。
「ねえ父さん。どうして僕に産みの父さんを撃ったって嘘をついたの?」
「聞いたのか?月島に。」
「はい。」
再び沈黙が流れて父さんは僕から視線を外しそれから眉間にしわを寄せて再び僕の方を見て言った。
「実は月島がな、今日家に来たんだ。その時に18年前のことは黙っていてくれと言った。朝日のためにな。そして私に何があっても真実を語らないでくれと言ったんだ。月島は本当にお前思いのいい人だったんだ。」
「どういう意味ですか?」
僕は父さんの言うことがいまいち飲み込めていなかった。
「朝日、今から言うことはお前を苦しめるかもしれない。だけど月島が死んだ以上俺はお前に真実を語ろうと思う。」
そう言うと父さんは姿勢を崩して話し始めた。
「18年前、俺は馬場と対立してな。職場でも馬場の命令か知らんが俺は周りから孤立していた。その中で唯一味方だったのが部下の月島だった。月島は本当に真面目で正義感が強かった。だけどその唯一の味方である月島も馬場に結局唆されて向こうの方に行ってしまった。そんな時、白神病院の爆発事件が起きた。それで説得役として馬場が向かった。俺も拳銃を持って向かおうと思ったが拳銃は何者かに盗まれていた。仕方なく武器なしで向かった時、爆発の音が聞こえたんだ。それで向かう途中に何かにつまづいて拾ったら俺の拳銃だった。拳銃には僅かな火薬の匂いが残っていた。変だとは思ったが拳銃を構えて爆発現場の方に向かうと現場近くに2つの遺体があった。後からそれは馬場と日向の遺体であることが分かったが馬場の遺体の腹部には妙な跡が残っていた。」
「撃たれた跡ですか?」
「そうだ。でそれが見事に俺が持っていた弾丸と一致してな刑務所に入れられる寸前だった。だけどそれが直接的な死因とは分からないと言って減給処分と降格で済んだ。それでもやはり居づらくなって警察官を辞めた。それから数年後だ。月島から拳銃を盗んで馬場を撃ったと告白されたのは。あの時月島は談笑している日向といる馬場の姿を見たそうだ。月島曰く白神病院を爆発テロの指定地にしたのは実は馬場で…お前と奥さんを殺そうとしていたそうだ。」
「それは…本当ですか?」
「ああ。馬場にはその当時不倫相手がいて奥さんと別れる寸前だったそうだ。だけど今お腹にいる子供とそしてお前を払う養育費を払うのが嫌で奥さんに保険をかけて事故に見せかけて殺そうとしたそうだ。」
「そんな………。」
「これは墓場にまで持っていくつもりだった。だけど…月島が死んでこのまま朝日に事実を伝えなければどんなに後悔するだろうって…。」
父さんは自分の羽織の袖で涙を拭った。
確かに僕にとっては知らない方がよっぽど都合のいいものだったかもしれない。
写真でしか見たことのない父さんを理想像としていくらでも思い浮かべることができたからだ。
だけど僕はもう大人だ。
僕の心には産みの父さんより長年育ててくれた父さんの方が僕にとっては何十倍も大きな存在だった。
必死で月島さんと一緒に父が作り上げた嘘の確執のせいで僕は散々苦しんできた。
「……なんで…なんでもっと早く言ってくれなかったんだよ?僕が今までどんなに苦しんできたか…。屋根の下で産みの父さんを殺した憎い父さんとして毎回顔を会わせるのがどんなに嫌だったか。僕のため…僕のためって言ってるけどそれは僕のためになってないんだよ?父さん。」
「すまんな、朝日。」
僕たちは熱い抱擁を交わしそして過去のわだかまりを解消した。
月島さんを失った悲しみや事実を知った衝撃は大きかったがそれ以上に朝日は父との関係を修復できたことで少し心が和らいでいたのかもしれない。
拘置所に送られて1晩眠れなかったこともあり朝日は深い眠りについたつもりだった。
しかし携帯の着信音で目が覚めることとなった。
「誰だよ、こんな時間に。」
置時計を見ると夜の12時前だった。
最初は携帯のアラームの設定を間違えたのかとも思ったが楓さんからだった。
朝日はベッドから嫌々起き上がり電話に出た。
「もしもし、よかった。繋がって。」
楓さんの息はいつもより少し上がっているようだ。
「どうしたんですか?こんな時間に。」
「お父様と…戸崎さんがいなくなったんです。」
「え?」
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