第12話 放火に立ち潜む真犯人

翌朝、僕の名前が何度も連呼されて目が覚めた。


目をこすると月島さんが立っていた。


「どうしたんですか?」


「もう出てきても構わない。」


朝日はあっけらかんとしながらも言われるがままに拘留所から出た。


しばらくして相澤さんが息を切らして駆けつけてきた。


「大変、大変よ!!」


「どうしたんですか?」


「高木の家が火事になってて。」


「え、なんだって?高木は?」


「意識不明の重体で今病院に運ばれている。」


「とりあえず家の方に向かって話を聞こう。」


「でも朝日君一回家に帰らなくて大丈夫?」


「臭いますか?」


「いや大丈夫だけど。」


「月島さん家に連絡頼んでもらってもいいですか?」


「ああ、いいよ。」


「じゃあ相澤さん、家の方向かいましょう。」


高木の家は警視庁から車で45分くらいだった。


家はもう既にブルーのビニールシートで覆われていて報道陣も朝早くから詰めかけていた。


「通報をくれたのは?」


「通報をくれたのはあのつるみ壮の2階に住んでいる訛さんという人よ。」


相澤さんが指を指した先には刑務所のような閑散とした建物が立っていた。


「随分古びたアパートですね。」


「こら。あんま言わないの。」


「すみません。」


訛さんは2階の一番右端に住んでいる人だった。


ピンポンを押すと眼鏡を掛けた老人が目つき悪くこっちを見てきた。


「あのすみません。昨日あの火災の通報をくれた訛さんですよね?」


「ああそうだが。」


「警察の者ですがその時の様子詳しく聞かせてくれませんか?」


「わしより隣の男に聞いた方がいい。」


「どうしてですか?」


「男の方がわしより先に目撃しておったからな。それにその男、犯人も見たと言うておったし。」


「分かりました。」


老人は朝早く起こされたのにいら立ったのか勢いよくドアを閉めた。


「相当起こってたみたいですね。」


「仕方ないわよ、こんな朝っぱらだもの。」


仕方なく隣の家のピンポンを押すと浦島太郎を思わせる髪がぼさぼさの黒髪の男性が出てきた。


「何すか?」


「警察の者です。隣の訛さんからあなたが犯人を見たとおっしゃってたのでその犯人と事件の経緯を詳しく聞かせてくれませんか?」


「散らかってるけどいいすか?」


「お気遣いなく。」


家に入ると悪臭がまず鼻に突き刺さった。


シンクにカップラーメンやら食べかすが散らかっているようだった。


机の上もそんな感じだった。


少し床に座るのに抵抗があったが相澤さんが座ったので僕も座った。


「事件のこと詳しく聞かせてください。」


「昨晩、まず男の声が聞こえてきたんすよ。2人組の。あまりにうるさくて目が覚めて何か嬉しそうに話してましたね。特に片方の男の腕のタトゥーがすごくて。で高木の家にガソリンみたいなのをまいて一気に燃え上がりましたね。」


「よく見えましたね。そんなに細かく。」


「うちカーテンないんで。それにここの街頭明るいんですよ。もし嘘と思うならここの管理人さんに聞いてみてください。」


確かに窓の方に目をやるとカーテンがない状態だった。


「いや疑ってるわけじゃないんです。」


「でも高木の家の表札まで見えませんよね?」


「ああ、それは…前にゴミ出しで注意されたことがあったんですよ。そのくせ俺の見た目まで難癖つけてきて。それでムカついて家の前の表札見て覚えてました。」


「被害者の高木さんとトラブルになっているのを見たとかありますか?」


「しょっちゅうあの人トラブルになっていたからな。数えたらキリがありませんよ。」


「そうですか。ありがとうございました。」





今度は高木が搬送された病院の方に向かった。


高木は今人工皮膚移植を行っているらしい。


手術室の前ではお母さんらしき人が女性に寄り添いながら泣いていて、お父さんらしき人はただ口を一文字にして手を膝に当ててうつむいて待っていた。


すごく話しかけづらい状況だ。


するとさっきまでお母さんらしき人を支えていた女性が飲み物を買いに行くと言って立ち上がった。


僕たちの姿を見ると


「もしかして警察ですか?」


と尋ねてきた。


「ええ。少しお時間宜しいですか?」


女性は頷いて待合室は比較的席が空いていたのでそこに座って話をした。


「高木…刑事とはどういう関係で?」


危うく呼び捨てにするところだった。


「妹です。」


「最近連絡とか取ってらっしゃったりしましたか?」


「いえ。」


「じゃあお兄さんを恨んでいる人に心当たりとかは?」


「お兄ちゃんが恨んでいる人なら知ってます。確か…ああ名前は思い出せませんけど発砲した罪を着せられて…。」


「他に心当たりとかは?」


相澤さんが機転を利かして話題を変えてくれた。


「いえ、特には。絶対その人が犯人です。兄はその人のせいで人生が狂ったんです。何としてもその人を捕まえてください。」


妹さんはさっきより声を上げ立ち上がり少し興奮気味になった。


「落ち着いてください。その人にはアリバイがあったんです。」


「そうなんですか…。」


妹さんは冷静になったのか相澤さんをじっと見て話を聞く姿勢になった。


「恨んでいる人を知りませんか?ほかに。」


「いえ。」


「そうですか。お兄さんの意識が戻ったら連絡貰えますか?」


「分かりました。」


相澤さんは高木の妹に連絡先を渡した。


「絶対犯人見つけてくださいね。」


「分かりました。」


僕たちは妹さんの元を去って駐車場に向かう道中、相澤さんがため息をついて言った。


「何か全然分かんなかったわね。」


「ええ。」


「ただやっぱり気になってるのは朝日君が逮捕した張本人の高木に災いがすぐ起こるってあなたにとって都合良すぎじゃないかしら。」


確かにそれは思った。


高木の近所に住んでいた浦島太郎風の男は常日頃高木は恨みを買っていたとは言ったが、どうしても僕の今回の件と関連しているのではないかと思ってしまう。


「でもやっぱり偶然かな。朝日君がやくざとかそういう系のパイプを持ってなさそうだし。恨みによる犯行でよさそうね。」


僕は相澤さんのある一言で僕の血の滞っていた血管の一部の血の巡りが良くなった。


パイプ…。


今回の火事の実行犯が誰かに指示されたもので尚且つやくざとかヤバい系のパイプを持っていそうな人物…。


そう考えると欠如していたピースの全てが当てはまってくる。


戸崎はあのネクタイは高木が単に盗んだだけと言ったがそのネクタイに関与している人物。


それに今日僕が釈放されたのも僕の後ろ盾がどんなに強力なものであれやはり気に障っているところがある。


「ねえ、どうしたの?」


「ああ、いやなんでも。」


とりあえず僕は真相を直接問いただすほかに方法はなかった。






僕は仕事を済まして今日飲みに行けませんかという意味合いのメールを月島さんに送った。


すると意外にもすぐメールの返信が届いて銀座のビルの一角の寿司屋で待ち合わせしようということになった。


タクシーを使ってメールに添付された住所まで向かう途中青いイルミネーションで彩られた木々を見て楓さんとの行けなかった約束のことを思い出した。


もし楓さんがこのイルミネーションを見ていたらどんな反応をするのだろう。


驚きのあまり言葉を失うのか、それとも目を輝かせてしばらくの間見渡すのかその両方か。


今戸崎が出席している茶道界パーティーをすっぽかしてかれこれ1か月ぐらい経っている。


メールのやりとりも病気の体調を心配してから全く連絡が来てなかった。


自然消滅に導きたい僕の本望通りなのになぜか心もとなかった。


そういえば戸崎から連絡が来ていないが無事に茶道界パーティーをやれているのだろうか。


まあ僕が釈放されただなんて思いもよらないだろうからメールの返信もしていないのだろう。


それにあの西園寺さんの前だから気疲れしていることも多いだろうし。


「お客さん、着きましたよ。」


そう声を掛けられて車窓から景色を見渡すとさっきまで見ていたイルミネーションはもうとっくに過ぎており僕の横にはでっかいビルがそびえたっていた。


「えーと…この横の建物ですか?」


「ええ、そうですよ。」


運転手さんは何か帳簿みたいなのにペンを走らせて不愛想にそう言った。


僕はおつりを出さずにきっちり払ってそのビルの中に入っていった。


もう一度メールに添付された住所を確認するとこのビルの3階のおひねりというお店らしい。


そこまで向かうと店の前には提灯が置いてあって墨でおひねりとひらがなで書いてあった。


店の外観は障子で覆われていてすだれでまたおひねりと書いてあるのが掛けてあった。


全体的に江戸の外観をモチーフにしたという感じでそれが高級店を醸し出していた。


店に入ると若い女性店員が出迎えてくれた。


「何名様ですか?」


「予約席の2名で月島名義で予約していると思うんですが。」


「ああ、こちらへどうぞ。」


案内されたのは一番奥の個室で店員さんが障子を軽くノックするとはいという声が聞こえてきた。


もう既に月島さんは到着しているらしかった。


店員さんが障子を開けると月島さんがあぐらをかいて待っていた。


「やあ朝日君。座って。」


僕は着ていた上着を近くにあるハンガーにかけて月島さんの向かい側に座った。


「ごめんな、もうちょっと早く釈放しようと思ったんだが。なかなか手間取っちゃってね。」


「いえ。」


「そういえば確認も無しに申し訳なかったんだが魚介類大丈夫だった?」


「ええ、むしろ好きです。」


「それならよかった。」


月島さんの様子を見るととても高木を間接的に殺した首謀者という恐ろしいオーラというものが感じられなかった。


その時障子をノックする音が聞こえたので音のした方を振り返るとさっきの女性店員が障子を開けて僕の前に熱い緑茶を置いてオーダーを取りにきたらしかった。


「何頼む?」


「月島さんのお任せでいいですよ。」


「じゃあ特選12巻を2セットで。」


「かしこまりました。」


そう言うと女性店員は障子を開けて去っていった。


「それより珍しいじゃないか。朝日君から僕を誘うなんて。」


月島さんはまだ湯気の立っている緑茶をすすって飲んだ。


「いやーその…。」


月島さんにはとても恩義を感じているのに直接犯人ではないかと問いただすのは正直気が引けた。


「どうやって僕を釈放できたのですか?」


あまりにも踏み切った質問をしたのか月島さんは再び緑茶をすすり、渋い顔をして飲んでいた緑茶を机に置いた。


「朝日君、それぐらいは察してくれ。」


しばらく気まずい沈黙が続いた。


その沈黙が破られることとなったのは寿司が届いた時だった。


「美味しそうだな。」


「はい。」


その板の上には赤貝とウニとその他もろもろ普通の寿司屋ではお目にかからない高級寿司がせめぎ合って載せられていた。


僕はこれ以上月島さんに攻め込んだ質問をできずただただたわいもない話をしながらこの時間を満喫した。


寿司を食べ終わった後月島さんが全部会計を払ってくれた。


「え、いいんですか?」


「ああ。ここに連れてきたの私だからね。」


店を出ると月島さんがタクシーを呼んでくれてその上運転手さんに一万円を渡した。


「じゃあ朝日君。また明日。」


「失礼します。」


家まで着く間、僕は月島さんを犯人扱いしようとした自分を後悔した。


僕がした質問に少し渋った部分もあったがあんな善良な月島さんが人を使って殺すわけがない。

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