第11話 ゼブラ
翌朝、いつもより早く起きて慣れないネクタイを身に着け警視庁に向かおうとした時高木を初めとした連中が僕の家の前で待機していた。
その中には戸崎も含まれていた。
戸崎は僕と視線が合うと何か申し訳なさそうにしていた。
「東宮 朝日、お前を犯人蔵匿及び証拠隠滅の罪で逮捕する。」
高木はそう言って僕をパトカーの中に連れて行こうとした。
母がリビングから駆け付けてきた。
「ちょっと待ってください。朝日がそんなことするはずがありません。違うよね?朝日。」
朝日は何も言わずパトカーの中に入っていった。
パトカーには運転席に1名、朝日の左右に1名ずつ警察官がいるという感じである。
まず取調室に連れて行かれた。
手錠をはめられ高木と1対1の状態になった。
「僕のこと思い出したかな?」
高木さんは昨日とは違う野太い声を出した。
どうやら高木とは一度会ったことがあるらしい。
ただその声にも全く聞き覚えがない。
朝日がしばらく返す言葉に窮していると高木は立ち上がり次の瞬間朝日の頭を机に力強く叩きつけた。
「よく聞け、東宮 朝日!!あの日以来俺の人生は一気に地獄に突き落とされた。お前はアメリカに飛び立って知らないと思うけどな。少年を撃った罪で俺はお前の代わりに濡れ衣を着せられ巡査にまで降格した。毎年のように少年の命日には人質になった少女からの辛辣な手書きの手紙が届く。この気持ちが分かるか!!」
僕はやっと高木のことを思い出した。
あのクリスマス・イブ事件の僕のバディーだった高木…。
ただ僕が知っている高木はこんなんじゃなくて黒髪のすらっとした今でいう戸崎のような好青年の印象だった。
「お前、随分変わったな。」
「お前のせいでな。」
「待て、でもどうして人質の少女はお前に感謝とかそういう意味合いの手紙を送らないんだ?」
「あの人質になった少女は少年の妹だったからだよ。でもお父さんは違うけどな。」
「どういうことだ?」
「あの兄弟は親からのDVとネグレクトを受けていたんだ。」
「じゃあどうしてあんな行動を?」
「後から少女に聞いた話によると少年はショッピングモールで引きこもり妹を人質にすることでメディアの関心を集めて後に親からのDVとネグレクトをメディアに晒すつもりだったんだ。だから少年には少女に対する殺意はなかった。」
「そんな…。」
高木は朝日の頭をテーブルに力強く擦り付ける。
「痛い……。」
「俺は今までその何十倍苦しんできたんだ。言葉では語れないくらい。」
「高木、一つ聞いていいか?」
「まあお前の最期になるかもしれないから、聞いてやる。」
そう言うと高木は朝日の頭から手を離した。
そして朝日は頭を上げた。
「どうしてネクタイを盗んだ?」
「それは…お前を逮捕する重要な証拠が必要だったからだよ。」
高木はそう言葉を吐き捨て取調室を出て行き、それと入れ替わって戸崎が取調室に入ってきた。
戸崎は僕の姿を見て非常に驚いていた。
「どうしたの?その頭。それになんでそんなに毛が落ちてるの?」
「いや…その…。」
「高木にやられたんだな。」
「そうだ。」
「普段はあんな取り調べはしないんだけどなあ。ねえ何があったの?」
僕は戸崎にクリスマス事件で高木に恨まれていることを言った。
「そっか。」
そう言うと戸崎はしばらく机の一点に目を向けていた。
いくら親友とはいえ僕の悪徳さに失望したのだろう。
「話変えるよ。竜千秋の居場所は知らないのかい?」
「知らない。」
「そっか。」
「もう一人協力者がいるんだ。確かに僕は…。」
「分かってる。防犯カメラに朝日が竜千秋を探し回ってるとこバッチリ映ってたから。あれが演技だとは思わないよ。それに車の番号もバッチリ映ってたよ。で一つ気になってることがあるんだ。」
「何だよ?」
「お前に言うのもあれだと思うんだが。実は朝日の逮捕はもっと早くから決まってたんだ。ただ高木がなぜかもう少し泳がせたいと言ったからね。」
「ネクタイ…。」
「ネクタイって昨日お前が盗まれたとか言ってたやつか?」
「ああ、そうだ。」
「でもあのネクタイって高級なやつだから単に盗んだんじゃないのか。もし事件に絡んでいたとしてもよく分かんないんだけど。」
「まあ確かに。」
「とりあえず高木に返すよう僕から言っておくよ。」
「ありがとう。」
戸崎と入れ替わりに別の刑事さんが入って来た。
その刑事さんは僕の自供を取るために同じ質問を何度も言い換えて問いただしてきた。
僕は黙って何とかやり過ごした。
しばらくして相澤さんが尋ねてきた。
「朝日君、お疲れ様。」
相澤さんは僕の向かい側に座った。
「お疲れ様です。」
「影武者君から大体話を聞いた。大変だったわね。」
「まあ。」
「影武者君から伝えてくれって言われたんだけど。高木は何もその件について答えてくれなかったし、例のネクタイも見せてくれなかったって。」
「そうですか。僕からもそうだ。戸崎に伝言を頼んでもらってもいいですか?」
「ええ。」
「明日、西園寺家のお茶会パーティーがあって僕はこの状態だから出席できません。だから代わりに戸崎に出席を頼みたいんです。」
「だったら断ればいいじゃない。」
いや西園寺さんは少しでも僕が変な行動を見せたら容赦なく追及してくる人だ。
だから戸崎を代わりに出席させることで少なくとも僕との縁談は破局していないと安どするだろう。
ただ西園寺さんがどれほどヤバい人間かということを相澤さんに知られてはならないし戸崎にも悟られてはいけない。
朝日が黙っているばかりだったので相澤はため息をついた。
「分かった。でも私には荷が重いから影武者君と2人で話し合って。」
しばらくして戸崎が疲れた様子で入って来た。
「取り調べご苦労さん。でネクタイの件なんだけど結局すっとぼかされちゃって。ごめんな。」
「いや、いいよ。それより僕から大事な話があるんだ、聞いてくれ。」
戸崎は少しずり落ちていた眼鏡を耳の高さまで戻して聞く体制になった。
「実は明日西園寺さんのお茶会パーティーがあるんだ。それに出席してもらいたい。」
「なんで僕なんだよ?そもそも断ればいい話じゃないか?」
「いやダメなんだ。お願いだ。お前しかいないんだよ、戸崎。頼りになるのは。」
朝日は机に身を乗り出して頭を下げた。
戸崎は朝日のそういう態度に見かねたのかため息をついて言った。
「分かった。」
「本当か?」
「まあ僕も一度西園寺さんにお目にかかりたいと思ってたし。それにお前から頭を下げられたことなんか滅多にないからな。とりあえずこうしておかなければならないとかそういうのを教えてくれれば後はどうにかなるかも。」
とりあえず戸崎には体調不良で行けない代わりに失礼があっては申し訳ないので代わりにその友人が来たっていう設定にしてくれるよう頼んだ。
あと両親にもそう伝えるようお願いした。
「分かった。お前の住所って変わってないよな?」
「ああ。」
「分かった。親に伝えておく。何か伝言ないか?」
「…特に。」
「お前も薄情なやつだな。まあいいや。真犯人が捕まったらお前の罪は軽くなるだろう。ただ処分はやはり重くなるかもしれない。」
「分かってる。」
「できるだけ早く犯人は見つけるつもりだからそれまではしっかりな。」
戸崎が朝日の背中を軽く叩き部屋を出ようとした時、仁志さんが近くで突っ立っていた。
「朝日君としばらく話してもいいかな?」
「どうぞ。」
仁志さんは相澤さんにも席を外してほしいと頼んだ。
仁志さんは背伸びをして向かい側に座った。
「どうだ?朝日君、気分は?」
「そりゃよくないですよ。」
「ま、そうだよな。俺も何度か月島に朝日君を釈放するよう求めたが今回ばかりは無理だと。」
「まあそうですよね。あんだけ証拠が揃っていたら。」
「だな。」
仁志さんは意外にも僕の捕まっている姿を見ても戸崎や相澤さんと違って楽観的に考えているように見えた。
「仁志さんはこんな状況でも明るいんですね。」
朝日は少し皮肉を込めて言った。
「もしかして朝日君、少し怒ってる?」
僕は呆れて仁志さんの質問にわざと答えなかった。
「まあいいや。僕は朝日君のやったことは間違っていないと思うよ。まあ法律には反したけどね。」
仁志さんは少し息を整えてから再び話を続けた。
「まあ警察官の立場上そんなことを言ったらいけないのは分かってるんだけどね。朝日君、この世界は何で染まっていると思う?」
「はい?」
朝日は仁志さんの質問の意味とその意図が解せず思わず聞き返してしまった。
しかし仁志さんを見つめてもその質問の答えはなかなか返って来ず、その間僕が考えている姿が面白いのか目がニヤついていた。
「仁志さん、僕よく分からないんですけどこの質問の意味が。」
そう言うと仁志さんはやっと口を開いた。
「意味なんてないんだ、朝日君。君なら何て言うだろうと思ってね。ただの心理テストみたいなものだよ。ちなみに君のお父さんは何て言ったと思う?」
「…分かりません。」
「君のお父さんは白と黒に染まっていると言ったんだ。どういう意味か分かるかい?」
「普通に善悪じゃないですか?」
「そうその通り。ただし普通じゃないんだよな。」
再び仁志さんの方を見るとさっきよりも目がニヤついているように見えた。
「さっき俺は法律をド返しにして朝日君のことを正しいと言ったよな。それは一人一人にとって自分の持つ正義感が違うからだ。ある人は法律を鵜呑みにしてそれに逆らわないように肩を縮めて生きてきたし、またある人は法律云々に関係なくただ自分の価値観で強引に正義を作り上げて時には刑務所に入れられることもあった。」
「それって僕のことですよね?」
「いいや。お前じゃない。馬場のことだ。」
「え?」
「馬場は事件を追う熱心さに飲まれて法律を侵してしまうということが何回かあった。その時に馬場にされたのがさっき俺が朝日君にした質問だ。」
「この世界は何で染まっているか。」
「ああ、そうだ。」
「仁志さんは何て答えたんですか?」
「緑と青。」
「陸と海ですか?」
「よく分かったな。」
その時仁志さんのスマホの着信音が鳴った。
仁志さんはスマホを手に取り画面を少し見た後、僕の方に再び視線を戻して言った。
「悪い。うちの嫁が怒ってる。そろそろ失礼するよ。」
「はい。」
仁志さんは部屋を出て行く前にもう一度僕の方を見て言った。
「東宮を庇うつもりじゃないが、お前が今まで馬場に逮捕歴があるのを知らなかったのも東宮なりの正義かもしれないな。」
その後一晩中この拘留所で過ごしたのだがよく眠れなかった。
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