第10話 雨の中の訪問客

駐車場を一周したがどこにも見当たらない。


もう一回店内に入って探してみてもどこにもいない。


唯一探れないのは女子トイレだけだ。


しばらくしても戻ってこなかったら店員さんに女子トイレを探してもらうしかない。


それから10分経過しても戻ってこなかったため店員さんに女子トイレを見に行ってくれるようお願いした。


しかし女子トイレには誰も入っていないという。


仕方なく車内に戻り竜千秋がどこに行きそうか考えていた。


いや最悪もしかすると誘拐されたのかもしれない。


ただこの誘拐というのは彼女の仲間によってということだ。


ただその線は薄いのかもしれない。


なぜなら彼女に誰も面会しに来ていないという時点で情報がどこにも漏れていないはずだから。


ただ竜千秋は携帯電話を持っていなくなっているのに気が付いた。


でもそれでもまだ10分しか経っていないし携帯で居場所を伝えるにしろまだ竜千秋はその辺にいる可能性がある。


気持ちを切り替え車を出して辺りを捜索したが全く見当たらなかった。


せいぜい30分ぐらい探したがもう見つからないと悟り、人気の少ないところでクラクションを盛大に鳴らした。


僕はその後適当にドライブをしてレンタカーの所に車を返しに行ってタクシーで家まで帰った。


家のドアが閉まった音を聞きつけると母が駆けつけてきた。


「大丈夫だった?あなた早退したって聞いたけど。」


「ああ。もしかして仁志さんから聞いたの?」


「そうよ。」


仁志さんの口はとんでもなく軽い。


リビングに向かうと明日行われるかもしれない中国の爆発テロに厳重体制が置かれていると報じられていた。


「晩ご飯食べる?」


「今日はいいかな。」


朝日はそのまま部屋に上がりスーツでベッドの上に仰向けになって目を瞑り、竜千秋が捕まらないことを願った。









次に目が開いた時は視界が明るくなったころだった。


どうやらスーツのまま眠ってしまったらしい。


初日のアメリカから帰ってきた日の朝を思い出した。


僕はすぐさまリビングに降りてニュースをやっているチャンネルに変えた。


どうやら中国の爆発テロは起こらなかったらしい。


僕はその知らせに少しほっとした。


竜千秋を逃してしまったことにより最悪中国の爆発が起こる可能性を追っていたからだ。


あと竜千秋のことも報じられていなかった。


外を出ると少し小雨が降っていたが駅からは近いので朝日は傘を持たず家を出た。


警視庁の前では戸崎が待っていた。


僕の姿を見るなりとても困惑した表情に変わった。


まさかバレたのか…?


戸崎は僕に近づいて頭を抱えて


「竜千秋が逃げた…。」


とため息交じりに言った。


朝日の上がっていた肩は下がり、緊張もほぐれた。


「なあ驚かないのかよ?」


「い、いや驚いて言葉が出なかったんだ。それよりどうして?」


「協力者がいたんだ。」


「協力者って?」


「分からない。竜千秋を車に乗せて逃走した。」


どうやら戸崎は僕が協力者だと気づいていないらしかった。


「じゃあ忙しいから。じゃあな朝日。」


「おう。」


相澤さんが僕がデスクに着くなり、じっと顔を見つめてきた。


「何ですか?」


「ああ、いえごめんなさい。今日は一緒に昼食食べれるかしら?」


「いいですよ。」






昼は雨が降っていなかったがいつ天気が崩れても分からないという状態だったので、近くのカフェテリアで食事を済ませることにした。


店内が静かということもあるのか僕らの会話はあまり進まない。


「ねえ朝日君。」


相澤さんはまだ2/3残っているベーグルを皿に置いて言った。


「何ですか?」


僕も食べかけのサンドウィッチを皿の上に置いた。


「私、また誰かにつけられてるの。」


「またあの男か。」


「違う。」


「違うって…。顔見たんですか?」


「いいえ。足音よ。あの男の場合は何か足を引きずった感じの音がするんだけど、その誰かっていうのはあまり足を擦らないというか…。だから私も最初は分からなかったわ。だけど角を曲がっても曲がってもついて来て。ほんと嫌になる。」


「身長はどれぐらいですか?」


「170前後かしら。」


「じゃあ僕相澤さんの家まで送っていきますよ、今日。」


「ありがとう。」






勤務時間が終わり相澤さんと一緒に外を出ようとした時、猛烈な勢いで雨が降っていた。


「晴れると思ったのに。」


「あら、傘持ってないの?」


「ええ。」


「じゃあ一緒に入りましょう。」


「でも………。」


朝日は周りを見渡した。


「30過ぎたら恥じらいはなくなるものよ。さあ。」


相澤さんが紫の傘を差しだしたので僕は多少恥ずかしかったがその中に入ることにした。


「ねえ縁談上手く行ってるの?」


相澤さんが意外にも僕のプライベートのことについて聞いてきた。


人に興味がない人だと思っていたが。


「ごめんなさい。話したくないならいいのよ。」


「いえ。どうだろう。まあでも上手くやってるのかもしれません。縁談相手のお嬢さんはすごくいい感じなんですけどそのお父さんがすごく気難しいというか。」


「茶道家でしょ。」


「そうです。」


「分かるわ。私の前の彼氏が元々書道やってたこともあるんだけど字フェチでね。何事にも細かくて。特に字に関しては。」


相澤さんに彼氏がいたということは朝日にとってすごく衝撃的だった。


相澤さんはルックスはすごくいいんだがただ内面というのは普通の人より大分劣るからだ。


「何?意外っていう感じ?」


「いえ。」


「でもその一回きりよ。彼氏を作ったのは。まあその男の人が特殊っていうのもあるかもしれないけど何か私が私じゃいられなくなってね。その人の前では。」


「へえ。」


「まあでもそういう意味では朝日君の前では自分が正直で居られてるのかしら。」


僕はその言葉を聞き返したかったが雨の音で自分の声がかき消されてもう一度聞き返されるのは嫌だと思い聞き返さないことにした。


警視庁を出てから大分時間が経ったが人が付けてきているっていう様子は全くなかった。


「どこら辺からですか?」


「分からない。ただ私の住んでいる場所が分かってるかもしれないから意外と家まで残り10分ぐらいの所で潜んでいるんじゃないかしら。」


家まで残り10分というところで相澤さんが


「あれよ。」


と言って指さした。


指をさした先には堂々と構えている立派なタワーマンションがあった。


「え、あれですか?」


「そうよ。」


「ええ、あんなところに住んでるんですか。」


「まあ私他の所にお金あんまり使わないからどんどんお金溜まっちゃうのも勿体ないと思って。」


それは道理で彼氏ができないものだと内心納得したが口には出さないことにした。


家の前に着いて周囲を見回したが今回は僕がいるということもあるのか全く不審な人の様子は見当たらない。


「ありがとね。送ってくれて。あ、もしよかったらこれ。」


相澤さんは僕に紫の傘を差しだした。


「いえ。でも……。」


「明日返してくれたらいいのよ。」


確かにこの前びしょ濡れで風邪を引いて油断したから今回ばかりは受け取った方がいいと思い、朝日は差し出された傘を受け取った。


「じゃあね、また明日。」


「また…明日。」


朝日は相澤さんがマンションの中に入るのを確認してから家の方角へと足を向けた。


誰が相澤さんをつけ狙っているのだろう。


確かに相澤さんは誤解を招きやすいような性格柄ではあるが、僕が見る限り職場では誰とも険悪そうな仲を作っているわけでもなかった。


そんなことを考えていると一本の電話が掛かってきた。


母さんからだった。


「もしもし。」


「もしもし。あなたに訪問客が来てるの。」


「誰?」


「さあ。とりあえず早く戻ってきてちょうだいね。」


そう言って母は電話を切った。


朝日はこんな雨の中わざわざ訪ねてくる訪問客に違和感を感じたものの、それより相澤さんを悩ませている新たなストーカーが誰なのか気になって仕方がなかった。











朝日はなるべく早く家に帰ったつもりだったが、母にもう30分も待たせているのよと小声で怒られた。


「悪かったよ。」


朝日はそう言って相澤さんから貰った紫の傘を傘立てに置き、靴を揃える時見知らぬ自分とほぼ同じサイズの黒い靴を見てもピンと思いつかなかった。


まあでもこの靴はよくあるものだしそれに人の靴はまじまじと見ないものだから誰のか分からない。


朝日はリビングの扉を開けたがそこには誰もいなかった。


ただ母さんが入れたらしい緑茶が湯気を立てながらテーブルの上にポツンと置いてあって、そしてそのソファーの傍らに訪問客らしいカバンがある。


「あらおかしいわね。」


母さんは首を傾げながらキッチンの方を探しに行った。


僕も1階をくまなく探したがどこにも見当たらない。


もう一度靴があるか確認しようとしたその時2階から何か物音が聞こえた。


僕は恐る恐る2階を確認しようとした時、僕の横のトイレの扉が急に開いたものだから思わず声を上げた。


向こうも声を上げて腰を抜かしていた。


「うわ、ビックリしたなあ。」


母さんは階段の下から大丈夫かと聞いてきたので僕は大丈夫だと言って腰を抜かした人の顔を見たが全く見覚えがなかった。


その男は茶髪のまあまあのロン毛で眼鏡を掛けた小太りで背丈はほぼ一緒だった。


僕は腰を抜かした人の手を取るとその人はありがとうございますと言って腰を上げた。


「えーと、私の名前は高木と言います。」


向こうは丁重に頭を下げた。


やはり高木という苗字を聞いてもピンとこない。


「東宮です。あの…前にどこかで会いましたっけ?」


「いえ…これが初めてです。」


その高木という人はあまり僕の顔を見なかった。


「ああ、こんなところでもあれですし。下で話をしましょうか。」


「そうですね。」


高木さんは照れて後頭部を掻いた。





リビングに向かうとお母さんがお茶を入れなおしてくれていた。


「ああ、すみません。」


「いえ。どこにいたんですか?」


「すみません。朝から腹痛がひどくて。耐えれなくってトイレに駆け込んで。」


「下にもあったのに。」


「そうだったんですか。」


「ああ、どうぞ。座ってくださいね。」


僕たちは向かい合わせでソファーに座った。


「あの…どうして僕に話を?」


「実は…竜千秋の脱走の件についてなんですが。」


僕は口の中に少し溜まっていた唾を飲みこんだ。


そうして今向かい合わせの人物が初めて警察関係者だということが分かった。


「えーと、それが何か?」


「東宮さん、何回か彼女の取り調べを受けたことがあるそうで。だから彼女について何か知っていることを教えていただけませんか?」


高木さんが警察内部の何者か非常に知りたかったが、ただ今話を逸らすと返って怪しまれる可能性がある。


「そうですね。特には。名前と年齢だけ。」


「そうですか。」


「あの今更なんですけど、高木さんはやっぱり警察関係の人なんですか?」


「ああ、すみません。言ってませんでしたっけ。私、生活安全課の少年科にいます。だから戸崎さんと同じ部署です。」


「ああそうですか。」


「東宮さんの話はよく耳に。すごく優秀だとかで。」


「いえ。」


じゃあどうして戸崎に直接話を聞かなかったんだろう。


母がお茶を持ってきてくれた。


「すみません、ありがとうございます。」


「いえ。ごめんなさいね、茶菓子の1つや2つはあると思ってたのに。」


「あ、それならこれ。」


高木さんは鞄の中から茶菓子が4つ入った小さなビニールパックを取り出した。


「もしよかったらこれ。すごく美味しいんですよ。お母様も1つどうぞ。」


「じゃあお言葉に甘えて。」


そう言うと母はフォークを3つ持ってきて朝日と高木に渡し、1つフォークにさして口に運んだ。


「確かに美味しいわね。」


朝日も一口食べると高木に美味しいですねと目を見開いて言った。


「でしょ~。」


そうオネエっぽい口調で言って高木も茶菓子を小さく切り分けて口に入れた。


「あのどうして直接戸崎に聞かなかったんですか?そっちの方が手間にならないと思うんですが。」


「実は…忙しくしてて…あまり話す機会が。」


「ああそうですか。」


高木さんが戸崎が忙しいと言ってるのに違和感を感じたが、その前に眠気が襲ってきた。


ちゃんと睡眠は欠かさず取っているのだがやはり疲れがあまり取れていないのだろうか。


「ちょっと私失礼するわね。」


母さんは立ち上がりリビングを出て行った。


「大丈夫ですか?東宮さん。」


高木さんは僕の眠気を察したのかそう問いかけてきた。


「すみません、ちょっと眠気が。」


「じゃあ寝ておいたほうがいいですよ。僕ももうそろそろ失礼しますから。」


高木さんはわざわざ僕をソファーの上に横たわらさせて近くの毛布を掛けてくれた。


「すみません。」


「いえ。ではこれで。」


高木がリビングの扉から出て行くのを見届けてから朝日は目を閉じた。






しばらくして目が覚めて近くのアラーム時計を見ると9時半ぐらいだった。


「結構寝たんだな。」


朝日はそう言うと体を起こし洗面所でスーツを脱ぎ始めた。


その時ネクタイがないのに気が付いた。


「あれ、おかしいな。」


朝日は暑くて知らぬ間にソファーの近くにネクタイを脱ぎ捨てたのだと思った。


着替え終わってソファーの周辺を探したが見当たらなかった。


ソファーの下に運悪く滑り込んだのかとも思い、ソファーを持ち上げたりでもしてみたがやはり見つからなかった。


その時リビングのドアの向こうから欠伸をしながら母さんが入って来た。


そしてよく眠れたわと言って背筋を伸ばした。


その時朝日は親子そろって睡魔に襲われたことに違和感を感じた。


「そういえば高木さん帰ったの?」


「ああ。ねえ母さん。」


「何?」


「僕ってネクタイ着けてたよね?」


「ええ着けてたわよ。」


「いつまで着けてた?」


「え、ついさっきまでよ。高木さんがいる時あなた着けてたじゃない。」


もしかして高木さんが茶菓子に睡眠薬でも入れて僕が眠ってる隙にネクタイを盗んだのか…。


ならどうして僕のネクタイを盗んだんだ…?


僕は戸崎にすぐさま電話を掛けた。


すると意外にもすぐに繋がった。


「なあ戸崎。」


「ああ、朝日。丁度よかった。僕も話したいことがあったんだ。」


「ごめん、今それどころではないんだ。実はネクタイが盗まれたんだ。」


「それで僕にどうしろって。探せと?」


「違う。高木の連絡先を教えてほしい。」


「高木?お前とどういう関係が?」


「いいから、早く。」


戸崎は朝日の言われるがままに高木の連絡先を朝日に伝えた。


「じゃあありがとな。戸崎。」


朝日はそう言うとすぐに高木に電話をした。


だけど電源を切ってるのか繋がらない状態だった。


仕方ない、明日直接問いただすか。

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