第9話 脱走の手伝い

翌日、相澤さんと顔を合わせたが何となく気まずくなって視線を合わせることさえもままならない。


「ねえ。」


僕と相澤さんが言ったタイミングがほぼ同時だった。


「先にどうぞ。」


「じゃあ私から言うね。昨日送ってくれてありがとね。」


「いや…それは戸崎が。」


「誰戸崎って?」


「昨日パブに行ったの覚えてないんですか?」


「それは覚えてる。で18年前の話して…。そこから。」


「覚えてないんですか?」


相澤さんは頷いた。


じゃあ竜千秋の存在も見事に記憶から抜き取られてるわけだ。


「で戸崎ってあなたの知り合い?」


「知り合いっていうより警察学校からの仲です。」


「でもどうして戸崎っていう人パブに来たのかしら?」


「…酒に酔っぱらってて僕がたぶんいい気になって…。」


「あ、思い出した!!」


相澤さんがいきなり大きな声を出した。


「びっくりした…。」


「ごめん、ごめん。影武者君でしょ。」


「ああ、そうです。そうです。」


「あなたの推理力にしてはずば抜けてるっていう話になって呼び出したんだ、私が。であなたの話って?」


「忘れちゃいました。」


「そう。」


僕はこの後どうなったか聞きたかったが戸崎の存在をすぐに出てこない時点で何もなかったのだと分かった。






勤務時間が終わり戸崎といつもの喫茶店でまた打ち合うことになった。


やはり戸崎が先についていた。


「何話したいことって?」


「いや昨日何かあったのかなあって。」


「大丈夫。何もないよ。


「ああ…そうだ。竜千秋はどうなるんだ?」


「ああ。どこに送られるかって?」


「そうそう。」


「A養護施設だよ。僕も彼女を送る係でね。」


「そうか。」


「まあ彼女が元居た施設に送られるのが一番いいんだろうけどね。でも彼女はそれを希望しないみたいだから。」




今日は早めに戸崎と別れ携帯ショップや100均やらで逃走用に必要な道具を集めて家に戻り自分のベッドに物を広げて全部足りることを確認した。


黒のガラケー、顔を見られることを防止する厚めの帽子とサングラスが2つずつ。


そして戸崎から仕入れた情報。


後はレンタカーに予約するだけ。


ただ一つ困るのはどういう口実で警視庁を抜け出すかということだ。


それにすべての成功が掛かっていると言っても過言ではなかった。










そしていよいよ決行当日を迎えた。


昨日ちゃんと黒いレンタカーを借りれたし必要な準備はすべて整っている。


昨日買ったものをすべて鞄に詰めいつも通り職場に向かった。


朝日は我ながらに全く周囲に違和感を悟られることなく仕事をやっていると感じていた。


「ねえ朝日君。」


不意に相澤さんから声を掛けられて心臓が飛び出そうだった。


「そんなに驚かなくても…。ねえ今日昼一緒に食べれそう?」


「ごめんなさい。ちょっと無理そうです。」


「そう。」


相澤さんには申し訳ないとは思ったが今回ばかりはどうしても無理だった。


昼休憩に僕は仁志さんに体調が優れないと言って食中毒に当たったのかもしれないと言った。


仁志さんは下まで送ってくれるよとは言ったがそれを何とか断った。


急いでタクシーを呼んだ。


「どこまで行かれます?お客さん。」


「レンタカーの所まで。」


「分かりました。」








予定通り黒い車を取りに行ったが、道に迷ったせいで養護施設付近に着くのに45分ぐらいかかった。


ただいまの所は順調だ。


僕は待機している間に厚めの帽子とサングラスを身に着けた。


結構周りが家で囲まれていて目印となるのは電信柱ぐらいだった。


一つ心配なのはたぶんここは本来停めてはいけない場所なので警察車両が万が一ここを通ったときに竜千秋を預ける前に僕が職務質問受けてしまう可能性があるということだ。


その心配をよそに刻一刻と時間は過ぎていく。


いつの間にか1時間を過ぎてしまっていた。


もしかして作戦は失敗してしまったのだろうか。


それから5分ぐらいしたぐらいだろうか1台の警察車両が向こうから近づいてきて児童養護施設の前で止まり警察官が1人出てきた。


横顔しか見えなかったが黒ぶち眼鏡をかけていて雰囲気からいくと戸崎らしかった。


その後に竜千秋が降りてきた。


竜千秋の後ろにも警官が一人いた。


どうやら警官は2名らしい。


「おい。」


後ろの警官がそう叫ぶと同時に竜千秋はその警官を振り払いこっちに走ってきた。


僕はすぐさまドアを開け、急いで車を走らせた。


本来はここは通学路であるため時速も軽減しなければならないのだがそんなのに構っている必要はなかった。


「そこの車止まりなさい!!」


戸崎じゃないもう一人の警官がメガホンを持って叫んだ。


ここを通りかかった近隣住民もただボーとして目の前にある光景を飲み込めていないようだった。


やっと広い大通りに出て右折すると警察車両のサイレンの音は聞こえるがだんだんと遠く離れていくのが聞こえる。


怪しまれないよう右折してからは時速をきちんと守り、45分走らせてパーキングエリアに一回止めた。


「ここまで来たら追ってこれないだろう。」


朝日はもう一度サイドミラーで来ていないのを確認してからどっと息を吐きマスクと帽子とサングラスを外した。


マスクを外すと水蒸気がこぼれてきた。


「ねえお腹が空いた。」


「ちょっと待って。お前捕まりたいのか?この格好だとバレるに決まってるだろ。」


「お前じゃない。竜千秋。」


「ああ、ごめんごめん。」


ただこのまま竜千秋が不機嫌なのも困ると思い、仕方なく近くの服屋さんで服を買ってそれから食事をとることにした。


「ねえ携帯は?」


「カバンの中。」


竜千秋は鞄の中に入った黒いガラケーを取り出し、これかと聞いてきた。


「ああ。」


僕は素っ気なく返事して竜千秋の反応を見ていた。


竜千秋は何も言わず携帯をいじり始めた。


「使ったことあるの?ガラケー。」


「まあな。」


「ねえどこに向かうつもりだ?」


「服屋でお前が服を買ってから話す。」


「分かった。」


服屋に着いて竜千秋に待機するように言った。


竜千秋は頷いた。


「ああそれと服のサイズ教えてくれないか?」


「150ぐらい。」


「150分かった。」


服のサイズまでも彩花と同じことにゾッとはしたものの、急いで服を探しに行った。


150っていっても女性服にする必要はない。


男性服の150を探そう。


防犯カメラもあるしその方が目立たない。


2,3着買って車に戻ると竜千秋の姿はどこにも見当たらなかった。

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