第7話 アバンギャルなお見合い相手

そして何事もなく縁談当日の土曜日を迎えた。


「朝日、準備できた?」


「はーい。」


僕は黒いスーツに月島さんから貰ったネクタイを締めた。


もう白い車は既に車庫から出してあった。


助手席には母さんが座り、運転席には堅物が座った。


僕は堅物の後ろに座った。


堅物はカーナビで事前に確認してから車を発進させた。


「そういえばお見合い先ってどこなの?」


「西園寺さんの出展先のホテル。」


「出展?」


「そう。西園寺さんは有名な茶道家だけじゃなくてお菓子で美を表現している仕事もされているのよ。だからそのお菓子を出展しているのよ。」


「へえ。」





道も混んでなかったので運よく10数分ぐらいで着いた。


フロントガラスに目をやると大きな白い建物がそびえたっていた。


僕は車から降り、ホテルの脇に目をやると植込みの花壇がすごく丁寧に施されてあった。


そしてホテルの前には「西園寺出展 和菓子で表現する美」と書いてある看板があってそれには西園寺さんらしき白髪がかった和服姿の男性が腕を組んでこちらを睨んでいる画像も貼付してあった。



「さあ中に入りましょう。」


母さんに催促され中に入ると床に僕たちの姿が反射しており、天井には洋画が描かれてあった。


「へえすごいわね。」


母はスマホで写真を撮りながら辺りをうろついていると、人にぶつかったらしい。


「すみません。」


「いえいえ。大丈夫ですか?」


白髪がかった和服姿の男性が母に手を差し伸べる。


母は手を差し伸べられた瞬間に思わずあっと声を上げた。


「えっと、もしかして西園寺さんですか?」


「ええ。如何にも私が西園寺ですが。もしかしてこの展示会を見に来てくださった方ですか?」


「いえ。あそこにいるお見合い相手の東宮 朝日の母です。」


西園寺は朝日の方に少し目をやり、さっきのが恥ずかしかったのか少し後頭部を掻いた。


「ああ、すみません。まさかお見合い相手の東宮さんとは。初めまして。私西園寺 悟と申します。」


「東宮 静と申します。」


母さんは僕と堅物に来るように言った。


西園寺さんを見る度、朝日は息がのまれそうになった。


なぜなら立ち振る舞いといい、すごいただならないオーラが漂っていたからだ。


「東宮 英二と申します。」


「ほら、朝日。挨拶。」


母は朝日の腰を叩いた。


「ああ、東宮 朝日と申します。」


「私西園寺 悟と申します。君の亡くなったお父さんの馬場さんとは随分親交があってね。」


僕はどういう関係か問い詰めたかったが残念ながらそんな勇気はない。


西園寺さんに僕の父が事件をもみ消したことを知っていることを悟られてはいけないという恐怖心が勝っていたからだ。


「どうしました?顔色が悪いですよ。」


「ごめんなさい。ちょっとトイレに。」


顔を洗い、鏡で自分の口角が上がることを確認した。


どうして僕は顔に出てしまうんだろう。


もしかしたらもう西園寺さんに悟られたのではないかと思ってしまう。


あの全てを見え透いた眼光の輝きといい、ただものではない。


気持ちをリフレッシュするために空気を全て吐き出してもう一回息を整えてトイレから出た。


トイレから出ると母に腕を引っ張られた。


「ねえ、もしかして体調悪いの?」


「いや大丈夫だから。」


「おやおや大丈夫ですか?」


西園寺さんが僕の方に近づいてきた。


「もし体調が優れないならまた日を改めましょうか?」


「いえ大丈夫です。」


「あまり無理なさらないでくださいね。」


西園寺さんは軽く僕の背中をさすった。


「ここが私が主催する和菓子で表現する美の展覧会です。先にこちらをお見せしたいと思いましてね。中で私の妻と娘が待っています。どうぞ。」


西園寺さんはドアを開けて先に通してくれた。


礼を言って中に入るとバービー人形みたいにスタイルのいい白いワンピースを着た女性と和服姿の綺麗な女性が出迎えてくれた。


「私、西園寺 楓の母の西園寺 凛です。」


和服姿の女性がものすごく深くお辞儀をして頭を上げた数秒後に、横にいるスタイルのいい女性が


「西園寺 楓です。」


と言って母と同様その娘さんも同じぐらい深くお辞儀をした。


お見合い写真より遥かに美しかった。


僕がその美貌に見入ってるとお見合い相手の女性は笑みを浮かべて軽く会釈した。


僕も軽く会釈をして返した。


「えーと東宮 朝日の母の東宮 静です。」


母さんは焦ったのか早口になり礼もぎこちなかった。


「朝日の父の東宮 英二です。」


堅物も同様にぎこちない挨拶をした。


「東宮 朝日です。」


僕は一応10秒ぐらい頭を下げた。


「東宮さん、もしよかったらですが…お互い距離を縮めるために私と英二さん、凛と静さん、楓と朝日君とでペアを組んで見て回りませんか?」


西園寺さんの提案に堅物と母は顔を見合わせて戸惑ったものの了承した。


楓さんは僕の方に近寄ってきてくれた。


「よろしくお願いします。何とお呼びすれば…?」


「苗字でも下の名前でもどちらでも。ただ両親がいるので下の名前の方がいいかと。」


「じゃあ朝日さんで。よろしくお願いします、朝日さん。」


「よろしくお願いします…楓さん。」




楓さんと横で一緒に歩いてると自分の鼻の下がいつ伸びてしまうのかと気が気でなかった。


彩花には悪いが、だって今までで近くで見た女性の中で遥かに美しいのだから。


作品で最初に目に飛び込んできたのは蛙が井戸に飛び込むものだった。


「これってもしかして芭蕉の俳句に出てくるやつですか?」


「そうです。正解です。」


楓さんは正解を言い当てられてとても嬉しそうな顔をしていた。


スタイルがいいだけかと思ったが話し方もとてもおっとりしていて笑顔も可愛らしい中に上品なものがあった。


今度は河原の近くで子供たちが虫捕りをしたり川の中に入ったりして遊んでいた。


「こういう子供心をくすぐる作品もあるんですね。」


「ええ。父は昭和の時の自分の幼少期を表した作品と申し上げておりました。」


「僕、これ結構好きです。」


「私もです。この閉じ込められたショーケースの中でも生き生きと子どもたちが遊んでいるのが伝わってきますものね。」


もしかしたら向こうが気を遣ってくれてるだけかもしれないが、話している感じだとものすごく波長が合ってる気がする。


僕の中では美貌とお金を兼ね備えた女性はどことなく心が腐っているもの勝手に思っていたが、楓さんを見ると自分の今までの概念みたいなものが覆った。


先に進むと今度は紅葉の山とロープウェーが印象的な作品だった。


「これは綺麗ですね。」


「あ、これってもしかして四季の作品のブースですか?」


「そうです。」


「じゃあ次は冬ですか?」


楓さんはほほ笑んだ。


最後は雪化粧の中に一本の木だけが立っている作品だった。


「他と比べると何か寂しいですね。」


「敢えてそうしたんです。」


「敢えて?」


「そうです。今から絵を描く時の白いキャンバスを見ると何かわくわくするものがあるでしょ。だからこの作品を見ている方々にこの寂しい雪化粧を頭の中で付け足してほしいのです。」


「へえ、なるほど。」


ふと下を見ると題名は白い空間と書かれていてその下に楓さんの名前があった。


「ああ、すみません。」


「いえ。でも純粋に意見を聞けてよかったです。後付け足すとこの作品は現代の子供たちに向けたものなのです。」


「子供たち?」


「そうです。今って物で溢れていて実に便利な世の中になっているでしょ。」


「まあ確かに。」


「だから知ってほしかった、いえ空想してほしかったのです。その寂しい雪化粧をどのように彩ったら寂しさが紛れるのか、そしてより自分たちの心が充実したものになるのかを。」


朝日は楓の言葉にしばらく圧倒され言葉を失っていた。


「すみません。話すのに熱くなってしまったようで。」


「いや違うんです。すごいなと思って。こういうちゃんとした意志みたいなものがあって。」


「いえそんなことは。朝日さんこそすごいと思いますよ。お母様から話は聞きました。朝日さん、一度警視庁を辞めてFBIに行ったのでしょう。私にはなかなかそういう決断力はありません。」


「…そうですかね。」


「そうだ、朝日さん。ちょっと外に出てみませんか?お見せしたいものがあるんです。」








外に出て駐車場とは反対の方向の入り口を出ると物寂し気な丘があった。


「朝日さん、丘の横をご覧になって。」


言われた先を見ると紅葉と銀杏の木が交互に植えてあった。


「凄いですね。」


「やっぱり紅葉って美しいと思いますか?」


「ええ、勿論。」


「さっき朝日さんが意志があると褒めてくださったけれど私は自分の意志というものが分からないんです。」


「分からない?」


「ええ。私の家はご存知の通り代々茶道家で幼少期から厳しく茶道や風柳心というものをしつけられてきました。だから紅葉など自然に関するものしか目が行かなくなり自然に変化するものが美しいという考えが自然と定着していきました。だから私は本当に今目の前にある紅葉が美しいのかも分かりません。」


朝日は紅葉のトンネルの中の入り際に言った。


「僕は美しいと思います。人の手が施されていないのに自然の力だけでこのように黄色や赤に変わったりして。毎年紅葉はあってそれは当たり前になっているけれど全部いつも同じではないんです。木々が一丸して紅葉の風景を作り出すものですから中には赤すぎたり緑すぎたりしてちょっとした変化でも印象は違ってきます。雨模様になったりとかしたら人々は散るかもしれない紅葉の木々を気にかける。まさに自然は人々の心をかき乱すエンターテイナーと思いませんか?」


しばらく返事がないので楓さんの方を見ると楓さんは裾で口元を隠してくすくす笑っていた。


「すみません、笑ってしまって。さすがアメリカ帰りのFBIですね。自然を一言で表現するのがお上手で。」


朝日は自分の言っていることが恥ずかしくなりそのトンネルの中に入っていこうとした。


「朝日さんのことを馬鹿にしたつもりはなかったんです。確かに本当だなと思って。どうして今までそういう的を射た用語を耳にしたことはなかったのかなって。ねえ朝日さん、もし宜しかったら今度紅葉を見に行くのにおすすめの場所を紹介してくださらない?」


「え?」


「その……朝日さんの言う心をかき乱すエンターテイナーを見てみたいと思いまして。」


「でも今週末にはもう…。」


そう言って朝日はもう一度木々の方を見つめた。


「そうですか……。」


「でも…自然じゃなくてもいいですか?」


「え?」


「自然じゃなくても心を震わせるものはいくらでもあります。その中の一つでもいいですか?」


「は、はい。勿論。」


僕はこの縁談を自然消滅に導きたいはずなのに自分からなぜ誘いを申し出たのか不思議でならなかった。


その時、頭上から何か冷たいものが降ってきた。


「雨……。」


しばらくして勢いが激しくなりゲリラ豪雨状態になった。


「楓さん、僕の上着の中に入ってください。」


僕は咄嗟に着ていた上着を脱いで広げて楓さんをその中に入れてホテルの方に戻った。




「いきなりでしたね。楓さん濡れてないですか?」


「私は大丈夫です。でも朝日さんは…。」


「どうってことありません。上着が濡れただけですから。」


そう言うものの楓さんを濡れないようにしたので朝日の体の右半分はびしょ濡れだった。


「すぐに着替えか何かを…。」


着替えを取りに行く楓さんの右腕を捕まえた。


「いえ本当に大丈夫ですから。お気持ちだけで結構です。」


楓さんは何か口をもごもごさせていたが


「分かりました。」


の一言だけ言った。




展覧会に行くともう既に両家の父母の姿はなかった。


会食席の方にいるのかと思いドアを開けると、広々とした空間の中にポツンと4人が広いテーブルの周りを取り囲んでいた。


どうやら話は弾んでいるらしく笑い声も度々聞こえていた。


西園寺さんは僕の姿を見るなり


「朝日君、こっちだ。」


と言って手招きした。


僕の姿を間近で見るなり事情を聞かれてゲリラ豪雨が降ってきたのだと説明した。


どうやら話に夢中になって外の豪雨に全く気付いてなかったらしい。


「着替え、着替えもってこい。楓。」


「でも朝日さんが…。」


「ホントに気を遣えないな。だから…。」


「いや僕が断ったんです。この年で風邪を引くこともないだろうし。いちいち着替えるのもめんどくさいかと。」


西園寺さんはじっと僕の方を見つめて視線をテーブルに落として


「……そうか。分かった。」


と言った。


席に着くと僕は両親に挟まれて楓さんと向かい合わせだった。


「それより楽しめたかい?」


「ええ。」


「料理はもうちょっとで届くからね。」


西園寺さんは少し間を空けて言った。


「展覧会どうだった?」


「とても自然を端的に上手く表されたものから無邪気な物までとても楽しませてもらいました。」


「そうか。ところでどれが好きだった?朝日君。」


これは単なる雑談に過ぎないのかもしれないが変に肩の力が強ばっているのに気づいた。


僕の中ではまだ仁志さんの話が脳にこびりついていて西園寺さんの印象はある意味大げさかもしれないが絶対王政のその時の君主みたいな厳めしいものがあった。


そしてもし西園寺さんの模範解答から少しでもはみ出していたら首を切り落とされるみたいな。


今普通にしているがある意味その隣にいる奥さんは伝説のアイドルというハンディーキャップはあったかもしれないが、その西園寺家の登竜門を潜り抜けた偉大な人だというのに改めて気づかされた。


僕は素直に夏の作品を答えるべきか楓さんの冬の作品を答えるべきか少し迷って


「…冬の作品ですかね。」


と言って嘘をついた。


「ほお。」


その時料理が届いた。


「お待たせしました。ジュノベーゼのムニエルとコーンスープとガレットでございます。」


シェフの去り際に楓さんと目が合ったが気まずくなってすぐに自分の料理に視線を落とした。


「さあ食べなさい。」


「いただきます。」


僕はナイフを使って丁寧にムニエルを切り分けて口に運んだ。


「美味しいですか?」


「ええ。」


「そうか、それはよかった。」


そう言って僕と同様に西園寺さんもムニエルを一口運んだ。


「ところでどういうところが好きなんだい?冬の作品は。」


「えーと、そうですね。無の空間、想像力を働かせるというか…何というか。」


僕は楓さんの言葉をそのまま引用した。


その時西園寺さんはナイフとフォークを皿の上に置いた。


だから僕もムニエルを切り分ける最中だったが手を止め、そして使っていたナイフとフォークを皿に置いた。


「朝日君。」


「はい。」


一瞬重苦しい空気が流れたが西園寺さんは目つきとは反対に優しい口調でこう尋ねた。


「もしかして楓から全部聞いたのかい?その冬の作品の説明。」


空気が一瞬静まり返ってそして


「……はい。」


と朝日は素直に答えた。


「やっぱりな。」


西園寺さんは少し間を置いて言った。


「朝日君、君の長所は人に気が遣えるところだ。さっき上着が濡れていたのだって楓を雨の中で濡れないように自分の上着を傘みたいにしたのだろう。違うかな?」


「…その通りです。」


「だが君の短所は我がない。いわば周りに流される空気みたいなものだ。」


「すみません。」


「いや別に責めているわけではない。ただ茶道界には我というものが必要なのだよ。どんなに嫌われてもね。」


西園寺さんはさっきよりムニエルを大きく切り分けてその切り分けたムニエルをフォークに突き刺ししばらく見てから口に運んだ。


「初対面で失礼なことを言っているのは分かってる。けどこれは楓のためだ。西園寺家の跡取りとしてもう少ししっかりしてほしいからね。」


「すみません。」


「そうだ、来月くらい私の邸宅に来なさい。そこでお茶会があるんだ。その時に君の我というものを見せていただきたい。いいかな?朝日君。」


「はい。」





その後僕が場の空気を悪くしたせいであまり話は弾まないまま帰る時間になった。


「ではこれで失礼します。」


「先に行っててお父様、お母様。」


楓さんは僕の方に駆け寄ってきた。


「お父様が先ほど失礼なことを申し上げてすみませんでした。」


「いえ。事実ですから。こちらこそすみません。嘘をついてしまって。」


「先ほどの連絡先もう一度教えてくれませんか?雨が降って交換できなかったから。」


連絡先を交換して楓さんは背中を見せたかと思いきや振り返って手を振った。


僕も少し戸惑ったが手を振ると楓さんは微笑んで車の中に戻っていった。





僕らも車に乗り込み、帰りも堅物が運転した。


「はあ疲れたわ、私。」


母は車に入るや否やシートに沿って背筋を伸ばした。


「聞いてよ、朝日。あの奥さん昔のアイドル時代のことを永遠と自慢するのよ。ホント嫌になっちゃう。調子乗ってんじゃないわよ。」


「まあまあ。」


「ところで朝日はどうだったの?あのお嬢さん。」


お見合い写真と最初話した印象からはやはりとても柔らかい印象で優しくて気を遣えて全てが完璧な印象だった。


しかし話してみると家でとても苦労している頑張りもので意外と繊細な心の持ち主の印象だった。


「おーい、朝日。でどうだったのよ?」


「ああ、すごく美人だった。お見合い写真よりもさらに。」


「それだけ?」


「ああ。」


僕は素っ気ない返事をしてしばらく車窓から見える風景を眺めていた。


ところが1つだけ頭に引っかかっているところがあった。


もし西園寺さんが僕のお父さんのように罪のもみ消しを依頼するいわば口利き役みたいなものなら僕にあんな辛辣な言葉を掛けないであろう、自分の立場を有利にするために。


だが楓さん思いのいい父親という面の方が勝っているのかもしれない。


朝日は疲れが溜まっていたのかこれ以上考える気力を失くし、いつの間にか眠りに落ちてしまっていた。

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