第5話 犯罪者との取引
午後に何とか竜千秋の取り調べの機会を設けてもらった。
取調室にはもう既に戸崎が壁にもたれかかって待っていた。
「よお、朝日。どうだった?」
竜千秋が来るまでの間、戸崎に養護施設でのことを全て話した。
「なるほど。じゃあマスターのプロファイリングは当たってたのか。」
「あああとありがとうな、戸崎。お前のおかげで養護施設で一発で探ることが出来た。」
「いや大したことないよ。僕はただマスターのヒントを基に養護施設って言っただけだから。」
そう言ったものの戸崎は照れ臭かったのかズレてもいない眼鏡を少し上に上げた。
しばらくして竜千秋が来て僕の顔を少し見た後、僕の向かい側に座った。
竜千秋に養護施設のことを問いただしたところ、意外とすんなりと認めた。
「でもどうして竜千秋と名乗った?」
竜千秋は右腕をめくった。
右腕には竜のタトゥが施してあった。
竜千秋は僕の驚いている表情が面白かったのか右だけの口角が上がって
「これただのシール。」
そう言って腕に付いていたシールの一部を剥がして見せた。
「何だ。」
僕は安心して上がり切ってていた肩を下ろした。
「この刑事さんと2人きりにしてほしい。」
竜千秋は戸崎の方を見て言った。
「でも……。」
戸崎は僕の方を見て躊躇しているようだった。
「大丈夫、手錠ついてる。」
そう言うと竜千秋は手錠のついてる両手を軽く持ち上げた。
戸崎はしばらく考え込んだが
「分かった。後は任せたぞ。朝日。」
と言って去っていった。
僕は戸崎が去るのを確認してから尋ねた。
「どうして君は僕とだけ話をしたかったのかな?」
「一番取引に乗ってもらえそうだったから。」
「取引?」
「ああ。」
竜千秋はしっかり僕の目を見て
「私が釈放された後、児童養護施設から連れ出してほしい。」
と竜千秋ははっきりとした口調でそう言った。
どうやら冗談を言っているつもりではないらしい。
「それはどうしてかな?」
竜千秋はその質問には答えなかった。
「どうしても理由は言えないのかい?」
「言ったら……協力してくれるのか?」
「いやあのな、そもそも僕は警察官だ。はなから犯罪に協力するつもりはない。」
「ならいい。もしかしたら爆発テロの手がかりを握れたかもしれないのに。」
竜千秋はそう言って僕から目を逸らして何の変哲もない白い壁を見つめていた。
「君は……ずっと黙り通すつもりなのか?釈放されるまで。」
「ああ、そのつもりだ。」
確かに竜千秋がずっと黙り通す可能性は十分にある。
今までの挙動の中で隙という隙があまり見つからないからだ。
「なあ教えてくれ。どうしてそんなに児童養護施設から抜け出したいんだ?前の所でイジメられてトラウマになっているのか?」
「いいや…違う。自由に行動できないからだ。」
「でも君一人でも機会を窺えば脱走なんか一人でもできるはずだ。」
「金がないし。それに離れてて徒歩で行ける距離じゃない。」
竜千秋はどこかに向かおうとしているようだ。
「真相を知りたいんだろ?この爆発事件のこと。」
竜千秋は白い壁から視線を外し僕の目を見てそう問いかけた。
「ああ、もちろん。」
「だから私の行き先まで着いたら全部話す。ここで飲まないなら私は一生誰にも話さない。さあどうする?」
朝日が考えている間、竜千秋は辛うじて自由な両足を揺すりながら朝日の返答を待っていた。
確かに唯一の手掛かりであるかもしれない竜千秋がこのまま話してくれないならこの事件の犯人は迷宮入りする可能性が高いだろう。
彩花のためにも何とか犯人を捕まえたい。
ただやはりその決心がなかなか口に出せない。
「ねえ、どうする?」
竜千秋は僕の考えている時間が長かったのかさっきより低い声でそう聞いてきた。
どうやら相手はしびれを切らしているようだ。
「………分かった、分かった。飲むよ、その話。ただどうやって脱出しようと思ってる?」
「脱出じゃない。園に入る前に刑事さんが連れ去るんだ。私を。」
「連れ去るって言ったって僕は刑事なんだし顔も見られたら終わりだ。」
「だから変装すればいい話だろ。」
竜千秋は舌打ちをして強い口調でそう言った。
「…それもそうだな。僕は君が逃げた後どうすればいい?」
「黒い車で適当に待機しろ。頑張って私が目印みたいな所まで走る。見つからなかったらお前がクラクションを鳴らしながら移動しろ。」
竜千秋の計画は子供が考えそうなあまりにも成功確率というものが低そうだった。
ただ一つ希望の光が見えてくるのは竜千秋は未成年でその上養護施設に送られるだけだから送りに行く刑事の数が少ないということだ。
「……分かった。」
「あああと携帯用意しとけ。」
「なんで?」
「……万が一はぐれた場合だ。」
「分かった。」
「じゃあこれで。取り調べの時は全く情報を流さない。」
僕たちはそれぞれ部屋を跡にした。
「ねえ何話してたの?」
戸崎は壁にもたれかかってドアの外で待っていた。
「ビックリした…。驚かすなよ。」
「ああ、ごめん。ごめん。それよりどうだった?」
「…児童養護施設のことを詳しく話してくれた。」
「それだけか?」
「ああ。」
「じゃあなんで僕に話してくれなかったんだろうな。」
「さあ。」
仕事を終え、帰宅すると母さんが目を細めて駆け寄ってきた。
「どうしたの?」
「お見合い相手の写真届いたわよ。」
母は朝日の持っていた鞄を持って朝日の片手を取りリビングに連れて行った。
テーブルにはややベージュかかったA4サイズのアルバムみたいなのが置いてあった。
「開けてみて。」
朝日はソファーに座りそのアルバムをめくった。
アルバムに映っている女性はとても長身の美人でスタイルもよく申し分なかった。
彩花にはないものを全部彼女が持っているという感じだ。
「どう?」
「美人だとは思うけど…。」
「そうよかった。なら…。」
「でも…ごめん母さん。やっぱり僕は彼女のことを好きになれない。」
「何言ってるの?」
「母さんには黙っていたけど…僕アメリカにいた時、彼女がいたんだ。で最近騒がれている爆発テロで亡くしてまだ心の整理がついていないんだ。だから…。」
「でもね西園寺さんの気持ちもよく考えなさい。1年も待ってくれてやっぱりこのお見合いはなしって振り回される彼女の気持ち、いやご家族の気持ちもちゃんと考えたらどう。大体…。」
朝日は黙って自分の部屋に戻っていった。
初日のパターンと全く一緒だ。
今回も夕食を食べず風呂に入ってベッドの中に入った。
僕は風呂に行く時に棚の上に置いた腕時計を再び手に取りそして腕に装着して窓に差し込む月の光に何となく反射させた。
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