第4話 竜千秋の正体

翌日、仁志さんにコンビニの話を詳しく聞くと店員さんの証言によれば泣いている赤ん坊を抱いたお母さんがトイレに入って赤ん坊を連れてそのまま店を出て行ってしまったという。


どうやらマスターのプロファイリングが確証を持てるものになって来たらしい。


コンビニで最後に目撃されたのは死亡推定時刻の50分前で日向優の姉の旦那さんの家までは車でも1時間半かかるという。


それに旦那さんはその時職場にいるというアリバイも取れているらしい。


「ねえ仁志さん、その周辺養護施設とか保育所ってありますか?」


「ああ、あるぞ。養護施設が一軒。確か養護施設からの証言があって見てないって言われた。」


「それってどこの施設ですか?」







仁志さんに車を出してもらい例の養護施設に向かった。


「でも何で今更?ましてや養護施設なんて。」


「もしかしたら日向の姉は死ぬ前に預けたかもしれません。」


「じゃあどうして養護施設の方は嘘をついた?」


「それは僕にも分かりません。」


養護施設に行くまでの間お姉さんが住んでいたらしいアパートを通り過ぎた。


それから斜め向かいにコンビニがあってそこを曲がって車で3分ぐらいの所に養護施設があった。


徒歩だとかかっても15分程度というところか。


外では子供たちが笑顔で走り回ったり遊具で遊んだりしていた。


僕らはその中で外で突っ立っておどおどしている若い女性の新任らしい先生に話しかけた。


「すみません、警察の者です。18年前のことについてお伺いしたいのですか。」


「すみません。私にはちょっと…。」


「そうですよね。ではその当時知ってそうな方は?」


「それなら蒼先生かな。」


新任の先生は室内に入り蒼先生と声を掛けた。


蒼先生は子供たちに絵を教えていた。


蒼先生は振り向いて立ち上がり僕たちのことを尋ねた。


「警察の者です。我々は18年前にここの園にもしかしたら預けられたかもしれない赤ん坊の行方を追っているんです。ご存じないですか?」


「し、知りません。」


「本当に知らないんですか?」


「ええ。」


蒼先生は震える手で髪を耳にかけた。


「もし犯罪に関わっているとしても?」


それを聞き僕たちの方を交互に見た。


「やっぱりご存じなんですね。詳しく話を聞かせてくれませんか?」


蒼先生はため息をついて言った。


「分かりました。ちょっとついて来てもらっていいですか?他の先生方に話を聞かれたくないので。」


奥に入るといろんな作品が展示してあり、奥にもお絵かきをしている子供がいる。


でも中には僕たちのことを見るとカーテンに隠れたり顔が強ばっている子がいた。


「すみませんね、ここにいる子の中には親からのDVをひどく受けた子も居て。大人がトラウマになっているんです。」


「そうなんですか。」


蒼先生は鍵をポケットから取り出して開けて園長室に入った。


園長室には誰もいなかった。


「あの園長先生は?」


「入院してます。」


「園長先生もご存じで?」


「ええ、でも今は具合を悪くされてます。千秋ちゃんのこと随分心配されてましたから園長先生に聞くのはどうかやめてくれませんか?思い出して具合を悪くするかもしれないので。」


「分かりました。」


千秋という名前は一致していたがどこにでもある名前なのでまだ断定してはいけない。


「千秋ちゃんがこの園に預けられるまでの過程を詳しく教えてくれませんか?」


「18年前の確か12月初頭ぐらいです。戸を閉め切ってても寒い外気が室内に漏れていたので。時間は夜の9時前ぐらいでした。子供たちを寝かしつけてカーテンを閉めようとした時、外に不審な人がいて園内まで入って来たから注意しようと思ったんです。そしたらその人赤ん坊を抱いていて血の色も引いているというかすごく顔色が悪かったんです。大丈夫ですかと声を掛けたらその人涙を流してこの子を宜しく頼みますとだけ言って去っていったんです。私は赤ん坊を抱いて追いかけようとしましたが結局見つかりませんでした。翌日にあのニュースを見てまさかとは思いました。あの預けた人が自殺してその当時世間で騒がれた爆発テロの首謀者の姉なんて。」


「どうして今まで黙っていたんですか?」


「それは…園長先生が犯罪者の子供として世間の晒し物になるのは胸が痛いと。その当時まあ今でもそうですが、インターネットで犯罪者の子供なんて特定されてしまうんです。それで傷ついた子なんて何人も見てきました。それにまだ赤ん坊なのでその子にも記憶がないわけだから死んだことにしようって。本当にごめんなさい。」


蒼先生は深々と頭を下げた。


「あの…千秋ちゃんは今どこに?」


「分かりません。4年前ぐらい前にいなくなって連絡も全く。」


「それは本当ですか?」


「ええ。冬ぐらいです。いつものように学校から帰ってくると思ってました。でも周辺を探しても見つからなくて。だから行方不明届も出しています。でも千秋ちゃんは自らの意志で出て行ったんだと思います。」


「それはどうして?」


「荷物が全部なくなってたんです。あと…その前の日に世間を騒がせた事件特集みたいなのをやっていて。その中にあの爆発テロのことが報じられていたんです。それと犯罪者のお姉さんと亡くなったとされている子供のことも報じられていました。それで後から聞いてきたんです。私はもしかしてその亡くなった子供じゃないかって。私はすぐには答えられませんでした。一応否定はしたんですけど…でもこういう形になってしまって。」


そう言うと蒼先生は涙を流した。


「ごめんなさいね。」


「いえ。」


それから棚からアルバムの1冊を取り出し慣れた手つきですぐにあるページを開き指をさした。


「この子です。」


先生が指した子はショートカットで平均的な身長のごく普通の女の子だった。


確かに竜千秋の面影はあるっちゃある。


集合写真の中央に映っていてピースをして笑っている顔がとても無邪気で可愛らしい。


写真の下には名前が載ってあって千秋ちゃんの下には市川千秋と書いてあった。


「市川?」


「私が付けました。この子は秋に捨てられたので千秋。市川は姓名判断で付けました。」


竜っていう苗字は如何にも偽名っていう感じだから同一人物だという可能性はまだ全然ある。


ただもし同一人物ならどうして竜と名乗ったんだ?


「あの…千秋ちゃんの描いた絵ってまだ残ってたりします?」


先生はちょっと待っててくださいと言ってどこかに行ってしまった。


「朝日君、すごいな。まさか亡くなっていたと思っていたはずの赤ん坊の居場所を突き止めるなんてな。」


「いえ。」


「でもどうして分かった?赤ん坊がこの園にいるって。」


「…何となくです。日向の信者がいないってことはやっぱり身内の犯行。それで消去法で…。」


「お待たせしました。」


園長先生が分厚い用紙の束を両手に抱えて走って戻ってきた。


用紙を一枚、一枚目で追うがどれにも竜の絵は描いておらず人物絵が多かった。


筆跡を調べようにも成長してからは自分の名前が書いていなかった。


「もしかしてこれ蒼先生ですか?」


「ええ、そうです。絵がとても上手で。これ小学校5年生ぐらいに描いてくれたんです。私ずっと2時間ぐらい動けなくて。」


千秋ちゃんの竜に関しての思い入れを聞きたかったがそんな変な質問をしたら仁志さんに怪しまれるに決まっている。


「そういえば…もうちょっと最近の写真はないんですか?」


「最近の写真ですか…。」


蒼先生はしばらく棚のアルバムを無造作に取り出して軽くパラッパラッとめくって戻していったがどれも写ってないらしかった。


「すみません。ないようです。」


「そうですか…。」


「あ、でも…確か園長が千秋ちゃんの中学校の入学式の時に撮った写真があると思います。ただそれは家に。」


「そうですか。」


竜千秋の写真を持ってきて蒼先生に確かめさせたいものだがそんなことは出来っこない。


「朝日君、今何時だ?」


仁志さんに言われて腕時計で時間を確かめると10時前だった。


「10時前です。」


「そうか。そろそろ失礼するか。大分居座ってるからな。」


「ちょっと待ってください。」


仁志さんは立ち止まりこちらを振り向いた。


「いやごめんなさい。先に行っててください。忘れ物したようなので。」


「いや待っとくよ。」


「いえ大丈夫です。先に車で待機していてください。」


「分かった。」


仁志さんは僕のことを少し不審がってはいたものの車に戻っていった。


「あの……。」


「何でしょう?」


僕はスマホのロック画面を解除して彩花の写真を拡大して見せた。


「…千秋ちゃんです。間違いありません。」


「でもなんで…?」


「行方不明届の写真のものをデータ化していたんです。」


僕はそれらしい嘘をついた。


「なるほど。でもなんでさっきの刑事さんには嘘を?」


「内密に持ち出したものなので。」


「そうですか。」


何とか嘘はバレずに済んだようだ。


僕は帰ろうとした時、蒼先生が呼び止めた。


「あの…どうして今更千秋ちゃんを探しに?」


僕は正直に言えずしばらく返す言葉に窮していると


「もしかしてあなた方が来たのって今回の爆発テロが千秋ちゃんがやったと思って来たんですか?」


僕は思いもかけない言葉に思わずあっと言ってしまった。


「やっぱりそうなんですね…。」


蒼先生は少し俯いてから声を張って言った。


「千秋ちゃんは絶対そんなことしません!!いくら親が…あの犯罪者とはいえそんなことはしません。私がそれを保証します。」


僕は蒼先生の気持ちを受け止め車に乗り込み仁志さんに忘れ物を取りに行けたか聞かれて適当に返事をして済ませた。


竜千秋があの園で育ったことの確証を得られたのは良かったが、それが竜千秋が少しでも心を開いてくれる突破口とも考えづらかった。


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