第3話 爆弾魔と少女

翌日も爆発テロのことがどのニュースもメイントピックにしていてあるところはそれを以前より20分ぐらい尺を伸ばしていた。


やはりどこを見ても日向の隠れ信者が今回の犯人だということを追っているらしかった。


だがその割にはそれを決定づける証拠というものが少なかった。


そのため尺伸ばしのために周辺住民の声を昨日より具体化したものや専門家を呼んで詳しく説明させたりひどいところは18年前の事件のダイジェストとその事件の犯人日向優を徹底解剖だのだんだん腹が立ってきてテレビを消した。


「ねえ、朝日。お見合いの件ちゃんと考え直してくれた?」


母さんがカウンター越しに僕に話しかけてきた。


どうやらまだ諦めていなかったらしい。


「まだ。それにこのことで結構今忙しいから。」


僕はまた喧嘩するのは面倒だと思い、敢えてぼかした。


すると母さんは入れ終わった紅茶を机に叩きつけてリビングの方にまた戻っていった。


その叩きつけた反動で熱い紅茶がテーブルに飛び散り、不運にも僕の手の方にも少しかかった。


「あっつ。」


そう言って母さんの方を見たが母さんは全く僕に悪いと思っているような素振りを見せず、ただ黙々と食器を洗っていた。


僕は部屋に戻り、いつものスーツを取り出して着てそれから月島さんから貰った2つの箱を開けた。


大きい方の箱には少し花柄が添えられてある黒いネクタイが入ってあって、小さい方の箱には花の形を象った銀のネクタイピンが入ってあった。


僕は鏡を見ながらネクタイがちゃんと曲がっていないか確認して家を出た。





職場の前で戸崎が待っていた。


「おはよう、朝日。あれめちゃくちゃカッコいいネクタイしてるじゃん。どうしたの?」


「ああ、これ月島さんから貰ったんだ。」


「いいなー。」


普段ならあまり褒めない戸崎が言うということは相当月島さんのセンスがいいのだろう。


「じゃあ今度お前の誕生日にこれとおんなじもん買ってやるよ。」


「おおマジで。ありがとう。」








取調室に行くと当の本人はまだ来ていないらしかった。


「たぶんもうちょっとしたら着くと思うから。」


しばらく待つと黒いフードを被った小柄の人が入って来て目の前に座った。


戸崎の言うようにフードが少々ダボついてて体型は分かりづらいが150cm前後なのは当たりだった。


しかしそいつは俯いているばかりで顔がよく見えなかった。


「おい、顔を見せろ。」


そいつは舌打ちをして背筋を伸ばして僕の方を見た。


「彩花…。」





朝日はしばらく肩の震えが止まらなかった。


「おい、朝日。大丈夫か?」


朝日は深呼吸してもう一度目の前にいる奴の顔を見たがどこからどこまで全部一緒だった、目も鼻も口も何から何まで。


でも彩花は亡くなったはずだ。


確かにちゃんと僕は見届けたんだ…。


最後に僕の膝で彩花が息絶えていく姿を目の当たりにして救急車に運ばれて死亡も確認された。


たまたま目の前にいる奴は彩花と瓜二つなだけだ。


そう自分を落ち着かせると次第に肩の震えも収まってきた。


「大丈夫か?朝日。」


「ああ、ちょっと息切れがしただけだ。」



朝日は咳払いして今度はフードの奴の目をしっかり見て言った。


「…君の名前は?」


「………竜 千秋だ。」


そいつの声が彩花とは違う低い声だったので安心した。


何とか最後までそいつと会話が出来そうだ。


「何歳?」


「17。」


「家族は誰か面会に来たのかな?」


竜千秋は首を横に振った。


僕は戸崎に耳を近づけるようジェスチャーして聞いた。


「彼女は拘留されて何日経つ?今日で。」


「3日か4日か、たぶん。」


恐らく竜千秋には家族がいないのだろう。


普通なら親がどこかで面会に来るはずだからだ。


僕はさっきよりも穏やかな口調で言った。


「家族はいるのかな?」


それには何も答えなかった。


「分かった。質問を変える。爆発テロがアメリカとフランスで起こったんだ。そのことについて何か知ってるか?」


「知らない。」


「日向優という名前は?」


その質問になった時、一瞬だが竜千秋の目が泳いだ。


「蛇の模様の人間を知っているか?」


竜千秋は立ち上がって


「もう話したくない。」


と言った。


「いやまだ終わっていない。だから…。」


朝日が立ち上がって言及しようとした時、戸崎が


「今日はもうここで終わりにしよう。」


と朝日の前に腕を伸ばして言った。


「でも……。」


「気持ちはわかるが刺激して返って今度は何も話さないとなったら困るだろう?」


「……分かった。」


正直もう少し問い詰めたいところだったが、最近事情聴取の過敏さで問題視されていることもありあまり下手に問い詰められなかった。


竜千秋は立ち上がり警官に連れられて取調室を出て行った。


僕らも取調室を出ると戸崎が僕の手を取って言った。


「でもすごいよ、朝日。あの子の所在全く分からなかったのにここまで聞き出せるなんて。」


確かに戸崎は昨日身体的な特徴以外何もわからないと言ってたもんな。


彼女にも何か通じるものがあったのか?


「言い忘れてたんだがこのことは内密に。特に仁志課長には絶対知られないようにしろよ。」


「なんで?」


「だってあの人、口が軽いって有名だし今注目を集まてるニュースだ。嘘が独り歩きする可能性がある。」


「そうか、分かった。」






職場に戻って黙々と作業をしていると昼の休憩時間になった。


丁度その時仁志さんが戻ってきた。


「どこに行ってたんですか?」


「日向優の関係者の所にな。ところで朝日君、飯食ったか?」


「いいえ、まだ。」


「じゃあ昼食を食べながらでも話すよ、そのことについて。」




僕らは歩いてすぐの近くのビルの中に入り5階の蕎麦屋に立ち寄った。


席はカウンター席が2個しか開いておらず運の良いことにその2席に座れた。


「ラッキーだな。とりあえず何か頼もう。」


僕と仁志さんは天そばで同じものを頼んだ。


「それよりお前カッコいいネクタイしてるな。」


「あーこれ昨日言ってた月島さんから貰ったやつです。」


「月島もホントに趣味がいいよな~。今度俺も朝日君と同じものを買ってくれないか頼んでみよう。」


朝日が苦笑いすると


「真に受けんなよ。冗談に決まってるだろ。」


と仁志さんは僕の肩を強くたたいてそう言ったがとても冗談には聞こえなかった。


「ああ、そうだ。さっきの話なんだけどな。」


「はい。」


「俺実は今回の爆発テロの主犯が実は身内じゃないかと思って日向優の唯一の家族であるお姉さんがその当時住んでいたアパートに行ったんだ。でも亡くなってた。爆発テロの1か月後に。」


「どういうことですか?」


「自殺したらしい。」


その時天そばが2個カウンターに置かれた。


「おお美味そう。いただきます。」


仁志は天うどんをすすりながら続けた。


「そのお姉さん、その当時旦那さんと2歳ぐらいの子供がいたんだ。ただあの事件があった後、離婚を申し立てられて子供も旦那さんの元に行ってしまった。ただもう一人子供がいたんだ。その子供は日向優の娘なんだ。日向優が事件を起こす前に自分の娘をお姉さんに預けたそうだ。」


「それって……。」


僕はその話を聞いてすぐに竜千秋のことが頭に浮かんだ。


家族が数日経っても面会に来ていないっていうのも不自然に感じたし、日向優の名前を出したときに一瞬目が泳いだあの反応といい日向優の娘と疑うべきものが多かった。


それに戸崎の話によると僕が来るまで彼女の所在が分かっていないのが何より臭い。


「どうしたんだ?朝日君。」


「いえ。その娘さんはお姉さんの旦那さんに引き取られたんでしょうか?」


「いや。それより娘は死んでると思うぞ。」


「どうしてですか?」


「防犯カメラに最後にお姉さんが確認された自殺した川の近くのコンビニで赤ん坊を抱いている姿が写っていたそうだからな。だからお姉さんが自殺した後、無理心中の線で川を懸命に探したが見つからなくてな。その時雨が降ってて川の流れも速かったから見つからないのも無理はない。でもまあ桃太郎みたいに誰かに拾われてひっそり暮らしてたりしてな、意外と。」


僕らは天そばを食べた後、割り勘で支払い警視庁に戻った。








勤務時間が終わると戸崎といつもの店で待ち合わせをしたがテーブル席は生憎埋まっていて仕方なくカウンター席に座った。


しばらくしてから戸崎が遅れてやってきた。


「ごめん、待った?」


「いや、大丈夫。」


「それより何?話って。」


僕は戸崎にまず仁志さんの話をしてから竜千秋が日向優の娘ではないかと話した。


戸崎はしばらく何か考える素振りをして言った。


「でも仁志課長の話なら死んでるんだろ?」


「ああそうだ。」


「じゃあ朝日は桃太郎の話を信じるの?」


「それは…。」


「朝日、これはおとぎ話じゃない。これは現実なんだ。そこんとこよく考えてくれよ。」


「分かってる。分かってるけど…ただ竜千秋には不自然な点が多すぎる。お前も分かってるだろ?」


戸崎は僕の意見が正論だったのかしばらく言葉を返してこなかった。





「意外と当たってるかもしれませんよ。その桃太郎の話。」


マスターがビーフシチューを煮込みながら口を挟んできた。


「すみません。口を挟むつもりはなかったのですが。」


「どうしてそう思ったんです?」


「コンビニです。」


「コンビニ?」


「ええ。今から無理心中する人間がコンビニに立ち寄るでしょうか?」


「でも…それは死ぬ前に肉まんが食べたかったとか。まあ思い残しがあったんですよ、たぶん。」


「そのお母さんは川で自殺したんですよね。そもそも財布を持っていたんでしょうか?民間人でこんな生意気に出て申し訳ないんですがもし血の繋がった子供がいるなら少しでもお金を残してやりたいと思うはずです。」


「じゃあなんでコンビニに?」


「トイレですよ。」


「それならもっと分かりません。だって今から死ぬんだったら別に恥じらいも何もないんじゃないですか?」


「私が言ってるのは赤ん坊の方ですよ。」


「赤ん坊?」


「ええ。ここからは私の体験談になりますが、私の妻はもう交通事故で1年前に他界してしまったんですけどね。娘がいるんですけど、1歳になったばかりのころ妻は育児で嫌になって練炭自殺を計ろうとしたんです。で練炭に火をつけようとした時娘がまんまって言って妻を呼んだんです。その時妻は泣き崩れたそうです。娘は悪気があって私を困らせているわけではないのに私は罪のない子を殺そうとしたって。私はその事実を知ってからサラリーマンを辞めて退職金は少なかったですけど一軒家を売り払って何とかお金にしてこの仕事を始めたんですけどね。」


「へえそうだったんですか。」


「つまり私が言いたいのは結構小さなきっかけで踏みとどまることが多いと言いたいんです。だからもしかしたらその女性、コンビニに立ち寄ったことをきっかけに赤ん坊を少しでも安心できるところに預けようと思ったのではないでしょうか?亡くなる前に。」







喫茶店を出た後もしばらくマスターの話が未だに頭に残っていた。


一般人のプロファイリングを丸っきり信用したわけじゃないがそう信用しないと竜千秋の存在がますます分からなくなってくるからだ。


「もしかしてさっきのマスターの話が頭に引っかかってるとか?」


戸崎は僕の顔を覗き込むようにして言った。


「まあ、そうだけど。」


「もし朝日の言うように竜千秋が日向優の娘と同一人物ならどこで今まで育ってきたんだろうね?だってあの事件の直後ということは日向のお姉さんの周りって大抵信用できないでしょ。」


「でも家族とかあと親戚とかは?」


「それだったら面会とかあと行方不明届とか出してるでしょ。」


「じゃあ知らない人って言いたいの?戸崎は。」


「いいや、知らない人と言っても子供を大切に扱ってくれる人。例えばそうだな、保育所とかあと養護施設とか。」


「そうか。でも…なんで面会に来ないんだ?」


「面会に来れないというより行方不明になっているんじゃないか?だって養護施設内で誰も入れ知恵する人いないでしょ。爆弾を作れだなんて。まあこれは竜千秋が首謀者じゃないならの話なんだけどね。」


「じゃあ連れ去られたとか?」


「それはどうだろう?じゃあどうして一言も竜千秋は連れ去った犯人のことを言わない?」


「ほら、銀行のやつであったじゃん。何だっけ…犯人と監禁された人との間で友情が芽生えるやつ。」


「ストックホルム症候群。」


「そうそれ。」


「でもそれは監禁されている状況だけだろ?僕はたまたま竜千秋が何らかの理由でまあ養護施設かどこかを脱出してその時に日向優の知り合いが声を掛けて自分の所に来るように言ったとか。まあでも竜千秋が日向優の娘ならの話ね。もし違う人物だったらますます竜千秋が何者か分からなくなるけどさ。」


朝日はどんどん遠ざかっていく街灯で縁取られた戸崎の影法師を見つめながらマスターのプロファイリングと今回の事件を線で結ぼうとしていた。

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