第2話 18年前の災厄
「…起きて、起きなさい!!」
目をこすると母さんが僕の肩を揺さぶっているのがぼんやりと目に入った。
「何だよ…。」
時計に目をやるとまだ朝の6時半だった。
母さんに下に降りるよう催促されて目を擦りながら一階に降りるとテレビの近くのソファーには堅物が老眼鏡を掛けてテレビをじっと見ていた。
次にテレビに目をやると喫茶店が黒焦げになっているのが写された。
その後ろにはエッフェル塔が堂々とそびえ立っている。
最初は火事だと思ったが海外の小規模の火事を日本でわざわざ放送するはずがない。
大規模に仕立て上げるならエッフェル塔の近くというぐらいだ。
次にアメリカの爆発テロのことが報じられた。
じゃあこれは爆発テロなのか?
「ねえ18年前のこと覚えてる?」
母はゆっくりとした口調でそう言った。
「18年前…。」
僕はすぐさま一つのことが思い浮かんだ。
「爆発テロのこと?」
母さんは頷いた。
「でも今回と何が関係あるの?」
母さんが解説してくれる前にテレビが解説してくれた。
「今回の爆発テロそしてアメリカでの爆発テロのこの2件は18年前の犯行と全く同じ場所でしかも同じ日付と時刻で行われています。この18年前の爆発テロの首謀者の日向優は東京の白神病院で自爆死しており警察はその信者の犯行の可能性が高いと見ているようです。」
「日向優…。」
その人物の名前を聞く度、不愉快な気分になる。
なぜなら日向優は僕の母を死に追いやった張本人なのだから。
そしてそのソファーの横でくつろいでる堅物の姿を見る度、憎しみ交じりの腹立たしい気持ちが湧いてくる。
けれども朝日は今回の事件の好奇心の方が勝ってソファーに座っている堅物に近づいて尋ねた。
「ねえ、日向優の信者っているの?」
堅物はテーブルに置いてあるコーヒーを一口飲んで
「さあな。」
とそう一言だけ言って書斎の方に戻っていった。
「朝早くから起こして悪かったわね。」
「いや。」
「もう朝食食べておきなさい。昨日何も食べてないでしょ。」
母さんはトースターとスクランブルエッグが乗ってある皿とサラダボールを手渡した。
「お湯が沸いたら紅茶入れるわね。」
どうやら縁談のことは諦めたのかそれとも僕の気分を損ねて伝えたい要件が伝えられないのが嫌だったのか縁談のことは一切触れてこなかった。
朝食を食べながらいろいろチャンネルを変えてみたがどこも同じだった。
朝日は爆発テロのことが報じられるのを終わるたび別のチャンネルに切り替えて新たな情報を少しでも得ようとしていた。
朝食を済ませるとすぐさま支度を済ませ早めに警視庁に向かった。
警視庁でも爆発テロのことでパニックになっていた。
職場に着くと仁志さんがすぐさま僕のもとに駆け付けてきた。
「おお、早いね。朝日君。おはよう。」
「おはようございます。」
「もしかして…爆発テロのことでかい?」
「そうです。仁志さんはあの爆発テロの事件捜査してましたよね?」
「ああ、そうだ。」
「その時のこと詳しく聞かせてもらえませんか?」
仁志さんはまだ来ていないショートカットの席に座り、その当時のことを詳細に話し始めた。
「あれは今から18年前のことだ。初秋に入りかけた時、一件の爆発テロが日本いや世界中を震撼させた。」
「アメリカの爆発テロですか?」
「ああ、そうだ。大量の犠牲者を出してな。犯人はすぐ捕まるものだと思っていた。ただ周辺の防犯カメラも全部壊されていて不審な目撃証言といってもどれも当てにならなくて…。そして1か月後ぐらいにフランスの爆発テロが起きた。フランスの方でも綿密にテロが行われていて犯人は全く特定できなかった。中国、ロシアと次々に起こって諦めかけたその時、ロシアの方で蛇のタトゥを入れたアジア系の180cmぐらいの背丈の男が目撃されてな。有力とは言い難かったんだが君のお父さんが犯人は日向優だと特定したんだ。でも特定できたのはよかったが自爆死して死んでしまったからな。」
「本当に日向優は死んだんですか?」
「ああ。間違いなく死んだ。ただ全身黒焦げで持ち物も何もなかったから仕方なく日向優の通っていた歯医者に日向優の歯の型を見せてもらったところ一致したから間違いない。」
ショートカットが来たので仁志さんは立ち上がり、僕に月島さんに会いに行くように言ったので警視総監室に行った。
警視総監室のドアを開けると月島さんが座って僕を待ち迎えていた。
僕の姿を見ると月島さんは椅子から立ち上がった。
「昨日はすまなかったね。席を外していて。」
月島さんは言い終わると、何かにむせたのかしばらく咳が止まらなかった。
「大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だ。たぶん風邪かな。とりあえずソファーに座って話でもしようか。」
月島さんがソファーに座ってから僕はソファーに座った。
ソファーのすぐ隣の棚には家族の写真が飾ってあった。
月島さんとその奥さんと娘さんが写っていた。
「可愛らしいですね、娘さん。」
「これは中学の入学式の写真だから3年前の写真かな。今年で16になるのか。でも去年離婚しちゃってね。」
「なんでまた。」
「夫婦仲が元々よくなかったんだよ。まあ大学までとは思ってたけどそれでも夫婦喧嘩が絶えなくてね。やむなく離婚した。」
「そうなんですか。」
「でも一人だと気楽だよ、案外。それより朝日君の元気な姿を見れて何よりだ。」
月島さんはそう笑い言って退けたがその笑顔はどこか引きつっているように見えた。
「仁志さんから聞きましたが月島さんが僕を警視庁に戻すのを優遇してくれたそうで本当に感謝しています。」
「いやいや。朝日君のような優秀な人材が人種差別で解雇されるのは勿体ないと思ったからね。」
「いや違うんです。」
「違わないよ。そんな謙遜しなくていい。ところで朝のニュース見たかい?」
朝日は否定しようとしたが、月島さんは聞く耳を持ってくれなさそうだったので仕方なくその話題に乗ることにした。
「はい、見ました。」
「僕もあの事件担当しててね。本当によく覚えてるよ。」
「月島さんは信者の犯行だと思いますか?」
「どうだろうね。ただ………。」
月島さんはこめかみに人差し指を当てた。
「ただ…信者らしき人はいなかった気がするな。あれほど大きな事件だったのに歳を取ったら記憶に確信を持てなくなっちゃってね。でも信者はいなかったと思う、たぶん。」
「そうですか…。」
「ところで朝日君は日向優の信者の犯行だと思ったかい?」
「えっと、分かりません。僕はまだ幼かったので。」
「ああ、ごめん。そうだよね。」
「でもただあれだけ18年前と忠実に再現されているなら…その当時捕まらなかった信者の犯行の可能性が高いと。」
月島さんは僕の姿を見て笑っていた。
「どうしたんですか?」
「何か朝日君って探偵みたいだね。その顎をさすって何かを考えている様子というか。」
僕は何となく恥ずかしくなって、顎を擦っていた手を下ろした。
「いいや、ごめん。気分を害したなら。でも何か朝日君ってお父さんとは別のタイプの人間な気がするよ。」
「え。仁志さんとは逆のことを言われたんですけど。」
「たぶん仁志さんがお父さんと似てるっていうのはどこかギラギラしている所じゃないかな。まあ悪く言えば危なっかしいんだけどね。馬場さんは本能的に行動するタイプの人間だったから。」
ふと時計を見ると20分ぐらい長居していることに気が付いた。
「ああ、そろそろ失礼しますね。」
「ああ。」
僕がソファーから立ち上がってドアに向かおうとした時
「ああ、待ってくれ。朝日君。」
と言って月島さんが引き留めた。
そしてデスクから包み紙で包まれた細長い箱と小さい箱を取り出した。
「これは何ですか?」
「細長い方にはネクタイ、小さな方にはネクタイピンが入っている。ネクタイピンはネクタイと合うように選んだんだ。」
「ありがとうございます。」
朝日は貰った2つの箱にしばらく見惚れていた。
「ああ、じゃあ僕はこれで。ネクタイありがとうございました。」
職場に戻ると仁志さんが貰った箱をいじってきた。
「何貰ったんだ?」
「ネクタイです。」
「そっちの箱は?」
「ネクタイピンです。」
「月島からか?」
「はい、そうです。」
「おいおい、羨ましいな。月島から貰ったことねえよ。今度俺も月島に頼んでみようかな。」
と仁志さんはグチグチ言って自分のデスクに戻っていった。
デスクに戻るときに隣のショートカットと目が合った。
ショートカットを見ると昨日の言葉が脳裏に蘇ってきたのでそれを跳ね除けようとしてショートカットから視線を逸らした。
しばらく仕事に打ち込んでいたつもりではあったが、やはりあの用無しという言葉がなかなか頭から離れなかった。
帰る時間になったのでお疲れ様ですと一言だけ言ったがやっぱり反応してくれたのは仁志さんぐらいだった。
「おーい、朝日。」
警視庁を出て声を掛けられた方向を見ると戸崎が立っていた。
「何だよ、戸崎。」
「何だよじゃないよ。お前どうしたんだよ、そんな不機嫌な顔して。」
「いや別に。」
「それよりさ、昨日の約束忘れたの?」
戸崎に言われて思い出したがでも忘れてたと素直に認めるのが何となく嫌で嘘をついた。
「ああ。でもなんでわざわざ待つんだよ?連絡してくりゃーいい話で。」
「分かった。次からそうするよ、悪かったな。」
戸崎は怒ったのか何も言わずどんどん先に進んでいった。
「ああ、待てって。戸崎。」
僕は戸崎のスーツの裾を軽く引っ張って、戸崎と一緒に駅まで歩き電車を使ってその喫茶店まで向かった。
喫茶店はテーブル席がまだ結構空いている状態だった。
僕は店頭に置いてあるクッキーが気になった。
「あれ?クッキーの袋にリボンがついていない…。」
するとカウンター越しにマスターが
「ああ、あなた方の会話が聞こえたのでせめてもの気持ちをと思って。娘のプレゼントで少々リボンを余らせていたものですから。」
と言った。
「ありがとうございます。」
朝日はお礼を言ってこの前と同じ席に座りに行った。
マスターが2人分のグラスをテーブルに置いていつもの決まり文句を言って去った。
「戸崎、ここって何がおすすめ?」
「そうだなあ、僕はよくここでミックスサンド食べるけど。」
「じゃあそれにしようかな。あとドリンクはホットコーヒーにしとこう。戸崎は?」
「僕は…そうだなあグラタンとアップルティーにしとこうかな。」
「あれ、この前もお前アップルティー頼んでなかったっけ。」
「ああそうだけど。何か悪いか?」
「いや。アップルティーってどんな味なんだろうなって。」
「じゃあ一口いるか?」
「いいよ。気持ち悪い。」
「大丈夫だって。僕の口付けてないとこで飲めばいいから。」
「それもそうだな。」
僕は後で戸崎の頼んだアップルティーを一口貰うことにした。
僕らは注文し終え戸崎が昨日のことを聞いてきた。
「そうだ。さっき不機嫌だったのって昨日の香水女のこと?」
「…何で分かった?」
「何となく。で結局香水は返せたの?」
「うん。」
「返せたのか。じゃあなんでそんな不機嫌なの?」
僕はショートカットに嫌味を言われたことを話した。
「ああ、なるほどね。でも朝日には悪いけどその香水女の言ってることも分かる。」
「戸崎…。」
「お前は少し甘えてるところがある、人に。もうちょっとで僕たち30になるんだぞ。少しは自立して生きて行かないと。」
普段ならどんな状況でも味方してくれる戸崎に突き放されて少し孤独感を感じてしまった。
「悪い。ちょっと小賢しかったかな。」
「いいや。それより昨日お前が話したかったことってなんだよ?」
「ああ、それがさ…その…。」
その質問になると戸崎はテーブルで自分の絡まった指を見つめるばかりでしばらくこっちに視線を向けなけなかった。
「勿体ぶらずに早く言えよ。」
「分かった。」
戸崎はグラスの水を3分の1ぐらい飲んだ。
「言うか迷ったんだけどね……。」
今度は戸崎はグラスの水を一気に飲み干した。
「お前、今回起きた爆発テロのことどこまで知ってる?」
その時頼んでおいた飲み物がそれぞれ届いた。
「じゃあアップルティー一口貰うわ。」
アップルティーに口に運び込もうとした時、リンゴのいい匂いがまず鼻に香って来た。
一口運んだがリンゴの要素は匂いだけでほとんど無糖の紅茶の味に近かった。
「こんなののどこが美味しいんだよ。」
僕は口直しに届いたホットコーヒーを一口運んだ。
戸崎はアップルティーの入ったカップを手に取って
「安らぐんだよ。朝日には分からないだろうけど。」
そう言って僕が口を付けたところに口を付けた。
「ああ、お前。今さっき僕が口を付けたところに口を付けたろ。」
戸崎は笑って
「ああ、ごめん。わざとじゃなかったんだけどね。」
と言ってまた僕の口を付けたところに口を付けた。
「ったく。で何だっけさっきの話。」
「ああ、だからどこまで知ってる?爆発テロの件。」
「どこまでって…ほとんどテレビと変わりないよ。あるとしたら仁志さんの話で今回の犯行が日向の信者ってことを軽く疑っているぐらい。」
「そうか…。実はな…前に品川のビルでボヤ騒ぎがあってその犯人が今回と全く同じ型の爆弾を使っていたんだ。」
朝日はしばらく戸崎の言葉が脳に充分染み込むのを待った。
「じゃあ…そいつが犯人なのか?」
「いいや、違うよ。その犯人はフランスの爆発テロの数日前に拘留されていたんだ。だから犯行は無理だ。ただそいつが今回の犯人と通じている可能性が高いってだけの話だ。あともう一つの可能性を考えるなら…。」
「考えるなら?」
戸崎は少しアップルティーを口に含ませた。
「その今回の爆発テロを行っているのが単なる運び屋で拘留されている奴が爆弾作り兼首謀者とか。でもその可能性は考えづらいかな。」
「どうして?」
「首謀者は連絡塔にならなきゃいけないだろ。だから動かないはずなんだ。でもそれなのに日本のわざわざ品川でボヤ騒ぎを起こして逮捕されるなんて…そんな頼りない首謀者が過去にいたと思うか?」
「まあ…そうかもしれないけど。」
「それにあの子は見るからに未成年だ。」
「未成年?」
「ああ。身元も名前もよく分かってないけど。身長が150cm前後で痩せ型の女の子。そんな子が首謀者だとは到底思えない。」
その時グラタンとミックスサンドが届いた。
マスターが料理と伝票を置いて去ったのを確認して朝日は
「会わせてくれないか?その犯人に。」
と少しでもあの爆発テロの手がかりを掴めるならというわらにすがる思いで言った。
戸崎にもそれが通じたのかしばらく届いた料理の立ち上る湯気を見てそれから朝日に視線を戻し
「分かった、明日会わせるよ。その犯人に。」
と言った。
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