第2話『落下』

「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああっ!?」

ひかるは今までで覚えてる限りで一番の叫び声をあげた。

何故か自分の部屋に入ったとたんに強烈な眠気に襲われて、寝てしまった。

それは、覚えている。だが、この状況に至った理由はよく分からない。誰が考えても分からないだろう。

何故なら──ひかるは空を舞っていた。否、空から落下していた。落下中ナウ☆なんて言って気を紛らわせたときもあったが、そんなことしてる場合じゃなかった、と頭をブンブンと振った。


「どうしようどうしようどうしようどうしよう」


頭の中が完全にパニックに陥る。最近多い。

ひかるは、今まで読んだり見たりしてきた漫画アニメラノベを思い出すも、勿論空を飛ぶには羽がいるものだ。人間に飛行させるとすれば魔法くらい。

「記憶、役にたたないじゃんかああああああああ!?」


△▲△▲


少年は、空を見つめていた。狭い路地に肩をひそめて。

無限に広がる空虚な空。ここ数ヶ月くらいずっと、空やら人やら亜人やらを見続ける毎日を送っていた。親戚のあても何も無い。たまにあるゴミ拾いの仕事で、なんとか生活していた。少年は『生きる』ということに嫌になっていた。それはもうとっくの昔に。


何のために生きているのか。死のうかなー。とか思ったり。考え事をひたすらに、のんびりと、考えるのが暇つぶし。ちなみに、最近の少年の考えとしては、路地で自殺するよりも、商人にでも買ってもらって、お金は同じ路地に住む子にでもあげて、その瞬間に自殺しよう、というのが最善手だ。


今日もまた、いつにしようか、とか他の方法はあるかなとか、せめて誰かの役に立てたらいいなとか、空を見て考えていた。────のだが。


遥か上空に、黒い点があるのが見えた。

だんだん大きくなってきた。

時々、黒い点は光って、方向を変えたりしながら、こちらに近づいてくる。

──ヤバくないか…?

あっという間にかなり接近、と共に、うわぁぁぁーっと声が聞こえてくる。

──人!?空から!?どうやって!?

そしてついに、


『ドスッ』


「いったたたたたたたたたたたたたたた!?」


△▲△▲


ちっ、と心の中で舌打ち。

せっかくの知識も役に立たなかった。

「まじでどうしよう!?あわわわわわわわ」


どんどん地面が近づいてくる。


「こんな訳分からないまま死ぬの、私!?」


─────と、その時。紐を腕に巻き付けて強く握りしめ、落ちないようにしていたペンダントが光を放った。その光は、まっ逆さまに落ちている私の頭側(地面側)に円を描く。円は、ぶつかる、ということはなかった。ひかるは円の真ん中を通っていく。その現象が何度も繰り返される。時々方向が変わったり、速度が落ちたりする。


「ペンダントが、助けてくれてるの…?」


よく分からないが、それに頼るしか他に道は無さそうだったので、そのまま体の力を抜いて、円の光(仮称:魔法陣)に身をまかせる。

そして───



「いったたたたたたたたたたたたたたた!?


ゲフッ…ゴホッゴホッッ…おぅぇぇぇ」


スピードはかなり遅めで落ちたが、場所が…良かったのか、悪かったのか──ゴミ捨て場だった。

ひかるの鼻に酸っぱい臭いが刺さる。頭から落下したのが駄目だったようだ。クッションにはなったが、

「もっと他に無かったのかなぁ…」

と不満をこぼす。


いや、まず、何でこんなことに?


考えられる要因はペンダント。ただのペンダントではないことは流石に分かった。


ラノベの知識を生かさずとも。


突っ込んでいたゴミから頭を抜いて、辺りを見回す。

暗い路地裏だ。光が差す方向、路地裏の入り口の方からはお店が見える。あと、レンガ造りの建物が多く建ち並んでいる。


「あ……これ、異世界ものか…」


そう、ため息混じりに呟く。

今まで読んできた知識から推測すると、


元の世界には戻れない確率が高い。

魔法が使える。

バトルがある。


思い付いたのは取り敢えずこれだ。

何にしても、情報収集が必要だ。


ひかるがそんなことをゴミ山の上で考え込んでいるところを、少年が見つめていた。


(何だこの人…)


関わらない方が吉だ。と少年は直感的に思う。だが──吉とは何だ。少年には何も残っていない。死のうとも思っていたのだ。今更吉とか凶だとか気にする必要もない。人の役に立てて死ねるなら本望だ。


少年は立ち上がって、目の前の不思議な少女に声をかける。


「あの…僕の出来る範囲なら何か手伝います」


「わわ、ありがとうございますっ!取り敢えず知っておきたいことがあるので答えて頂いてもいいですか?」


思いの外焦っていて、地面──これまたレンガやタイルが敷き詰められている──に正座で座る。和の心が突然出てきたようだった。


「分かりました。知る限りのことは話します」


少年は体操座りで壁を背にもたれかかる。

その綺麗な体操座りからは少年の体の細さが伺える。


「えっと…まず、ここは何処ですか?」


(ま、空から降ってきたんだから分からないのも無理はない……のか?)


「ここは、アンスリウム王国の都市、ジニアです。その中でも大分南の方です。ちなみに、ジニアは冒険者の出発点として有名で、広い土地を利用して戦闘の為の施設も多いです」


「ほーー。成る程!冒険、ね…。じゃあ次…君は魔法は使えるんですか?」


「使えます。ただ、この世界では魔法は禁止されているので、なかなか使い道がありませんよ」


「え?」


異世界ものの定番である魔法。

使えるが、禁止されているという。

その意外な事実にひかるの目は点になった。

今までよく魔法の詠唱を練習したり妄想したりしてきたのだったが、どうやら無駄なようだった。


落胆。


「あの…魔法について、もっと詳しく教えてもらえませんか?」


「あ、はい」


「世界中のありとあらゆるところに魔法発動探知機が仕掛けられていて、発動した瞬間に拘束されます」


「徹底してるんですね…拘束は魔法じゃないんですか?」


「魔法ではないらしいですが、そこまでは何とも…」


「そうですか…では、えっと─?」


「あ、僕はアリウムと申します」


「じゃあ、アリウムさん。アリウムさんは、何処で魔法の練習をしたんですか?」


少年──アリウムは、口をつぐむ。

先程の魔法を使えるのか、という質問で肯定したからだ。この世で魔法が使える場所なんて普通は無いはずなのだ。喋り過ぎたようだ。身の上を詮索されている訳ではないので処分までする必要はないが。

疑問に思うのは当然だろう。

どうするか…、俯くると、


「いえ、別に無理に答えなくても大丈夫ですよ?ただの興味本意だったので。──そこまで徹底されていると、ギルドとかダンジョンとかも無いかなぁ」


「魔法のこと全然知らなかったのにギルドやダンジョンのことは知ってるんですね」


「お、やっぱりある系ですかっ!?」


異世界の嬉しい設定に、地面に手をついて身を乗り出す。


「少しだけ聞いたことがあります。歴史の本を読んでいたときに。なんでも、今の前の前の王様の時代はギルドやらで栄えていたそうです」


「今は無いんだ…」


「はい…。何か、あまり役にたてなくてすみません」


「いえ、そんな!本当にありがとうございます!──今のところですが一番の疑問が解決しましたし!お礼といっても今は特に持ってないんですけど…いつかこの恩は─!」


「では、礼としてあなたの名前を教えていただけませんか?」


「私は───」


ひかる、と言おうとしたとき、ペンダントに傷があることに気づいた。(ダジャレではない!)よく見てみると、『アロエ』と書いてある。『ひかる』と名乗るよりもこの世界では便利だろう、と、


「私は─アロエです!」


「ではまた。いつか会えたら」


「はい!またいつか!その時は敬語じゃなくて普通に話そう!友達だよ!」


「友達…!はi……うん!」


ひかる───いや、アロエはペンダントを首にかけ、その場を立ち去る。

アリウムは、見たことのないファッションのアロエの背中を優しく見守った。


「───友達…か」


『モクレン!遊ぼーっ!』


『モクレン、頭良いよね~!私も本読もっかなぁ~』


『モクレン!』


『モクレン?』


『モーっクレーンーっ!』


『モクレン、助けて…。お願い…だから…助けて…』


───友達が出来たのなんていつぶりだろうか。

少年はまた、空を見上げた。































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