5-4: 校正刷り
黒田と助教授は、それぞれにすでに目を通した天下り教官の著書、「worm 入門」の校正刷りを改めて確認し、一通りの照らし合わせを終えたところだった。脇には、出版社に戻すための校正刷りが一部用意されていた。
「どうしたものか……」助教授が呟いた。「巻頭辞にしても中身にしても、修正を指示するって程度では済まないぞ」
「ですね。どう勘違いしているのか。規格を読んでいるのかも疑問に思えますね」
助教授は頭の後で手を組み、椅子に背を預けた。
「中身には口を出さないでおこうか? ページの中身を大きく変えるのも、もう無理だろうし」
「合意では、結局巻頭辞での謝罪と訂正に問題を絞り込んだのですから、それがいいのかもしれませんね」
「それと、いかにもこちらが監修したというようなところも削除してもらわないといけないな」
黒田はペットボトルのお茶を飲むと、校正刷りの最初のページに戻り、1枚、2枚とめくった。
「『情報処理研究所の worm チームには、本書で紹介するサービスの構築、および本書の執筆においてお世話になった。』これはトルでいいですよね?」
「当たり前だ」
助教授は、出版社の戻すための校正刷りのその部分に打ち消し線を書き、また「トル」と書き込んだ。助教授は自分が持っている校正刷りにも同様に書き込んだ。
黒田も、自分が持っている校正刷りのその箇所を囲み、やはり「トル」と書き込んだ。
「その後、『なお、 worm を含むワールド・ワイド・ウェブの新しいサービスに関して、勇み足としての情報公開を行なったことに関しては、情報処理研究所の worm チームにこの場を借りてお詫びする次第である。』ここも酷いですね」
「酷いなぁ。巻頭辞だから、直しの量は本文ほど気にしなくていいだろうが。どう直す?」
黒田も助教授もボールペンでその箇所を叩いた。
「そうですね。『なお、 worm を含むワールド・ワイド・ウェブの新しいサービスに関し、情報処理研究所から各種の権利を委譲されたと発表したが、これは著作権その他の権利に関しての当方の誤解による発表であった。この点については、すでに双方において了解が得られた。』とかでは?」
「『了解が得られた。』では、委譲と言ったことをこっちが認めたように読めないか? 『当方の誤解』っていうのも、実際のとこに沿わないだろう」
「そうですね」
また二人ともボールペンでその箇所を叩いた。
「なら、『なお、 worm を含むワールド・ワイド・ウェブの新しいサービスに関し、情報処理研究所から各種の権利を委譲されたと発表したが、これは情報処理研究所の worm チームから実際に許諾を得たものではなく、当方の著作権その他の権利に関してのまったくの無理解からの発表であった。この点については、情報処理研究所の worm チームに真摯に謝罪するものである。』とかはどうでしょう?」
「黒田くんについては?」
黒田は顔を上げ、助教授を見た。
「チームの中に入っているっていうことでいんじゃないかと」
「いや、だめだね。チームのところを、『チームおよび黒田 歩』にしよう。いや、並びとしては逆の方がいいな。『黒田 歩および情報処理研究所の worm ーム』にしよう。この順番の変更は、黒田くんにも認めない」
助教授は笑みを浮かべて黒田を見た。
「まぁ、そういうことでしたら」
黒田も笑みを浮かべた。
助教授と黒田は、各々の校正刷りおよび出版社に戻すための校正刷りに、そのように修正を加えた。
「巻頭辞については、おそらくこの二箇所かな」助教授が言った。「一応、もう一度最初から確認してみようか。この修正で他に影響があるかもしれない」
助教授と黒田は、また校正刷りを読み直し始めた。
* * * *
そして、続いて “Making Black Worms” の内容の確認、理解の照らし合わせに入った。
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