5-2: Web広告
情報処理研究所のチームは、 yorm, xarm 、そしてブラウザの開発会社のチームに、次期バージョンの仕様案を送った。 yorm と xarm について言えば、仕様の確認と、それぞれの次期バージョンを組む参考のためでもあった。ブラウザの開発会社について言えば、 Javascript の次期バージョンとこちらが想定している機能との齟齬の確認のためでもあった。
その時点で、再びIRCを用いた会議が持たれた。次期バージョンの仕様については、さらにいくつか盛り込んで欲しいという案が出された。 worm の実行系を実装する環境については、ブラウザの開発会社から問題がないだろうという返事が得られた。
それらを一旦見て回った黒田と助教授は、開始時間を送らせていた文部省と天下り教員による「委譲」という問題についてのチャンネルを担当するラップトップの前に移動した。
興味を持ち続けていたのであろう、チャンネルの開設とともに、前回の倍程度の参加者が入って来た。そして今回は、こちらの弁護士も同席していた。
「現在のところ、『委譲』という言葉を撤回させる見通しがついてきました」
弁護士が書き込んだ。
それに喝采の言葉が次々と書き込まれた。
「ただ一つ問題があり、それについて技術的な事柄を聞きたい」
弁護士は、そう書き込んだ。
「どういうことか?」
そういう言葉が何個か書き込まれた。
「『委譲』ではなく、『wormの技術なども応用した』という文言になりそうではあるが、そこが落しどころだろうと思う。問題は、どうやらあちらの worm による探索とサーバ検索の履歴情報を第三者に提供する方向を出して来た」
弁護士の書き込みに、チャンネルはしばらく沈黙していた。
「これは技術的に可能なのか?」
チャンネルに応えがないのを見ると、弁護士は書き込んだ。
黒田と情報処理研究所のチームは、すでに弁護士から訊ねられており、可能であると答えていた。
「可能だろうが……」
「それは技術的な問題ではなく、法律の問題ではないか」
「どこに提供するのかが問題だと思うが」
「倫理としてどうなのか?」
そういう応えが返って来た。
「聞いている限りでいい。どういう利用を考えているのかを教えて欲しい」
ブラウザの開発会社からの参加者が訊ねた。
「どういうものであれ広告表示を行ない、収益の確保を考えているようだ」
弁護士が答えた。
チャンネルは、またしばらく沈黙した。
「これには法的な問題もあるようには思う。それについては、こちらとブラウザ開発会社のジェイムスン・カーターとで検討したいと考えている。技術的な話を聞きたい」
弁護士が続けた。
「広告表示はどういう方法を考えているのだろう?」
そういう質問が書き込まれた。
「現状でもSSIやCGIという方法があると、黒田くんは言っている」
弁護士はそう書き込むと黒田を見た。
黒田は横の椅子に座り、弁護士の横からラップトップの前に滑り込んだ。
「黒田です。インクルードするファイルを、なんかの方法で書き換えられればできるように思う。あるいは、web日記のようにCGI主体のページ構成になれば、より動的に広告を取得……、いやプッシュできるのではないかと思う。web日記は知っているか?」
そう書いて、黒田はまた弁護士に席を譲った。
「日本では流行っていると聞いている。あちこちに広がるだろうなとは思うが」
誰かが書き込んだ。
「ちょっと待ってくれ」
ブラウザ開発会社からの参加者が書き込み、しばらく沈黙があった。
「簡単にだが確認した。そういう使い方があるか……」ブラウザ開発会社からの参加者が書き込んだ。「こちらからの正式な回答は後でするが、次期バージョンに影響が出るかもしれない」
「では、そのあたりはそっちに任せるとして。サーバの負荷や、広告の市場はどうなる?」
別の参加者が訊ねた。
「サーバは物量にしかならないだろうという見解だ。広告の表示に際しての収益だけではなく、市場の構築と、そこからの収益も検討しているようだ」
それに弁護士が答えた。
「収益化は悪いことではないが。日本の大学に資産管理部門はあるのか?」
それを読み、黒田は助教授を見た。
「いやぁ、知財部はあったりもするが…… この収益はそれに該当するかなぁ? 黒田くんも知ってるように、出版局を持っている大学なら対応できるかもしれないが」
助教授は天井を見上げ、考えを巡らした。
「そこに業界団体が強く絡んでくるのか…… それに、民からの人材募集で部門を立ち上げるだけじゃないだろうなぁ」
「可能性としてだが、業界団体の利益、そして天下り先を作るという利益があるかもしれない」
助教授の言葉を聞いた弁護士が書き込んだ。
「せめてまともなサービスを立ち上げてくれるならいいんだが」
助教授の言葉を、再び弁護士が書き込んだ。
「無理だろうな。実行系の取得に関する規格も実行系も読めなかったんだろ?」
誰かがそう書き込んだ。
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