第五章: worms

5-1: スタック

 黒田くろだ と情報処理研究所のチームは、文部省および天下り教官との対応を弁護士と協議を続けつつも、先のチャットのログを精査も続けていた。


 その日、黒田が会議室に入ると、奥に三枚のホワイトボードが置かれ、助教授がそこになにごとかを書き終えようとしていた。

「おはようございます」

 黒田は席に着いているメンバーに声をかけながら、会議室の奥に向かった。

「おはようございます」

「うん、おはよう。と言っても昼過ぎだけど」

 助教授は笑いながら答えた。

 黒田はホワイトボードに書かれた内容に目を走らせた。

「次のバージョンでの採用案ですか?」

「そう。と言っても、黒田くんも読んだわけだけど、一応試したり検討したものが多いね」

 黒田はもう一度ホワイトボードを見た。

「今のところの採用案の一番手はなんですか?」

「今のところの一番手は……」助教授もホワトボードに目を走らせた。「やっぱりこれかなぁ」

 助教授が指差したのは、「探索結果の送信先の複数化」だった。

「黒田くんが最初に試したのは、探索結果をメールするっていうのだったよね。チャット・ログを見ると、それに限らず、探索結果を複数のところに送る機能の要望がいくつかあってね」

「メール以外も含めてですか?」

「そう。情報処理研究所のサーバにも送るけど、自前のデータベースにも送りたいとかね。こちらも気にはしていたんだけど、探索結果の表示の精度が低くなってきているのも理由なんだろうなぁ」

「それは私も感じてはいましたね。カバー率は高くなっていますが、それに応じる形で余計なものが表示されるような」

「ある程度は、こちらのサーバ内での検索手法の改善で対応できると思うし、こちらのサーバへの問い合わせにすこし文法を取り入れることで対応できるだろうけど。それ以外に、なんらかのグループ内での探索結果の共有にしたいという要望もあってね」

 黒田は持っていた荷物を床に置いた。

「グループでサーバを立ててもらえば細かいところはかまわないとして。送り先の上限ですかね?」

「それなんだけど、サーバを立てるという手間も省ければという意見もあってね。なんか思いつく方法はある?」

「サーバはなしとしても、なにもなしというわけにはいきませんよね?」

「だろうね」

「だとしたら探索結果の取り零し対策として、メール・アドレスの “+” の機能を使うとか」

「最初の頃、それを試していたよね。で、問題点は?」

「既読、未読ですね。それをどうやって判定して、どこに保存しておくか」

「ユーザの既読、未読とは別だからね。それと、探索された側のメール・サーバを使うのもどうなのかっていうところもあるかな」

「それも問題ではありますね」黒田は頭を掻いた。「やっぱりサーバは立ててもらう方が」

「そこは、やっぱりそうなるかな。すこし我慢してもらうとして。ならまずはやっぱり送り先の上限かなぁ」

「送り先が実在するかしないかは問題とせず、送り先を自動生成してなんてこともありえますよね」

「それはまずいなぁ」今度は助教授が頭を掻いた。「キーワード・スタックはそこそこ多めにしているけど。キーワード・スタックと送り先スタックを共用ってわけにはいかないかな?」

 黒田は worm の動作を思い描いてみた。

「1ページの探索ごとにキーワードを積み直していて、探索が一旦終った時にはキーワード・スタックにはキーワードが引っかかったかどうかのフラグが積まれていますよね。そこに送り先を積むとなると、どうなんでしょう?」

「一つ積むごとに “1 pick” はだめか。 “swap” するとかは?」

「送る必要があるとして、送る際には…… “dup rot swap" ですか?」

 助教授は、ホワイトボードの空いている所にスタックの変化を書いた。

「それだと、送る必要がない場合は? あぁ、全部 “drop” でいいのか」助教授はまたホワイトボードにスタックの変化を書いた。「全部 “drop” だと、別のフラグ用メモリが必要?」

「いえ、それ用のブロックに入れば。あるいは、やはり “dup rot swap” それに “IF” が入って、 さらに “drop” で、フラグは複製されて、かつ TOS にも存在することになるので。最後が “drop” になるか、送る動作になるのかの違いにまとめられるかとも思いますが」

 助教授は、黒田の言った動作をホワイトボードに書いて確認した。

「あぁ、なるね。もうないっていうときの判定がすこし問題かな。スタックに積まれている個数のチェックでどうにかなるか」


 その日、ほかの要望についても検討されたが。まずは複数の送り先を可能にする機能の実装から取り組むことになった。

 文部省、天下り教官に対しての対応は、弁護士といくつかの状況を検討していたが、その内容のチーム内での確認だけが行なわれた。

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