4-5: 会合
「それでは、人数も揃ったようなので始めましょうか。なお、この会談の概要は、コンソーシアムでの議論での要請から、こちらで公開させていただきます。」
「公開は避けて欲しいのですが」
文部省側の弁護士が答えた。
「通常であれば非公開とすることも考えられますが。すでに当事者として存在しているコンソーシアムからの要請ですので、こちらとしては公開しないという選択はできません」
天下り教官も含めた文部省側はなにごとかを話した。
「まず、コンソーシアムが存在するという証拠を出していただきたい」
文部省側の弁護士が言った。
「よろしい。黒田さん、配っていただけますか?」
弁護士は足元に置いていた15cmほどの厚さのファイルの山の一つを指差した。
黒田と助教授、そして弁護士は一つ、二つずつ持ち、文部省側に配った。
「先に行なわれた会議のログです」席に戻った弁護士が言った。「これだけの議論が情報処理研究所主催で数時間行なわれています。これは既に公開されていますし、これだけの議論がなされたことを否定することはできませんし、ならば国際的なコンソーシアムが実態として存在すると考えることに問題はないと思いますが?」
文部省側は各自ファイルをめくっていた。
「では、問題をはっきりさせましょう。先の文部省からの情報公開において、こちらの依頼者から worm に関する権利がそちらの教官に委譲されたという内容がありました。これはよろしいですね?」
弁護士、黒田、助教授は文部省と当該教官の側を見た。しかし、誰もうなずきも、また表情を変えることもなかった。
「では、このスクリーン・ショットを見ていただきましょう」
弁護士はプリント・アウトを二枚ずつ相手に配った。
「このように公開されています。もう一度確認させていただきます。文部省は、このように worm に関する権利がそちらの教官に委譲されたと公開しています。よろしいですね?」
「委譲とは言っても……」
文部省側の弁護士が言いかけた。
「worm に関する権利がそちらの教官に委譲されたと公開されています。よろしいですね?」
「委譲とは言っても様々な形態が……」
やはり文部省側の弁護士が言いかけた。
「worm に関する権利がそちらの教官に委譲されたと公開されています。この事実はよろしいですね?」
「まぁそれは資料もあることですし、認めましょう。しかし、委譲とは言っても……」
「よろしい。では、黒田さんと情報処理研究所は、なにも誰にも委譲していないと主張しています。ならば、なにをどのように委譲されたのかを示していただけますか?」
「委譲という言葉に拘っておられるようだが。いいですか? そちらは規格を公開した。ならば、それをどう利用するかは、他者に委ねられている。違いますか?」
「それは委譲とは違いますね。公開されたことと、権利を委譲したことを同じであると主張されますか? それは知財関係の扱いに反するものだと思いますが」
「特許は公開され、利用も……」
「それは委譲ではありませんね。それに利用に際しての契約が必要ですし、基本的には金銭のやりとりが発生する」
「しかしこれは特許では……」
「えぇ、特許ではありません。そうですね?」
弁護士はまた黒田と助教授を見た。
黒田と助教授はうなずいた。
「では、特許を持ち出したのはなぜですか?」
文部省側は声を潜めてなにごとかを話し合った。
「特許の問題ではないことは認めましょう。しかし、慣習上利用は自由のはずですが」
文部省側の弁護士が答えた。
「えぇ。利用は自由です。しかし、それは誰かになにかを委譲したという意味ではありません。再度確認しますが、こちらの依頼者がそちらになにかを委譲したという証拠を出していただけますか?」
「私がそう言っているんだから、それでいいだろう」
天下り教官が声を挙げた。
「ちょっと先生」
文部省側の弁護士がその教官の言葉を遮ろうとした。
「利用が自由である以上、こちらが以後管轄すると言ってなんの問題がある?」
「先生、そういうことは言わないと……」
「なるほど。では、こちらがそちらになにかを委譲したという事実はない。それでよろしいですか?」
「それは…… 認めます」
文部省側の弁護士は、しばらくの沈黙の後に答えた。
「さて、それでは次の話に移りましょう。そちらは、情報処理研究所が公開しているコードにバグがあると主張された。これはいいですね?」
「実際バグがあったんだから、そう言ってなにが悪い」
文部省側の弁護士は額に指を当てていた。
「では、お渡ししたファイルの最後の方に、両者のコードがありますのでご確認ください。当該部分にマーカーを引いています」
文部省側は各自ファイルをめくり、当該部分を確認した。
「情報処理研究所でコードを検討した結果、その部分によってそちらが主張するバグが発生します。しかし、情報処理研究所が配布しているコードとは、その部分が異なっています。そこから、こちらは、そちらが意図的にコードを改変し、風評の流布を試みたと考えています」
「いいがかりだ! 第一、こちらのコードをどう入手した?」
天下り教官が、また声を挙げた。
「では、ファイルの冒頭に戻ってください。これは公開されている規格です。該当部分にやはりマーカーを引いています。規格によって、コードを取り出す機能が存在します。これは、 worm の実行系の安全を、情報処理研究所やそのほかの団体、個人によって確認できるようにするための手順です」
「バックドアじゃないか! そんなセキュリティ上の問題を持つ規格など無効だ!」
天下り教官が、声を荒げた。
「先生、ここはともかく私に」
相手の弁護士が、なんとかあちらの教官をなだめようとした。
「いいや! そちらが出したコードも、こちらがバグを報告した後に修正したものなんじゃないか?」
「残念ながら。情報処理研究所にコードの各バージョンのバックアップが存在しますし、ダウンロードした方がやはり各バージョンのバックアップを残してもいます。黒田さん、今度はこちらのファイルを」
黒田と助教授、そして弁護士は、もう一つあったやはり15cmほどの厚さのファイルの山を相手側に配った。
「こちらは、ダウンロードしたコードをバックアップしていた方から提供されたコードです。どこにも、そちらがバグだと主張したものにあたるコードは存在していません」
弁護士は相手の顔を一人ずつ見た。
「ちょっと休憩を取れませんか?」
相手側の弁護士が提案した。
こちらの弁護士は黒田と助教授を見た。二人ともうなずいていた。
「いや、休憩というより…… その、今日はここまでにしていただけると助かるのですが」
相手側の弁護士が言い直した。
黒田と助教授はやはりうなずいた。
「わかりました。では、これだけは。今後、結論がでるまで、二週間に一度会合を持てますか?」
「承諾します」
そう、相手の弁護士は答えた。
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