4-4: 打ち上げ

 IRCでの会議の後、取ってあった仕出しや寿司で、情報処理研究所のチームは打ち上げをしていた。

 権利関係以外のチャンネルでは、現在の仕様への質問、 yorm と xarm との関係やそれらについての検討、 worm の次期仕様への要望など、様々な議論がなされた。黒田くろだ あゆむ が権利関係のチャットを覗いていた時以外に覗き、また答えた話題もあった。

 メモが残されていたものもあり、打ち上げの最中にも、黒田はそのメモを読み、答え、また議論をしていた。

 横に助教授が瓶ビールを持ってやって来ると黒田の腕をつついた。

「あの弁護士の件だが、連絡はこちらから入れておく」

 黒田は瓶を受け取り、うなずいた。

「それで考えたんだが。あっちが勝手に、 worm を含む新しいwebサービスを開発すると言っていたなら、こっちに打つ手はあったのかな? ブラウザのチームが『単純なミスをしたと思う』と言っただろ。つまり、勝手に次世代の worm 、言うなら、 worms: TNG 規格を検討すると言っておけばよかったんじゃないか?」

「それでも問題はあるように思いますが。明らさまな問題にはしにくかったかもしれませんね」

「ブラウザ開発会社の担当も、その法務も、それを明らかには言わなかったよな?」

「たしかに明らかには言いませんでしたね。単純なミスとは言いましたが」

「法務はログの公開を勧めていたが、その割には著作権の話をしていた。それは確かに問題だとして、すこしズレていると思っていたんだが。今、それに思い至った。つまり、こっちにはちょっとした秘密の小道具があるってことだ」

 黒田は、その言葉をすこし考えた。

「あっちの教官に、そっちの手があると悟られないように?」

 助教授はうなずいた。

「おかしく考えてはいるかもしれないが。この手の仕様そのもので、どれくらい著作権を問題にできるかと考えると、怪しいように思えるんだ。だから、あくまで著作権関連の問題だと思わせておく。ログの公開も、その一端じゃないかと思うんだ」

「そうなんでしょうか?」

「いや、わからない」助教授は笑い、答えた。「だから、紹介された弁護士がそのあたりを切り出してくるかどうか次第なんだろうと思う。あっちの法務が連絡を入れておくと言っていた。あっちの法務がそういうようなことを考えていたなら、それも含めての連絡になるだろう。だから、弁護士がどう切り出すかを待つ」

 助教授は瓶から一口、二口飲んだ。

「それとも待たない方がいいのかな?」

「いえ、そのあたりはどうなのか」

「だよな。ともかく、今日のチャットは終ったわけだし、食ってくれ」

 助教授は黒田の背中を叩いた。


 相手の大学の事務局、そして天下り教官はのらりくらりと、情報処理研究所との会議を持つことを避けようとしていた。

 それは黒田と情報処理研究所にとって、一面においては都合がよかった。紹介された弁護士と三回、打ち合わせができたことが収穫だった。

「私がかかわっていることは、しばらくは内密に」最初の打ち合わせで弁護士は言った。「その間に方向を考えましょう」

 二回めの打ち合わせでは、黒田も情報処理研究所も worm に関するなにごとも、誰にも委譲していないことを確認した。

「なぜ、委譲などと言ったのでしょう?」そして今日、三回めの打ち合わせで弁護士が訊ねた。「言ってしまえばそれで済むと思ったのでしょうか? だとしても、おそまつだ」

 弁護士は資料をめくった。

「業界団体を立ち上げようという動きは見えますね」弁護士は黒田と助教授を見た。「エンジニアは企業に属していても、その考え方はこれまでに聞いたとおり、そして先のチャット会議のログで見たとおり、敬意を基盤にした価値観を持っているものなのですか?」

「おおむね、そうだと思いますが」

 助教授が答えた。

「すると、会社の命令で参加するのか、あるいはエンジニアは蚊帳の外なのか」

 弁護士はまた資料をめくった。

「α、β、γの各テスト、そして現在も名簿、あるいはダウンロードのログを取っていたことは懸命ですね。どの大学、研究機関、企業が worm に関与したか、すくなくとも興味を持ち、知っていたかはこれで補強できるでしょう。それにRFCでしたか? そちらに名前が載っているのもいい。チャット会議のログが存在するのもいい。実態としての世界的なコンソーシアムが既に存在すると言える。そうすると、仰ったとおり、公知となったものを改善や拡張するにあたり、勝手にやればいい。そこに委譲という言葉を使ったのは、単純なミスなのか、なにかの効果を狙ったものなのか」

「なんの効果がありますか?」

 助教授が訊ねた。

「worm に関する全権を、立ち上げる団体が持てるという錯覚は演出できるでしょう。経緯を知らない者にとってはですが。そして、それはその教官の業績と錯覚され、天下り先の大学に予算を当てがい、また団体からも資金を調達できるでしょう。ふむ」

 弁護士は腕を組んだ。

「選択と集中。その実態はそういうことなのか。加えて、予算削減の中での予算確保の方法ということなのか」

「ですが、それ自体については言えることはないでしょう?」

 助教授がまた訪ねた。

「確かに。それについては問題が大きくなりすぎますね。委譲した事実は存在しない。そこに集中するのがいいでしょうね。ではお聞きしますが、 worm の次期バージョンなどにおいて情報処理研究所と黒田さんが主導するつもりであることは変わらないんですね?」

 弁護士と助教授は黒田を見た。

「私の場合、すこし離れるかもしれませんが」

 黒田が答えた。

「彼は学位論文があるので。これだけに専心するわけにも」

 助教授が付け加えた。

「ですが、重要な決定については関与するんですね?」

 弁護士が訊ねた。

「えぇ、それはできるだけ」

 横で助教授もうなずいていた。

 弁護士は机に広げてあった資料を畳み始めた。

「では、ともかくはあちらの意図がどこにあるのかをはっきりさせましょう。こちらから連絡をし、セッティングをしましょう」

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