脱出


(M.A.I.N.基地・機械室) 


ドローンのセンサーがシャッターの動きを検知した。ついに始まったようだ。


ワイトはドローンを浮かび上がらせ、天井近くにホバリングで停止させた。

作業用の白メイルが数体入ってくるようだ。


メイルたちが奥まで進んだところで、ワイトはコンソールから慎重に狙いを定めて、シャッターのレール上部にレーザーを照射した。瞬時にレールの金属が弾け飛び、大きなへこみができる。

すでに降り始めていたシャッターは、その破損部分に引っかかって動きを止めた。さらにそこに重ねるようにレーザーを照射し、シャッターをレールに『溶接』してしまう。


最後尾の白メイルが異変に気がついて姿勢を変えようとするが、その前にワイトはドローンを主通路に飛び出させていた。


「さあ、一目散に走ってくれ」


ワイトがそう一人ごちてコンソールを操作する。彼にしては珍しく、感情的な高ぶりを感じさせる物言いだった。


ドローンは資材置き場までの主通路をフルスピードで走っていく。

途中で数体の白メイルやエイムとすれ違ったが、向こうはドローンが何であるかの情報を持っておらず、そのまま素通りできた。


ドローンが通路を駆け抜けていく様子を映像で送ってくるが、ノイズが多くて不鮮明だ。

ワイトは三機目のドローンをムニンの背中から発信させ、同じように通路に向かわせた。


「これを二機同時に操るとは、人間の感覚も捨てたもんじゃないな?」 


まるで、そうフギンとムニンに語りかけたようだったが、もちろん二人は返事をしない。

さっきからぴくりとも動かず、ただ、ワイトの手元を黙って見ているだけだ。


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(M.A.I.N.基地・排気ダクト)


エミリンは、暗闇の中で水面にぷっかりと頭を出した。

慌てて周囲を見回すが、ジャンヌの姿が見えない。


「ジャンヌ! ジャンヌ!」 


大声で叫んでも返事はなく、自分の声がダクトの中に反響しているだけだ。


「ジャンヌ....ジャンヌ!!!! 嫌っ!ジャンヌ、返事して!!! そんなのいやっ! ジャンヌ」


「なにが嫌なのよ?」 


不意にジャンヌの声がした。振り向くとジャンヌの頭がそこに浮かんでいた。


「あああああっ、ジャンヌ! 溺れたかと思ったぁ!!」 


そう言いながらエミリンはジャンヌに抱きついた。ゴーグル越しで良く見えないが、きっと泣いているに違いない。


「私が泳ぎを得意なの忘れたの?」


「だってぇ...」


「あなた軽いから良く浮くもの。二人分のライフジャケットの浮力があるのよ、あなたを引っ張ったままじゃ潜れないでしょ? いったん水中に潜って工具でテープをカットしなきゃ脱出できなかったのよ」


「もう...心配したんだからぁ」


「はいはい。さあ、ここからが正念場よ」


二人はすぐに上部の集合地点に走る水平路まで浮かんでいった。

そこからは、水かさが増える勢いはいったん弱まり、他のダクトへと流れ込んでいくはずだ。

問題は、そこでどうやって入ってきた位置まで戻るかと言うことだ。

パイプは導水路の構造材として使ったので下に置いてきているし、そもそも足下を水が流れている状態では、行きがけに使ったようなパイプの橋渡しはできない。かがんだままジャンプして飛び越せる距離でもないし、一歩間違えば、また50フィートの奈落の底だ。


水平路まで浮かび上がった二人は、そこに這い上がると一息ついた。

とは言え休んでいる暇はない。すぐに起き上がって手前の垂直ダクトまで進む。

暗視装置の機能が落ちているが、ジャンヌが壁にマーカーで付けておいた印のおかげで、その少し手前で立ち止まれた。


足下の垂直ダクトには、轟々と音を立てて滝のように水が落ちていく。

もう一度ハーネスを締め直し、吸着テープをダクトの垂直面に注意深く貼り付けた。今回はさっきの教訓を生かして、タイミングが来たら最初からテープ自体を切り裂いて脱出する前提だ。


水が十分に増えて、この垂直ダクトを完全に埋め尽くすまでは、ここで流されないように踏ん張っていないと、水と一緒に落とされてしまう。


水が垂直ダクトの『根』をいっぱいに満たした段階で、ようやくそこを浮かんで渡ることができるのだが、さっきの水の勢いでは、この水平ダクトを天井まで満たしてしまうのも意外と早そうだ。


しばらくそのまま待っていると、やがて垂直ダクトの下を覗き込んでいたエミリンが叫んだ。


「上がってきたわ!」 


排気ダクトに流れ込んだ水が、下のどこかで防炎シャッターに遮られ、そこから溜まり始めてここまで水位が上がってきたのだ。


二人の足下を猛烈な勢いで流れ込んでいく水が、見る見る水かさを上げて垂直ダクトのなかを登ってくる。脚にかかる水の流れの強さは、まるで大河の浅瀬に立っているようで、もしも腰に巻いたハーネスの支えがなかったら、何かにつかまらずには立っていられないほどだった。


「じゃあいくわよ。せーの」 ジャンヌが合図して吸着テープをカットする。


と、同時に二人の体はもつれ込むように水中に倒れ込んだ。


ライフジャケットのおかげで沈むことはないが、渦巻く水にくるくると体を翻弄されてしまう。なんとか体勢を建て直したときには、すでに垂直ダクトの『向こう岸』に打ち寄せられていた。


一本目のダクト満たした水が、次の獲物を求めて先へと流れ込んでいく。

あと二本、同じようにして垂直ダクトを渡りきらなければ、入ってきたマシンルームには戻れない。急流の中でなんとか立ち上がった二人は、よろめきながらも急いで次の垂直ダクトへと進んでいった。


もしもワイトの計算が間違っていて、水が集合管の上に溜まる前に、防炎シャッターが途中で水圧に耐えられなくなって壊れてしまえば、十分な水流をM.A.I.N.中枢のフロアに流し込めなくなる。


そして、その場合は二人が垂直ダクトを渡ってワイトの待つ部屋に戻る方法もなくなり、すべての苦労が文字通りに『水の泡』だった。


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(M.A.I.N.基地・資材置き場)


まずアクラが異変に気付いた。かすかだが聞きなれたノイズと言うかパターンが高速で通路の向こうからやって来る。


「オマル、始まったらしい」 


そうオマルに告げて主通路の奥を注視していると、エミリンのドローンが飛んできた。


「そうきたか! これが合図ってわけだ」 オマルは面白そうだ。


「アクラ、聞こえるか?」 ふいにトーキーからワイトの声が響いた。


「ワイト? トーキーが使えるのか。もう近くまで戻ってきているかい?」


「いや、ドローンの通信リンク中継機能を使っている。通路の中間地点にエミリンのドローンをもう一機飛ばしてトランスポンダにしているのだ。前に教えた通路のパターンは覚えているか?」


「大丈夫だと思う」


「よし、では最終地点のヒートパイプ制御機器の部屋まで来てくれ。君がここに着くまでには、ジャンヌとエミリンも戻ってきているはずだ。念のために、このドローンを追ってきてくれ」 


ワイトが喋り終わると、ドローンがターンして通路を引き返し始めた。


「わかった。すぐに行く」


そう言って体を起こしたアクラに、オマルが問いかける。


「待て、あれはどうするんだ?」


「え?」


オマルが前腕で天井部を指し示していた。光ファイバーの通っているダクトだ。


「そのままでいいと思う。僕らはワイトを信じてここまで来たんだ。それにワイトが僕らに嘘をついているとしたら、そもそもあれを壊したって何の意味もないはずだよ」


「君がそう言うならそれでいいだろう。じゃあ、二人を頼んだ!」


「よし、行ってくる!」


そう言い終わったときには、アクラはすでに主通路に飛び込んでいた。

オマルは初めて見るアクラの全力疾走に目をむく。さしてその後ろ姿を追う暇もなく、アクラのシルエットは通路の闇の中に消えていた。


「なんだあれは...まるでジェット戦闘機だな。あれじゃ普通のメイルはプロペラ機もいいところだ。あんな奴を同じメイルと一括りにしてどうする?」


そう独り言を言ったあと、不意にオマルは自分が『飛行機』を比喩に出していたことに気がついた。


もちろんメイルとして生きてきた中で飛行機と言うものを見たことも意識したことも、これまで一度もなかったのだが、なぜか、ずいぶん懐かしいイメージだという気がする。


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(M.A.I.N.基地・排気ダクト)


ジャンヌとエミリンは濡れ鼠のようになりながらも、ようやく最後の垂直ダクトを渡りきった。


全力で入ってきた機械室のハッチめがけて中腰で走っていくが、凄い勢いで水かさを増してくる水流に足もとを取られてなかなか進めない。

水流の早さに気がついたジャンヌが、エミリンのライフジャケットの首元をぐいっとつかんで自分と一緒に床に倒れ込ませた。


「いくわよエミリン、頑張って!」


うつぶせになった二人はライフジャケットの浮力で浅瀬に浮いたようになり、ハッチに向けて猛烈な勢いで流されていく。


最初にジャンヌがハッチから流れ出た。

すぐに続けてエミリンが「おおおおおっー!」と素っ頓狂な声をあげながら大量の水とともに部屋の中に転がり込む。


「いったぁー...」 


エミリンは尾てい骨をしたたかに打ったようだ。

ジャンヌも左肩を打ち付けたが、大した打撲ではなかった。


「お帰りジャンヌ。お帰りエミリン。首尾は上々のようだ」 


ワイトがいつも通りに冷静な口調で言うが、その足もとにはハッチから轟々と水が流れ落ちて渦を巻いている。


「ハッチを閉めなきゃ!」 


ジャンヌが水が流れ落ちてくるハッチを見ていった。


「二人はフギンとムニンに乗って外に出てくれ。私がこれを閉める」


「でも...」


「急いで。時間がない」 


ワイトは強くそれだけを言って部屋のシャッターに歩み寄った。

ジャンヌとエミリンがフギンとムニンのシートによじ登ると、フギンとムニンはすぐに立ち上がり、急いで部屋の外を目指した。


「エミリン、ドローンを三機借りて飛ばしてある。一機は囮として捨てた。一機は中間地点でトランスポンダーとしてホバリング中。もう一機はオートでアクラをここまで先導してくる。主通路のシャッターのところまで戻って、私が追いつくか、アクラが迎えに来るのを待つんだ。

もし、先にアクラが来たら、私を待つ必要はない。そのまま行ってくれ。ここにも武装エイムがやって来る可能性はある。急ぐんだ」


ワイトは通路に出た二人にそう告げると、中からシャッターを閉じてハッチのところに戻った。


「とりあえずワイトに言われた通り、私たちは主通路のシャッターのところまで戻りましょう」


ジャンヌがそう言ってフギンに声を掛けた。エミリンも大人しく従い、ムニンを通路に進ませる。


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(M.A.I.N.基地・地下通路)


アクラはドローンを追って廊下を走っていた。


ワイトに教えられた大体の位置関係は覚えているが、自分で知覚した座標ではないので、正確なものではない。

だいたい数メートルとか数ヤードとか、そういう大ざっぱさだ。


ドローンもまあまあのスピードで飛んでいるが、マニュアル飛行ではなく、オートの帰還操作だとこの程度が限界なのだろう。

座標に確信がない以上、ドローンを追い越して勝手に進んでしまうのは不安だった。全速力とは言えないスピードなのを我慢しながら、ドローンの後ろを走っていく。


途中で数体の白メイルを追い越したりすれ違ったりしたが、とりあえずいまのところはまだ、攻撃的なそぶりを見せる個体はいない。


走り続けるアクラの耳元で、ふいにトーキーから待ち望んだ声が聞こえてきた。


「アクラ、聞こえる?」


「エミリン! 良かった、無事だったんだね! いまそっちへ向かってる」


「ええ、ドローンのカメラでアクラが見えてるわ。いま私たちはメンテナンス通路の入り口脇に向かってるの。そこで待ってる!」


「わかった! すぐに行くよ」 


そこでドローンのスピードが、グンと一段加速した。制御がオートからエミリンのマニュアルに戻ったようだ。


アクラも勢いを付けて、スピードを上げたドローンのあとを追った。


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(M.A.I.N.基地・機械室)


機械室の中には怒濤の勢いで水が流れ込んできていた。


一応、屋外での全天候活動を前提にしているメイルのボディは完全防水だが、さすがに水中活動を前提には作られていないし、この古いタイプの作業用メイルがどの程度のパッキン性能を維持しているのかもわからない。


万が一、動力炉の中に水が染み込んできたら、ワイト自身もアウトだったが仕方がない。

誰かがこのハッチを閉めなければ、十分な水量をダクト内に溜めることはできなかったし、ただの出入り口に過ぎない機械室のシャッターだけに、ダクトいっぱいに溜まった水圧に耐えることを期待するのは望み薄だった。


やがて流れ込む水は部屋いっぱいに溜まりはじめ、水位がワイトの足から上へと上がってくる。ハッチの開口部が水中に隠れるまで水位が来たときには、すでにワイトのボディの下側は水面に浸かりはじめていた。


そこまで待って、ワイトはハッチのプレートを押し下げてみた。

まだ強い抵抗を感じるものの、なんとかいけそうだ。


そのままボディの重さもかけるようにしてハッチを押し下げ、レバーを閉じた。

抜いていたボルトをもう一度締め直し、ハッチを完全に密閉する。

どうやらセーフのようだ。


ワイトは急いでシャッターを開けた。

部屋に溜まっていた大量の水が一気に通路に流れ出て、その勢いにメイルのボディですら足元をすくわれそうになる。


流れる水に押し出されるようにしてワイトが機械室から出ると、大量の水はどこかへ流れ去りつつある。


外からシャッターを閉めた後、急ぎ足でメンテナンス通路を進み、主通路へ向かっての曲がり角を過ぎたところで、それとぶつかった。


正確にはぶつかったわけではないが、ほとんど正面衝突寸前だった。


武装エイムだ。

つまり、M.A.I.N.はすでに異常発生を検知している。

だがエイムとぶつかりそうになったことで、改めてワイトは、自分にステルス塗装を施していたことを思い出した。


エイムがレーザーポートをこちらに向けようと頭を振ってくるのが見える。


ワイトはとっさに前腕を伸ばし、マニピュレーターで相手の前脚をつかんだ。

こちらは作業モードになっていたので重心が後ろにある。

そのまま相手の前脚を引っ張り寄せ、さらにもう片腕で相手の反対側の前脚をつかんでねじり寄せた。


エイムのボディが斜めに揺らぐ。

ワイトはそこに自分のボディの全体重をかけて乗りかかるようにして、相手を床に横転させた。

そのまま相手の上に乗り上がると、いったん相手の腕を放してマニピュレーターを自由にする。


エイムは、ほどかれた前脚をふるってワイトを押しのけようとするが、その隙にワイトは切断用のレーザーで相手の集合センサーを真横から焼いた。


エイムが避けようとするが覆い被さっているワイトの重さで自由に動けない。

ワイトはそのままエイムの集合センサーを焼き切り、さらにその内側へとレーザーを照射する。


やがて、ワイトを押しのけようと暴れていたエイムが、ぴくりと体を震わせたあと、動きを止めた。


ワイトは動きを止めたエイムの上から降りて、様子をよく観察した。上手くナノストラクチャーの主要回路を焼き切れたようだ。

エイムの集合センサーの後ろは装甲版で守られているが、その斜め下にわずかな隙間があることをワイトは熟知していた。


自分がこのエイムに検知されなかったのはアクラの処方してくれたステルス塗装のおかげだ。


だが、いかに自分の作業用メイルのセンサー機能が貧弱とはいえ、自分もまたこのエイムを直前まで感知できていなかったのも事実だ。

いまも、このエイムの電磁的な存在感は妙に薄っすらとしている。


「もし遭遇したときの距離がもっと離れていたら私は死んでいたな」 


ワイトはそうつぶやくと、ジャンヌとエミリンを追って主通路へ急いだ。


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(M.A.I.N.基地・地下通路)


ジャンヌとエミリンは主通路へ急いだ。

慌てて機械室を飛びだしたものの、よく考えてみれば二人は主通路までの経路をまったくわかっていない。


ワイトもそれをわかっているはずなのに、何の躊躇いもなく二人を送り出したのが不思議だったが、フギンとムニンは二人の指示がなくても、まったく迷うことなく進んでいく。


「そういうことね...」 移動の途中でジャンヌは理解した。


すでにワイトは、フギンとムニンが成すべきことを理解していると確信していたのだ。


後ろにいるエミリンはドローンの操作に没頭している。

アクラもまもなく合流できそうだ。

ジャンヌも、段々とあたりの様子に見覚えが出てきた。経路を暗記しようと必死になっていた入り口部分に近づいているのだ。


そして角を曲がると主通路への接続口が見えてきた。

真っ暗なメンテナンス通路の向こうに、うっすら白く見えるのは主通路の環境光に違いない。


そこで視界の中で段々と大きくなっていく白っぽいエリアが、ふいに塗りつぶされた。何かが通路をふさいだのだ。


真っ黒な通路に、黒い物体。

エイムだった。


脇道からエイムが出てきて通路をふさいだ。

遠くでエイムがゆっくりとこちらに頭を振り向けようとする姿が、まるでスローモーションのようにジャンヌの目に映る。


もうまもなく、あのエイムはレーザー砲の照準を自分に固定し、そして一瞬も迷わずに撃つだろう。

先に狙うのは上に乗っている自分だろうか? それともフギンの方だろうか? なぜかジャンヌは、『フギンが撃たれたら可哀想...』と考えていた。


そして次の瞬間に思わず叫んでいた。


「フギン! あれを撃って!」


ジャンヌの感じているスローモーションの中で、フギンが姿勢を低くしたのがわかった。

腰ががくんと落ちて、シートから揺れ落ちそうになる。

フギンは急激に体を下げ、胴体を通路の床面に擦りつけた。


そのまま床の上を滑るように進みながら頭を持ち上げ...レーザーを放った。


暗闇の中で真っ黒な塊のように見えていたエイムの輪郭が、フギンの放ったレーザーに照らされて一瞬だけくっきりと浮かび上がった。

ほぼこちらに頭を向け終わろうとしたところを、フギンのレーザーに貫かれていた。フギンの放ったレーザーは正確にエイムの首筋を穿っていた。


射撃を終えたフギンが再び体を持ち上げ、スピードを落とさずにエイムに近寄っていく。


エイムがかすかに動いた気がした。

フギンが再びレーザーを放つ。

エイムのシルエットが浮かび上がり、次の瞬間、がくんとボディ全体が床に崩れ落ちたことがわかった。


さらに近寄っていくと、ジャンヌにも暗視ゴーグル越しに、エイムの頭部から崩壊したナノストラクチャーの埃が吹き出しているのを感じ取れる。

フギンはエイムを見事に仕留めていた。


「フギン、撃てたわ....」 


エミリンが吃驚してドローンの操作を止めている。


「私もびっくりした....」 ジャンヌも同感だった。


自分でも無意識のうちに『撃って』と叫んでいたものの、本当にフギンに撃てると思っていたわけでもなかった。


「とにかく急ぎましょう。次が来たら危ないわ」


「うん!」


「エミリン、聞こえる?」 その時アクラの声がした。


「大丈夫。もうすぐ主通路よ!」


「僕はいま、主通路のシャッター前についたところだ」


アクラはいつの間にかドローンを追い越していたが、ほぼワイトに教えられた位置にシャッターが壊れて停まっている脇道を見つけ、エミリンたちが出てくるメンテナンス通路だと目星を付けていた。


「いま出るところ、あ、アクラが見えた!」 


グレーにぼんやりと光る出口に、アクラの顔が突き出されている。


アクラがこっちを向いて、そして叫んだ。


「伏せて!」


ジャンヌとエミリンが改めて指示するまもなく、即座にフギンとムニンが自分から足を折って姿勢を下げた。

その頭上をアクラのレーザーが走る。


エミリンが振り向くと、はるか後ろで一体の武装エイムが真っ二つに切断されていた。

そして、その後ろには硬直して立ち止まっているワイト。


だがワイトはすぐに動き出し、ジャンヌとエミリンに追いついてきた。


「驚いた。目の前にエイムが飛び出てきて、もう駄目だと思った瞬間に、相手はバラバラになっていた」 


ワイトの口調にも若干の興奮を感じるのは気のせいだろうか。


「危なかった」 アクラが答える。


「ありがとうアクラ」 


エミリンが言って、少しはにかんだ笑顔を見せた。アクラにもう一度会えたことがとにかく嬉しい。


だがワイトは二人の感動を意にも介さず、思わぬことを質問した。


「アクラ、いまのエイム達を事前に察知していたか?」 


「いや...言われてみると、通路から出てくるまで、はっきりとした姿じゃ無かったな。何か出てくるのは直前にわかっていたけど」


「やはりそうか。ここの武装エイム達は準ステルスだ」


「えっ、それで直前まで見つけられないのか。ここの空間の電波吸収素材のせいだと思っていたけど」


「それもあるが、エイム自体のボディにもステルス処理がされている。もちろん、アクラのようなアクティブステルス機能ではなく、私たちのボディに塗ってくれた塗料と同じような電波吸収性の簡易ステルスに過ぎないが」


「なんてこった。それはちょっと面倒だな。以前もムーンベイで電波反応の弱いエイムに遭遇したことがある。見つけられなかったわけではなかったし、その後は同じ状況に出会わなかったのであまり気にしなかったけれど」


「ステルス型のエイムはまだ配備数が少ないのかもしれない。グレイ自身もそのプランは全く把握できていなかったようだ」


その時、どこか遠くで何かが引き裂けるような不気味な音がした。続いて二回、少し間を空けて三回目の音。


ワイトにはそれが何の音かすぐにわかった。


「防炎シャッターが水圧に負けた。これからM.A.I.N.中枢のハードウェアブロックに水がなだれ込んでいく」


「私たち、やれたの?」


「恐らく。結果がわかるにはもう少しかかるが、とにかく急ごう」


アクラ、ワイト、それにエミリンとジャンヌを乗せたフギンとムニンは、資材置き場へ向けて走り出した。


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主通路を走り抜けていく一行を撃破しようと、左右からエイムが出てきはじめている。


即座にエミリンはドローンを前後に振りわけた。

アクラがレーザーを放って遠距離のエイムを殲滅していき、エミリンはドローンのカメラとセンサーに注意して、直近で左右から出てくるエイムと、後ろから追撃してくるエイムを撃破していく。

まったく会話も交わしていないのに、その役割分担ができ上がるには三秒も必要としなかった。


脇道の一つを一行が通り過ぎた瞬間、エイムが直後に飛びだそうとしてきた。


エミリンのドローンは後ろに下がりすぎている。

通り過ぎざまに横目でエイムを視認したジャンヌは、フギンに叫んだ。


「フギン、後ろに来るわ! 撃って!」


フギンが足をたたんでボディを床に擦りつけた。

そのまま片足だけを支点に押さえつけ、くるりとボディを回す。

これがMAVならスピンターンとでも呼ぶところだ。


体全体は前方へ滑らせながら真後ろを向いたフギンは、そのままの姿勢で頭を巡らしながらレーザーを連続照射し、主通路に出てこようとした二体のエイムを撃破した。

射撃を終えると、再び足を支点にボディをくるりと回転させて前を向く。

レーシングドライバー並みの見事な手際だったが、上に乗っていたジャンヌは急激なスピンに目を回しそうだった。


「偉いわフギン! あなた素敵よ!」 


それでもジャンヌは、ふらふらになりながら気を取り直してフギンを誉める。


資材置き場までは、あと1マイルを切った。


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