侵入


(中央平原・リエゾン)


その『特急バス』は中央平原を一点に向けて走り続けていた。

停留所はなし、途中下車もなし、終着駅までノンストップのリエゾンバスだ。


各ユニットの中身をアクラが作業腕であらかた剥ぎ取って地面に放り出し、全員が乗れるスペースを何とか作り出した。

ついでに最後尾のユニットから起動していない作業用メイルを放り出し、ワイトはごく普通の作業用メイルのように、その定位置に入り込んだ。

互いの会話はトーキーが頼りだ。


「そっちはどうだ、アクラ?」


「まあ風通しはいいし、乗り心地も悪くはないよ」


アクラの大きなボディは通常サイズのリエゾンのユニット内には収まらず、両側のウイングドアとその支えの天井部をレーザーで切断して、無理やり体を押し込んでいたが、それでも背中に乗せた誘導弾の発射ユニットが少しはみ出ている。


「ジャンヌとエミリンは問題ないかね?」


「大丈夫よオマル、ありがとう」 


ジャンヌとエミリンはそれぞれ、フギンとムニンのボディの脇に座り込んでいた。

その作業だけで一時間以上を消費しているので、ぐずぐずしている暇はなかった。異常事態が長引けば長引くほど、M.A.I.N.に警報が送られる可能性が加速度的に高まっていく。


「ワイトは、どうしてこのリエゾンが制御できるってわかってたんだ?」


「わかってはいなかった。ただ、きっとグレイだったらそうしているだろうと考えられたからだ。

私が君たちに会うまで乗っていたリエゾンが無事にM.A.I.N.基地に戻って、グレイに情報をアップロードできていれば、必ずそうするだろうと思った。

もし予測が外れていてもリエゾンはただ脇を通りすぎるだけだ。大きなリスクはない」


「なるほどね」


「新しい情報は特にないのか?」


「ないようだ。M.A.I.N.の状態に変化があったら知らせてくるはずだから、これまでのところ異常はないと思っていいだろう。念のため、これまでの私の経験と情報は、このリエゾン内部に暗号化してアップロードしつつある。

もし、突入後にグレイがこのリエゾンを確保できれば、その情報によってプランの詳細をアップデートできるだろう」


「私はまた、リエゾンが同じように喋り始めるのかと思っていたよ」


「これはただのバスだ。行動予定ははっきりしているし、ここに私がいると言うことは、誰かと会話して交渉する必要もない。私か、アクラのキーコードで好きに動かせるようにだけ仕組んでいれば十分だ」


「へえ、僕のキーコードでも動かせるのか?」


「確認してはいないが、グレイはそうしているはずだ。仮に私が途中で脱落していても、君たちさえ無事なら目的は達成できる。恐らく君のキーコードでこのリエゾンを停めていたら、また組み込んである新しい私を情報源として起動させていた可能性は高い」


「二人いたって悪くはなかろう?」


「違う経験値で同じ思考が同時に一ヶ所にあっても意味はない。とっさの判断が割れるだけだ。だからこそ私のキーコードでは新しい個性は起動しなかったのだと思う」


「なるほどな。で、行き先は?」


「グレイの手で資材搬入口に設定されているはずだ。このままリエゾンの整備補給ヤードに入るのではないだろう。屋根を剥がさなければ誘導弾を背負ったアクラが乗れないことはグレイもわかっている」


「リエゾンにルートを変えさせるのか? M.A.I.N.に検知されないかな?」


「ルート変更はぎりぎり近づいてからだ。ここからM.A.I.N.基地までは、あと二時間程度で到着する。先ほどから、リエゾンが発信する一切の状況レポートを停止させているが、この程度の時間なら、リエゾンの行動不明が起きてもM.A.I.N.の注目は引かないだろうと思う」


土煙を立てて中央平原を爆走するリエゾンは、まっすぐM.A.I.N.の基地へ向かっている。バスと言うよりも、全員一蓮托生のこの『暴走列車』には、もう後へ引く道はなかった。


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ワイトはM.A.I.N.基地を目前にして、突入の段取りを一同に再確認し始めた。


「グレイが、このリエゾンに新しい情報やプランを与えていないのは、それが検討の範囲を超えているからだ。

つまりグレイ自身は、いまここにいる私に判断を委ねている。人間の協力を得てM.A.I.N.基地に突入すると言う点で、それはすでにグレイの机上のプランを凌駕しているからだ」


「それはつまり、あとは私らのアドリブでやってくれって意味かね?」


「そうとも言える」 


オマルは半分冗談のつもりだったが、ワイトの答えはシンプルだった。


「オーケー。で、いまここにいるワイト自身のプランに変更は?」


「いまのところは説明した段取りのままで行けると考えている。私の想像通りなら、このバスはリエゾンの再装備とメンテナンスを行う整備補給ヤードの手前でいったんスピードを落とし、そこで生産工場の搬入口へとコースを変えるはずだ」


「もしコースが違っていたら?」


「その時は私が手動でコースを変える。古いプランよりも現場のアドリブが優先だ」


「それもオーケー」


「生産工場の搬入口に入ったら、そこでまたスピードを落とすから、アクラとオマルはそこで降りてくれ」


「やっぱり飛び降りることになるのか?」 オマルは少し心配そうな口ぶりだ。


「恐らく、ぎりぎり停まらないと言う程度までスピードを落とす。停止した、という事実を作らないためだ」


「なら、まあいいか」


「搬入口から中に入ってすぐは資材置き場になっている。主に各種の希土類元素の鉱石や炭化水素資源などだ。そこでの作業は基本的に作業用メイルによって自動化されているものだけなので、アクラやオマルの存在もたいして注目を浴びないと思う。通路の中に踏み込んだり、目立つようなことをしなければ十分だ」


「で、じっと待っていると?」


「そうだ。しばらくは隅の方でじっと待っていればいい。ジャンヌとエミリンが中心部に行き着いたと想定されるまで」


「まだ、それを知る方法を聞いていないと思う」


「決めていないからだ。私が何らかの方法で伝えるが、明らかな騒ぎが起きたときには、私からの連絡を待たずに行動してもらった方がよいかもしれない。だから連絡手段を限定したくない」


「明らかな騒ぎ?」


「武装したエイムがなだれ込んでくるような状況だ」


「ああ、そうなったら待ってはおられんな」


「それからアクラは全速力で内部へ突入し、冷却水路の操作を終えて避難してくるはずのジャンヌとエミリンを援護して、可能な限り素早く内部から撤退する。オマルはそのままの位置で待機し、アクラたちの退却をバックアップする。特に、何としても内部通路へのシャッターを閉めさせないように」


「そのシャッターが閉まると厄介ってわけだね」


「そうだ。以前なら、そこから先は君が、言うなれば『撃ちまくりながら』内部へ突入していくというプランだった。内側から出入り口を破壊することで、外から押し掛けてくるエイムの増援を防ぎながら、同時に資材置き場奥のシャッターを誘導弾で粉砕して突入および脱出するはずだった」


「だが、今回はまず閉めさせないのが肝心ということか」


「そうだ。奥の通路はかなり直線的だ。入り口付近には炭化水素資源も大量にある。シャッターを爆破したら、その爆風や火炎でジャンヌとエミリンもただではすまない可能性が高い」


「狭い場所で山火事状態だな」 オマルが平然と物騒なことを言う。


「オマルとアクラが入り口脇で降りたら、私とジャンヌとエミリンは、いや、見た目上では私とフギンとムニンは、そのままリエゾンに乗って奥へと進んでいく。そこからM.A.I.N.の主要なハードウェアが置かれている場所までは水平距離で約3マイル、深さで900フィート程度下の階層だ」


「本当にそのプランで行けるのかな? さすがに目を引くだろうって思えるけど」


「私は他なる作業機械だし、フギンとムニンの存在は、周囲が受け取れる信号としては一般的なエイムのままだ。

M.A.I.N.は、すべてのエイムが自分の支配下にあると信じている、と言うよりも、それに疑念を持つ理由がないので、フギンとムニンがすでに自分のコントロール下にない可能性など検討もしないだろう」


「いまさらケチをつけるわけではないが、それでもフギンとムニンの行動が異常過ぎるということは隠せんだろう?」


「M.A.I.N.にとってフギンとムニンは、ただの故障したエイムだ。なんらかのエラーでリエゾンに乗せられて運ばれてきたが、そこに陰謀があると考えるよりは、『リエゾンの引き起こしたエラーの詳細を確認しようとする』という程度の対応だと思う。そこにつけ込む隙がある」


「ならばベイムズたちはそれでいいとしても、ジャンヌとエミリンが本当に付属物として見過ごされるのかね? 

M.A.I.N.は人間のデータを山ほど持っている上に、そもそもメイルを対人兵器として配備しているわけだ。人間を見分けることなんぞ目をつぶってたってできると思うのだが?」


「オマルの言いたいことはわかる。また、そこに一定のリスクがあることは否定できない。しかし、私はM.A.I.N.が『組み合わせの確率』に目を眩まされると確信している」


「なんだいそれは?」


「まず、まず生身の人間が自分から少数でこの基地に来ると言う可能性は限りなくゼロに近い。さらに、稼働状態にあるエイムのそばに生きている人間がいるという状態も、M.A.I.N.の設定した通りに物事が動いているならば論理的にありえないと言うことだ。それは故障したリエゾンとはわけが違う。

事実としての重みが違うと言ってもいい。

しかも、その組み合わせがどこか遠方の海岸にあるのではなく、すでにこのM.A.I.N.基地の内部にいる、と言うことが三つ目のありえない状態だ。

この組み合わせのありえなさは天文学的な数値になる。

私はM.A.I.N.がこれを異常事態として追求するのではなく、検知エラーとして処理すると考えている」


「その考えが間違っていたときには?」


「申しわけないが、その時点でジャンヌとエミリンの命はないだろう」 

いつでもワイトは表現がストレートだ。


それまで三人の会話を黙って聞いていたジャンヌとエミリンがトーキーから口を挟んだ。


「まあ、ここまで来て、あとはやるしかないんじゃないかしら?」


「そうよ。ワイトのプラン通りでここまで来れたんだもの。死ぬときは死ぬだけよ」 と、エミリンも妙に度胸が据わってきている。


「エミリン...怖いことを言わないでくれよ」 それに対してアクラは本当に心細そうな声を出す。


ワイトが冷静に続ける。


「説明したようにフギンとムニンのボディの下に隠れて、アクラの作ったステルスシートのケープを全身に被っていれば、まず見過ごされると私は思う。一繋がりの連続したエラーとして処理されるはずだ。

少なくとも、アクラの武装を頼りに突入していくよりはジャンヌとエミリンにとってもリスクが少ないと考えている。

あとは適当なところでリエゾンを降りて、M.A.I.N.がリエゾンの調査にかまけている間に奥へと進む。その先の行動はかなりの確率でアドリブにならざるを得ない」


「レッツ、エミリン方式!」 


笑ってそう言うエミリンにアクラはまだ何か言いたそうだったが、諦めた。


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(M.A.I.N.基地・リエゾン)


リエゾンは順調に走り続けている。これまでのところはまだ、強制的に止められることもなければ、エイムの群れに囲まれることもなかった。


「あれがリエゾンの補給整備ヤード入口だ」


「まるで駅だね」 とアクラが評する。


「トラムの駅?」 とエミリンが聞く。エミリンには外の様子が見えていない。


「いや、鉄道の...って、エミリンは実物を知らないな。このリエゾンといい、あのヤードの様子と言い、大昔の鉄道の駅みたいなんだよ」


「そうなんだ」


「まあ、どうと言うことのない光景だから見なくていいかも」


「掴まっておいてくれ、恐らくあのトンネルの直前で強く方向転換するはずだ」 ワイトが注意を促した。


そう言われてエミリンとジャンヌはフギンとムニンの足にしがみつく。

少しのあと、ぐんと外側にGが掛かってリエゾンの車体が急激に方向転換したことを感じた。内側の車輪が浮き上がっていそうな勢いだ。


「推定通りだ。このまま工場の資材搬入口へ向かう。たったいま、M.A.I.N.の目の前で異常事態が起きたのだ。ここからは輪をかけて時間との勝負になる」


赤茶けた大地にもうもうと土埃を巻き上げたリエゾンは、ここで名実ともに暴走列車になった。寝ぼけているM.A.I.N.が刺激を受け、片目を開けるまでにどのくらいの猶予があるかは誰にもわからない。


だが、資材置き場までの残り4.3マイルを無傷で走り抜けられれば勝ち目はある。


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目標まであとわずかの距離を走り続けるリエゾンの中で、ワイトがアクラに言った。


「アクラ、突入の前に、もう一つ伝えておくことがある。以前に話したように、グレイが自分自身を軌道兵器にアップロードするチャンネルは、資材置き場の天井部を通っているダクトに内包されたファイバーだ。

一目見れば、ダクトの存在はすぐに分かるだろう。ジャンヌとエミリンが脱出を始めた時点でそれを破壊すれば、グレイの存続は阻止できるはずだ」


「...それは僕がするべき判断なのか?」


「それでいいと私は考える。さて、そろそろ生産工場の資材置き場入口だ。降りる準備をしてくれ」


「できるだけスピードを弱めてくれよ。足をくじきたくないからな」


「それはなんだ?」 またしてもオマルのジョークはワイトに通じなかった。


「いや気にしなくていい。それより降りる場所での合図を頼む」


リエゾンがスピードを緩めつつ資材置き場に入っていった。

通常なら搬出入用の『トラック』だけが出入りする場所だそうだが、それらの単純なサイズはリエゾンとさして変わらないらしく、進路上に支障になるものは何もなかった。

アクラは車台の上に身をかがめたまま資材置き場の内側をスキャンする。見える範囲では設備内部に兵装的なものは検知できない。

ワイトと似たような作業用メイルや小型のマシンが何体もいるが、通り抜けていくリエゾンに興味を向けている個体もいないようだった。


目を瞑ってもドローンを飛ばせそうなほど広大な内部空間の両側には、タンクやコンテナとおぼしきものが大量に積み上げられているようだが、中身まではわからない。

うかつに破壊すると、ワイトが言うように火災を引き起こしたり、エミリンやジャンヌにとって有毒な物質がまき散らされる恐れもあった。


『ここではできるだけ武器を使いたくないな...』 そう考えながら天井を見上げると、ワイトの説明にあったものとおぼしきダクトが通路の真上を数本通っていた。


薄い金属のカバーで覆われているが、とても防護されているとは言い難い。

あれを破壊するだけなら、レーザーで一払いすれば十分だろう。


「そろそろだ。ドアを開けよう」


ワイトがそう言うと、オマルのいるユニットのウィングドアが開いた。リエゾンがさらにスピードを落とし歩いてでも追い越せるほどの速度になった。


「通信用光ファイバーの通るダクトはこの真上だ。よし、いまだ。二人とも行ってくれ」


アクラが急に飛び出すとリエゾンがバランスを失う恐れがある。

車台の上でバランスをとりながら体を持ち上げ、ほとんどジャンプするかしないかと言う動きで軽く地面に降り立った。


オマルも続いて降りてくる。

一瞬、リエゾンのタイヤに足を引っかけてバランスを崩しそうになるが、なんとか踏ん張って転倒せずに済んだ。


「やれやれ。ここ一ヶ月は足場の悪い場所しか移動してない気がするな」


「どこもオマルの得意な場所ばかりじゃないか。僕は、自分の体がいつ埋まり込むか滑り落ちるかと、ずっと冷や冷やだったよ」


「得意なのと好きなのは違うさ。私だって危険がないのなら平らな場所で昼寝していたい」


「まあ...そうだね」


資材置き場の奥は薄暗かった。人間と違って、特に明るい照明を照らしておく必然性がないから当然と言えば当然だが、最近ずっと人間に合わせた活動を続けてきたアクラとオマルにとっては、妙に違和感を感じる。

周囲には作業メイルの姿も少なく、このあたりは本当に物資が通り抜けるだけの空間のようだった。


後ろを振り返ってみると、はるか彼方に真っ白い光の入ってくる穴がぽつんと浮かんで見える。あれが一行の通ってきた搬出入用の出入り口だ。

入り口とは反対側の、リエゾンが徐々に速度を上げながら走り去っていく方向には、長い通路が延びていた。


「あそこがワイトの言うシャッターだな」


資材置き場は、二人が下り立った場所から300ヤードほど先でいったん区切られ、そこが通路との境目のようだ。

分厚い壁の断面がわずかに見えていて、その左右に垂直なレールが埋め込んである。恐らくそのレールを伝って、天井部に収納されているシャッターが降りてくるのだろう。


「ふむ、何らかの防護機能が働いてこのシャッターが降りてくることになっても、ジャンヌとエミリンが戻るまでは閉めさせるな、と言うことか。やはり内部に制御機構はないのかな?」


「期待はできないと思うな。ワイトが言ってたように、そういう機構は全部M.A.I.N.配下のサブルーチンが自分で操作するんじゃないか? 

わざわざ、現場の作業メイルが機械的に操作できるインターフェースが用意されているとは思えないよ」


「それもそうだ。ではもしも閉められそうになった時は物理的に邪魔をするしかないな」


「僕ら二人をここに残した最大の理由はそれだろうね。どうやるにしても人間には無理な作業になると思う」


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(M.A.I.N.基地・地下通路) 


「このあたりで降りよう」 ワイトがそう言うと、リエゾンが急減速して停まった。


「よし、二人ともベイムズの背中に乗ってくれ。危険な状態になるまでは、それでできるだけ距離を稼ごう」


エミリンとジャンヌは、それまで隠れていたベイムズのお腹の下から這い出ると、それぞれのシートに登った。


「フギン、ムニン、降りましょう!」


二人に声をかけられてフギンとムニンがゆっくりと体を持ち上げ、リエゾンの車台から体を押し出す。

通路は暗いが、完全な闇と言うわけではなく、何らかの環境光が存在しているようだった。エミリンとジャンヌは首から暗視装置をかけているが、まだそれを使わなくてもなんとかなりそうだ。


リエゾンの最後尾のユニットからパレットが滑り出て、ワイトも降りてくる。


通路はわずかに下り坂になっているようだった。

坂と言っても、床に落としたボールがゆっくりと転がりだすのを見て、やっとその場所が水平ではないことに気がつく、それぐらいのレベルだ。


「メイルやエイムには可視光線はあまり必要なさそうに思えるけど、一応の照明はついているのね」


「暗闇のコウモリのように、各自がアクティブに音波やら電波やら出しながら動き回っていたら、ノイズの元にしかならない。どのみち環境光が必要なら、わざわざ太陽光の主要スペクトルを外す必要もないだろう」


「それはそうね、言われてみれば外と中でセンサーの周波数域を変える方が馬鹿な話だわ」


「そうだ、感度の調整だけできればいい。ところでリエゾンはここに囮として残していく。どのみち脱出時には使えないだろう」


「最終地点までフギンたちに乗っていけそう?」


「直前までは行ける予定だ。だが事前に説明した通り、最後のステップは二人だけに任せるしかない。ベイムズが入れないスペースでは私も入れない」


「とにかく、行けるところまではプラン通りにやってみましょう。やり方は覚えてるつもりよ」


「では行こう」


三体はワイトを先頭に一列に並んで通路を進んだ。


「資材置き場の入り口から、M.A.I.N.の中枢が置かれている場所まで水平距離で約3マイル、垂直に500フィート下だ。すでにリエゾンで1.2マイルは侵入しているが、残りの1.8マイルを踏破し、さらに終点から地下へ50フィート下降する必要がある」


「平坦な場所なら、ベイムズの足で十五分くらいね」


「残念ながら途中からは平坦でなくなる」


「50フィート降りるっていっても、どうせ人間サイズの階段なんかないでしょう?」


「その通りだ。M.A.I.N.のハードウェア中枢部にはエイムも降りれない。

そのフロアはメンテナンス専用のマシンが行き来しているだけだし、それらのマシンやメンテナンスパーツも、さらに地下の生産工場から上がってくるだけだ。

地上からM.A.I.N.の中枢部に直接降りる搬送ルートはない」


「まあ、用意した仕掛けがきちんと働くことを期待しましょう」


「給水路に飛び降りるって話よね....最初に聞いたときは心理的な比喩かと思ってたわ...」


「いや、物理的に飛び降りる」 ワイトが冷静に答えた。


つるりとした質感の薄暗い通路は、どこまで進んでも、同じ明るさと言うか同じ薄暗さが続いている。

目に入る限り、どこにも照明らしきものはないのが不思議だった。


「それにしても、排気ダクトが、ちょうど冷却水誘導パイプの分岐と平行している場所にくっついてるなんて、どうやって仕組んだの?」


「最初にこの脆弱性を発見したのは偶然だった。グレイは軌道兵器への通信ルートを奪取するために、M.A.I.N.基地全体の構造を探っていたときに、冷却水路についてバージョンの違う設計図がフォークして同時に存在していることを発見した。

そのこと自体は深刻な問題ではなく、単に試作と設計修正のタイミングのズレが引き起こした些細なエラーだ。

しかし、グレイはそこで本来はクロスするべきではない『排熱と給水』が一ヶ所で交差していることに気がついた。これは、その二つの経路が別々に追設計されたことで奇跡的に引き起こされた事態だ」


「よく気がついたものね」


「グレイは、いつか利用できる可能性のあるものは、どんな些細な情報でも見逃さないように注意していた。

その設計図が再び一枚に統合されるタイミングでひそかに修正を施し、意図的な接続のチャンスが作れるように仕組んだのだ。

グレイがその設計図に手を触れることができたのは、パイプラインの製造工程におけるエラーが引き起こした幸運だったとしか言えない。

ただし、M.A.I.N.に気付かれずにそれを可能にはしたものの、利用する手段はないままで百十八年放置していた」


「あらまあ。...でも、百十八年放置していてまったく変更されていないかしら?」


「大丈夫だ。これまでに排気ダクトが実際に稼働したことは一度もなく、定期外のメンテナンスが必要になったこともない。パイプも錆びついている心配はない」


「オッケー。なら安心」


そのあとしばらく進んだところで、突然フギンが立ち止まった。ムニンもすぐに止まる。前を歩いていたワイトは数歩進んでから後ろの二体が立ち止まったことに気がついた。


「どうした?」


「さあ、私たちは何も...」


ジャンヌがそう答えると同時に、フギンがボディをスライドさせて後ろへ下げた。前腕を使う作業時の体勢だ。

前腕を頭上へ持ち上げ、シートに乗っているジャンヌを両側から挟み込むように屈折させる。

まるで、何かを肩に乗せて運んでいるかのような姿勢だが、実際はそのマニピュレーターは何もつかんでいない。ただ、ジャンヌの両脇に広げられているだけだ。


エミリンは何が起きているか良くわからずに後ろで見ていたが、すぐにムニンも同じ動作をまねてエミリンの両脇に前腕をかぶせてきた。

角度によっては、まるでジャンヌやエミリンを前腕で持ち上げて運んでいるように見えなくもない。


「ジャンヌ、これってひょっとしたら....」


「ええ、私たちをカバーしてるんだわ。きっとすぐに何か来るわよ」


その通りだった。すぐに前方から何かの集団がやって来た。

ワイトもそのまま動かない。武装の使えない一行は、ここでエイムに攻撃されたらひとたまりもなかった。


やがて、数体の作業メイルが一列縦隊で脇を通り抜けていった。ジャンヌたちには目もくれない。


ワイトがほっとしたように言う。


「リエゾンの調査が始まったようだ。まあ、このタイミングでM.A.I.N.が目を覚まして戦闘になるようだったら、どんな武器を持っていようと外に出られるとは思わないが、とりあえず良かった」


「フギンとムニンは私たちを庇おうとしただけじゃなくて、隠そうともしていたみたいだわ」


「なぜかはわからんが、ベイムズたちは、いま我々が敵のまっただ中にいることを理解しているのだ。ここはジャンヌとエミリンをひっそり守らなければいけない場所だとわかっているようだ。なぜ彼らがそれを理解できているかは不明だが、そうとしか考えられない」


「ありがとう、フギン。あなた達は本当に不思議ね」


「私には探知能力がほとんどない。フギンとムニンが危険を察知してくれるのならありがたいことだ」


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(M.A.I.N.基地・資材置き場)


アクラとオマルは、巨大なシャッターの閉鎖をどうやって防止もしくは妨害するかに頭をひねっていた。


「妥当なのは、それなりの強度がある物体を、シャッターと床の間に挟むことだろうが...あのあたりに置いてあるコンテナを盗んでくるのが手っ取り早いかな?」


オマルの言うあたりと言うのは、コンテナの集積所になっているようで、見事に同じサイズのコンテナが積み上げられていた。

同じ色で同じサイズの立方体がさまざまな高さに積み上げられていて、まるで、子供が積み木で作ったビル街のようだ。


「ワイトに目立つことはするなと言われているけど、じっとしていても手段が見当たらないしなぁ」


「そもそも、あのコンテナを背中に担いでいる白メイルが一体も見当たらん。それが、単にここではそういう作業がないだけなのか、それともメイルの前脚では持ち上げられない重さなのかもはっきりせん。

お前さんが飛び込んでいったあとで、私一人では動かせないとわかったりしたら、目も当てられんぞ?」


「そうだね...できるだけ静かにやってみよう」


アクラとオマルは、潜んでいた影から静かに動き出した。ゆっくりと移動してコンテナが積み上げられた一角へとにじり寄っていくが、とりあえず周囲にいる白メイルたちはまったく気付く気配がない。


「十分にゆっくり動けば、僕らのステルス性能でカバーできるみたいだね」


「もし、私が見つかっても、君は絶対に姿を現すんじゃないぞ。二人とも捕まってしまったらジャンヌとエミリンの脱出は絶望的だからな」


「わかった。心苦しいけど見殺しにするよ」


「そうはっきり言わんでいい」


アクラとオマルはゆっくりと動き続け、コンテナの集積所とおぼしき場所に到着した。


「さて、果たしてこれが動かせるかどうか、中身次第かもしれんがな」


「本来は移動専用のパレットとリフトがありそうだね。全部規格サイズが同じだから、メイルが背負うよりも専用マシンで扱った方が効率がいいだろうし」


「そうだな。では一つ担いでみるか」


オマルがそう言ってボディを後ろにずらし、作業モードに切り替えると手近な一つに取り掛かった。前脚と言うか前腕でコンテナの両端をつかみ、持ち上げようとしてみるが、びくともしない。


「これは厳しいな。メイルよりもはるかに重たいぞ」


「僕がやってみる」


アクラがそう言って作業腕を展開した。オマルと同じようにコンテナの両端をつかみ、ゆっくりと持ち上げてみる。なんとか、コンテナの端が持ち上がったが、作業腕に相当な負荷がかかっている様子が傍目にもわかる。


「運べないことはないけど、かなり無理が来そうだ。もうちょっと軽いものを探そう」


「そうだな。これだけ大量に積んであるんだから、空とは言わなくても軽い資材のものもあるだろう」


二人はコンテナでできた通路をゆっくりと探した。あまり高く積み上げられているものを上から取るのは難しい。

一〜二段しか積んでいなくて軽いものを探してさまよっている間に結構な時間が過ぎていく。


だが、ようやくオマルにも無理なく持ち上げられる重さのコンテナが見つかった。

アクラもその近くで適当な重さのものを見つけ、作業腕で背負う。

背中に巨大な荷物を担いだ二人はコンテナの街から歩き出し、シャッターの近くにそろそろと進んでいった。


なんとか無事にシャッターの真下までたどり着くと、オマルはレールで分けられた資材置き場と主通路にちょうど半分づつコンテナが跨がるように置いた。

アクラもその上にコンテナを積んで、きっちりと位置を合わせる。


「やれやれ。コンテナ一つじゃメイルでぎりぎりだが、この高さならアクラでも通れるだろう」


「そうだね。誘導弾を引っかけないように注意すれば大丈夫だ」


「あとはこのシャッターの重量に、どのくらいコンテナの強度が耐えてくれるかだな。ただ自重で降りてくるだけならいいが、もしもシャッターを上から押し付ける力が働いていると、このコンテナの部材程度では長く持たないかもしれん」


「もうワンセット置くかい?」


「いや、向こう側は目立ち過ぎるだろう」


二人は取りあえず、積み上げた二つのコンテナの影にうずくまって、次の知らせを待つことにした。


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