PART-4:蟻塚

セルシティ / システム



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PART-4:蟻塚

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(ダーゥインシティ・情報科学研究所)


数日後、またしてもミシェルは、情報科学研究所を訪れていた。


これでもう四回目の訪問になるだろうか...やはり、今日のリンも白いシャツブラウスと、すとんとしたシルエットのグレーのスカート。

ミシェルも別に事前に予想していたわけではないが、もはや、それを当然だと思う自分自身が少しだけ可笑しかった。


「何度もお呼び立てしてすみませんミシェル。やはり、この件に関しては、直接お会いして相談した方がいいと思いまして」


「構わないわよリン。タイミングとしても丁度良かったし」


心の中では、『グレーのスカートを何枚持っているの?』と聞いてみたい気持ちが渦巻いているのだが、それはしっかりと封印する。

今回、わざわざミシェルを呼び出した以上はリンの方にネタがあるはずだが、とりあえず世間話代わりに、軽く自分の考えをぶつけてみることにする。


「ねえリン。この前、あなたに資源探査局は『改ざんより新しい組織だ』って言われて、ふと気がついたの。

考えてみると、他の大抵の省庁は名前や組織形態は違っていても、何らかの形でセル体制の黎明期から存在しているわ。

資源探査局や環境開発局ほど新しい中央政府直轄組織は他にないわね」


リンは軽く頷く。


「まあ、そもそもセル社会の資源枯渇が深刻になってくる百年前までは、セルゾーンの外に出てみようという人さえいなかったようだわ。セル間を行き来できる船は持っていたのにね」


人類が生き延びていた沢山のコロニーを連携させることでセル体制が生まれた。

理屈の上では、セル社会が体制化されるよりも前から、それぞれの場所には生き延びた人類が暮らしていたはずだ。


「そもそもセル体制は海運なしじゃあ成り立たないのよ?...いえ、その逆ね。島々を繋ぐ手段があったからセル体制を構築できたと言った方がいいわ。

なのに、どうして人々は海に出ることを避けようとするの? 

私たち資源探査局は、いつも局員の人手不足で苦労してるわ。

子供たちは、海は怖い場所で、海に出ることは死にに行くようなものだと幼い頃から散々聞かされてきているもの...でも、海上輸送局は三百年前から順調に動き続けているわ」


「えっと、私もよく知りませんが、海上輸送局の貨物船は、探査局のように、人間を乗せる船ではなくて、ほとんどマシン化した自動輸送システムですよね?」


「いまはそうね。復興期には、かなりテクノロジーが取り戻されて、単純な肉体労働や危険な作業は、もうその頃からマシン化されていたそうね」


「ええ、ライブラリーの資料でも、そう...」


リンが途中まで喋って言い淀んだのは、二人の話題がまさにライブラリーの資料の正当性を問題にしていることだからだ。

つい習慣で、記載資料の裏付けを口にしそうになったのはわかる。


それが正しくないかもしれない、ということがいまの問題だが。


「それに海上輸送局でも、自立稼働のレイバーマシンと自動運転輸送船がセル同士の物流をすべてまかなっているんですもの、日々の業務に人間なんて必要ないのかもしれない。でも、車やトラムや船の運航もそうだけど、海上輸送が最初からフルオートだったわけじゃないでしょうし、この前の話に戻るけれど、そのレイバーマシンが開発されたのはいつなのか分かったかしら?」


「もちろん、今日お話ししたかったのは、そのあたりのことについてなんです。

先日、ミシェルからセル社会を支えている色々な基本プログラムやマシン類について、いつ・誰が開発したのか調べられないかと言われて、方法を考えてみました。もちろんいまでは私たちも、タグを検索して正しい答えが出てくるなんて思っていません。

だから、今回は人口と職業の統計を調べてみました」


「人口? セルの?」


「ええ、そうです。人口はすなわち労働力です。市民が複数の職業を掛け持ちしたり、ボランティア活動に多くの時間を割けるのはベースクレジット制度があるからこそです。そして、ベースクレジットの生産性を生み出しているのはレイバーマシンです。

もっと平たく言うと、レイバーマシンが食料生産から製造や建築、物流、機械整備まで、ほとんどの労働を担ってくれているからこそ、市民はゆとりのある生活ができるわけですね」


「つまり...生産性の上昇と人口の上昇の乖離点を見つければ、そこがレイバーマシンが登場した時期になるってことかしら?」


「ご明察です。さすがはミシェルですね! 私たちの暮らしは、後期都市遺跡時代の文献を参考にする限りでは、人口の割に、かなり豊かで工業的にも発展しています。むしろ、いまの人口でこれほど高度な文明社会を維持するのは、本当は難しいはずなんです」


「そのギャップを埋めているのがレイバーマシンということね」


「そうなんですけど、そこに問題がないわけじゃありません。さっき海上輸送局の話をされましたよね? 

確かにほとんどの物流作業が自動化されているし、資源エネルギー省による各セルへの資源配分も自動的に調整されています。

ただ、以前にお話ししたように、ほとんど詳細な記録は残っていません。手に入るのはサマリーだけです」


「で、その問題というのは?」


「ちょっと長い話になりますが...」 と、リンは前置きして話し始めた。


「ライブラリーの資料では、復興期に発掘された後期都市遺跡時代の資料から、沢山の技術が復元されていった、とされています」


リンが『されています』と表現したのは、そこに事実かどうかは分からないという含みがあるからだ。


「事実上、現在のセル社会の基盤になっているテクノロジーのほとんどが、その時代に復元されていると言っていいでしょう。

もちろん自立稼働マシンや基幹情報システムも、その頃に生まれたものが以降のベースになっています。つまり、誰かが発明したり、シンプルなものから高度なものへと徐々に開発が進んでいったのではなく、昔は多くの場所で使われていたものを復元した、というわけです」


「まあ、そうでしょうね」


「だから、開発者の名前や、それにまつわるエピソードなどは何も残っていません」


一人の天才が生み出したものではなく、発掘したものから復元したということなら、開発の経緯が記録に残っていないのも無理はない。


「後に、セルシティNo.1となる、『ニューラーゴ』というコロニーが、その技術復興の舞台になったとされています。これによってニューラーゴは大きく発展し、経済的にも人口的にも周辺のコロニーを圧倒する存在になりました。

そして、このニューラーゴを統率していた政治指導者たちによってセル体制が提唱され、順に周辺のコロニーを同化していきます」


そう言いながらリンは指先をくるくると回して、空中にスパイラルを描く。


「どういう流れで、セル体制の伝播を進めたのかは分かりませんが、ニューラーゴを中心にして、セルシティNo.2のサウスキイ、No.3のノースキイ、そしてNo.4のバーマへと、まるで同心円を描くようにセル体制に同化するコロニーが広がっていきます。

当時から、物理的な距離の近さがコミュニケーションの最大の要素だったのかもしれませんね...」


無線通信の技術が貧弱だったのか、それとも当時すでに、いまと同じように『メイルの作り手を刺激しない』ために、制限されていたのだろうか?

ふとミシェルの脳裏をそんな疑問がよぎったが、いまはリンの言葉を遮りたくなかったので黙っておく。


「どうあれ、政治的にセル体制に同化すると、その技術も移入されて生産性が一気に上がりますし、人口もある程度までは急激に増えていきます。

もちろん、セル体制は当初から農業生産力を基本にして、セルごとの許容人口を決めていたので、それを超えることはありませんでしたが...」


土地の持つ生産性に基づいた許容人口を厳密に維持することこそ、セル体制の真髄だ。

逆に言うと、住民たちに勝手な自然出産を許していたら、限られた土地は、あっという間に人口増加で立ち行かなくなる。

そして、その行き着く先は資源を巡っての醜い争いと相互の破滅。


その反省からセル体制が生み出されたと言って良かった。


「ニューラーゴは長期間、セル体制の首都でしたが、周囲のコロニーが順当に体制に同化し、現在のセル体制が完成した後に、最大の農地面積を持てるコロニーに首都の座を明け渡します。それがここ、セルシティNo.8のダーゥインです」


リンはそこで言葉を句切ると、急に思いついたようにミシェルに尋ねた。


「ミシェルは、ニューラーゴへ行ったことがありますか?」


「いえ、ないわ。資源探査局員が立ち寄るセルは、支局員の仮オフィスがあるセルだけよ。ニューラーゴに支局員オフィスはないと思うわ」


「そうなんですか...中央政府の要覧に記載されている情報によると、いまのニューラーゴには、特に目立つ要素もないようですね」


「政治の中心から離れて、本来の規模に戻ったということかしらね」


「そうですね...ともかく、セル体制に賛同したコロニーには育苗施設が設置されて、市民が出産を自由にコントロールできるようになりますし、同時にレイバーマシンや情報システムの利用技術も移入されて、あらゆる労働生産性が劇的に向上します。

そうやって、どんどん人口を増やしつつ、それ以上に生産性を上げて経済成長を進めてきたわけですね。つまり...」


と、一呼吸を置く。


「辻褄は合ってるんですよ」 あからさまな言い方だ。


「順当な話だけど、あなたには何か引っかかることがあるのね?」


「...不思議だと思いませんかミシェル?」


「新しい技術を導入して経済成長することが?」


「だって、都市遺跡時代の古代の資料から技術が復元されたんですよ? 

一時的とはいえ、退行期に農耕社会になるまで文明を失っていたのなら、プリミティブな技術を利用するだけでも一苦労だったんじゃないでしょうか?

鉄や銅なんかの金属精錬は、原料さえ入手できれば、まだなんとかなるでしょう。でも、炭化水素資源、昔で言う『石油』ですね。

これから作られるプラスティック類などの有機化合物は、かなりの技術と設備がなければ手も足も出ないはずです」


言われてみれば、それもそうだ。


「それに、四百年も前の機械を掘り起こしても、できることは限られています。

参考書や設計図があったとしても、レイバーマシンを作成するためには、その社会自体が、すでにかなりの技術文明を発達させていなければ不可能なんです。

まず高度なコンピューター技術が必要です。

それにエネルギー密度の高いバッテリー素材、効率的なモーターや人工筋肉、高度なセンサー、言うまでもなく多様な高分子素材...必要な技術を上げていくときりがありません」


レイバーマシンの中身、特にその電子制御や自立稼働システムの仕組みについて理解しているかと問われると、ミシェルは甚だ心許ない。


「遺伝子操作機器もおなじで、バイオテクノロジーは、生命に対して積み重ねた知識の集大成なんです。先日、ミシェルに『考古学』という不思議な学問分野の話をしましたよね?」


すでに滅んだ生物や社会のことを調べるという、意図の不明な研究分野...


「私は今回やっと、その意義が分かりました。昔の人たちは、滅んだ古代の生物について調べることで、生物がどういう風に進化してきたか、これから進化していくのかを探ろうとしていたんです。

文芸やノスタルジーなんかじゃありません。

過去と現在の『差』を調べることで変化が分かる。それを沢山積み重ねて、生物が進化してきた道筋を知ることで、自分たちの未来を描こうとしたのだと思います」


「そうだったのね...」


「そういう積み重ねもなしに、いきなり高度なテクノロジーを完成形で利用するなんて無理なんじゃないでしょうか?

そして、技術文明というか、機械産業を維持するにはかなりの人口が必要です。

でも、いまのセル社会では、どうですか?」


「どうっていうと?」


「私たちは、とても高度なテクノロジーを利用していると思います。

もちろん後期都市遺跡時代に比べたら、まだまだ足下にも及ばないでしょうけれど...それでも、社会インフラのほとんどが自動化されていて、人間の肉体労働を必要としなくなっていますし、日々の暮らしや仕事も、完成度の高い工業製品に支えられています。

でも、先日も言ったように、私たちは、その使い方や動かし方はよく知っているのに、中身のことはよく知りません。

もちろん技術者や科学者は、その仕組みも原理も良く理解しているでしょう。でも、その技術の起源や発達の過程はあやふやです」


「過去の文明から掘り起こされた。それで起源の説明は全部済んでしまうのですものね」


「そうです。私たちのような一般市民にとって、それは、すでに生まれたときから身の回りにあって、使えることが不思議でも何でもないから、気にしたこともありませんでした。資源探査局ではどうですか?」


「うちの仕事で?」


「先日、あのファラハン文書を発見した、ジャンヌ・ルースさんのことが話に出ましたが、資源探査局の最新鋭艦『ヴァルハラ級クルーザー』は彼女のデザインなんですよね?」


「ええ、そうよ」


「彼女が、自分で設計図の線を引いたんですか?」


「まさか。機械設計コンピュータの対話型インターフェースに指示を出して仕様を詰めていけば、必要な設計情報と製造工程は、コンピュータが最適化してくれるわ」


「ですよね。車でもトラムでも、オフィスビルでも、セルで利用されているものは、すべてそういう感じで作られていきます。

人間が、使う部品の数やサイズを把握している必要はありません」


そこでリンは不意に口を閉ざした。

ミシェルはしばし待っていたが、ここまで怒濤のように喋り続けていたリンが、表情を堅くしたまま黙り込んでいる。


リンの、この表情には見覚えがあった。

言いにくいことの表現を探しているという時の顔だ。


「ねえリン、何が言いたいの?」 


押し黙ってしまったリンに向けて、ミシェルが乾いた声を絞り出す。

いや、本当は、ミシェルにはもうリンの言いたいことが分かっているような気がした。それでも、そう尋ねずにはいられなかった。


「まるでセル社会は、誰かが用意してくれたみたいに...『最初から完成されたシステム』だったように思えてきたんです」


そう言われてミシェルは、すでに自分がその答えを予想していたことに気がつく。

だが、だからといって衝撃が消えてなくなるわけでもない。


「ライブラリーの基幹システムの中身がよく分からないと、この前、私はそう言いました。でも、あれは正確な言い方じゃなかったと思います。

そもそも、自立稼働マシンや色々なコンピューターを動かすためのプログラムを作る『コンパイラシステム』が作られたのは、ずっとずっと昔のことなんです。

コンパイラは、コンピューターにとっての、道具を作る道具です」


つまり、何かをコンピューターにさせたいと思ったら、コンパイラにその要求を出すわけだ。

当然、デザイナーがコンパイラに出す要求仕様が、緻密でよく練り込まれているほど、作成されるプログラムも完成度が高くなる。


「それ以降、人間がコンピューターのプログラムをゼロから自分の手で書いて動かすなんてことはなくなっています。

いえ...きっと、もうできる人はいないような気がします。

現代ではコンピューターのプログラムを作るというのは、ルースさんがヴァルハラ級をデザインした時みたいに、コンパイラに向かって要求を出すことです。

中身がどうなっているのか、どう動いているのか、その原理を知っている必要はありません」


「あなたの言いたいことが分かってきた気がするわ」


「資源や材料も同じです。基本素材は資源エネルギー省が分配してくれるので、市民がその出所を気にすることはありません。

でも、機器の原料には石油が必要なものが多いんです。セルロース系素材のように、農場や植林地から採取できるものばかりじゃありません」


「そうね。資源エネルギー省が、各セルに配分する資源の割り当てや産出品の輸出入を決めて、それに従って、海上輸送局が島々の間を運んでいるけど...」


「いまは...公式には、環境開発局が南部の沿岸に設置した採掘基地から石油を採集しています。

でも、復興期当時の石油はどこから持ってきていたんでしょう?

その頃は大陸沿岸にはメイルがいなくて、自由に上陸できたんですか?

レイバーマシンがいなかった頃、あるいはセル体制に組み込まれる前のコロニーは、どうやって社会を維持していたんでしょう?」


「やはり海上輸送局の前身に当たる組織が、細々とセルに資源を配給していただけのはずね」


「では、その資源はどこから? コロニーが近代化して工業が発展していく段階で、かなりの資源を必要としたはずです。

なにしろ、地表近くの鉱物資源は前後の都市遺跡の時代に掘り尽くされていたはずですから。

仮に、都市遺跡の埋設物を掘り出して活用したとしても、近隣地域だけで本当に足りていたのかどうか...」


のどかな原始農耕社会で日々を過ごしていたのなら、確かに石油も高分子素材もなくてすむかもしれない。


僅かな金属と木材や陶器でシンプルな道具をいくつか作り、土を耕し、生活の糧を生み出していく。

だが、そこから一足飛びに情報システムとレイバーマシンに支えられた社会に移行するのは無理だ。

それに、必要な資源はすべて自分たちで用意できていたのか?


ミシェルも、リンが「考古学と進化」を比喩に使った理由が分かった。


生物の進化も社会や文明の進化も、根っこは同じ傾向を持つ。

たまに突然変異やブレークスルーになる特異点から一気に変化することもあるだろうが、それは文字通りの『特異点』であって、普通は日々の変化はなだらかに、漸進的に進んでいくはずだ。


いまの文脈に倣えば、復興期とは多彩なテクノロジーでのブレークスルーが同時多発した『特異点』だと言えるだろう。

そして、リンの問いは、その先にある。


『特異点を生み出した鍵は、発掘された書籍の情報だけなのか?』


リンが話を続ける。


「もう一つ、別の視点からの疑問もあります。

当時は男性種が残っていたわけですから、あちこちで武力闘争が頻発していても不思議ではないですよね?」


「リンの言いたいことは分かるけど、男性種イコール暴力とは断言できないわ」


「それも、まあ、そうですね...ただ...」 とリンは言葉をつなぐ。


「遺伝子操作技術を元にあらたな子供を生み出す育苗施設、『シードリングセンター』がすべてのセルに置かれるまでは、どのコロニーでも男性がいたはずですし、言うまでもなく自然繁殖して子孫を残すために必要だったはずです。

なのにシードリングセンターが置かれていくと、言い換えると、女性同士で子供を持てるようになった途端、あっという間に姿を消していった」


「つまり『女性の選択』ね。でも、ファラハン文書の記述の件もあるし、リンはそれも不自然だと言いたいのでしょう?」


「そうです。人口統計を調べてみて得られたのは、復興期の人類が安定して増加してきたという数字です。


ここで、『分かった』ではなく『得られた』という表現を使ったのはリンの心の内の表れだ。もはや彼女が、セルの『公式な歴史』を全く信じていないことがうかがえる。


「シードリングセンターが置かれるまでの、退行期から復興期にかけての数百年のあいだ、コロニーの人口増加は、すべて自然出産によるもののはずです」


ミシェルは曖昧に頷く。

言いようのない不安感が湧き上がってくるさまは、先日とは立場が逆転してしまったようにも思える。


「過酷な環境と厳しい食糧事情、それに血縁関係が濃くなる問題を考慮しても、退行と復興の合わせて五百年の期間と、それに十分な土地があれば、争乱の時代を生き延びた数千人の生存者が数万人まで増加することはたやすいでしょう」


そうだ。最初期のコロニー群を立ち上げた、わずか数千人のサバイバーたち。

コロニーによっては数百人や数十人の規模からのスタートだったかもしれない。

その、島嶼に散らばったわずかな人々から一億の人類社会まで復興したというのが、いまのセルの姿のはずだ。


リンの話は続く。


「ですが、セル体制への参加以降は自然出産の子供が減った分以上に、シードリングセンターから生まれる子供が増えていきます。

そして、シードリングセンターから生まれる子供は、遺伝子操作による産み分けで、徐々に女性のみになっていったわけですし、レイバーマシンによる生産性の向上で、セルで養える人口の許容量は一気に増大します。

必要な労働は少なく、養える人口は多く、ですね。

結果として圧倒的に女性人口だけが急速に増えていくわけです」


ミシェルはまたも頷くことしかできない。


「歴史の辻褄は合っています。でも考えてみて下さい。大きな争いもなく、厳しい環境の中で男女を問わず人々が長い間、協力しあって発展させてきたコロニーが、復興期からセル体制初期の、わずかな期間で男性種を絶滅させたんですか?」


自然にではなく、新たな子供の性別を任意に決められるという状況がもたらした、人々の選択と淘汰という圧力によって...そして、いつのまにか女性たちは、そもそも人生のパートナーとしても男性を選択しなくなった。

セルの歴史によれば、そういうことだ。


「ここで、先日の話に戻ります。いいですかミシェル? ライブラリーの記録が正しいのであれば、退行期の苦しい三百年を生き延び、ようやく発展の兆しを見つけた各地のコロニーは、僅か二百〜三百年のあいだに、『女性の選択』という社会運動を通じて、それまで共存していた男性種を絶滅に追いやったわけです。

もし、それが事実だったら、本当に暴力的なのは男性種だったのでしょうか? 

それとも、もう必要なくなったという理由で、かつての繁殖パートナーを絶滅に追い込んだ女性種の方でしょうか?」


残酷、という言葉がミシェルの頭に浮かぶ。

それほどに男性種を毛嫌いしていたなら、退行期からの何百年をも一緒に過ごすのは不可能だったのではないか?

それとも、子孫を残すためと割り切って行動していたのか?


「しかし、ファラハンの手記が正しいのであれば、退行期にはすでに男性種は疫病で絶滅し、人類の子供は遺伝子操作によるクローニングでのみ生まれていたはずです。この場合は、そこに社会的暴力はありません。

男性種がいなくなった世界で、他の大陸の人類がすべて絶滅しているとしても納得できます。

ただし、誰がどうやって遺伝子操作技術を温存し、コロニーに提供してきたのかという謎が残りますが」


いまのミシェルには、こちらの方が救いに思える。


「ミシェル...これは根拠のない考えですが...ひょっとすると、もともとシードリングセンター、育苗施設からは、女性だけ_しか_生まれなかったのではないですか?」


「えっ?」


「選んだのではなく、それしか選択肢がなかった、というなら話が分かります。

だってそうでしょう、ミシェル?

なぜ、セル社会がある、この島々だけに人類が存続しているんですか?

男性種も含めた人類がこの場所で生き延びられたのなら、世界の他の場所でも生き延びられたのではないですか?


『そうだ』 とミシェルは思う。この前は自分が確かにリンにそう言った。


『他の大陸を確かめた人はいない』と。


「セル体制のコロニーが同心円状に増えていったのは、コミュニケーションの近さではなくて、シードリングセンターを設置する、インフラ装置の輸送の順番だったのではないでしょうか?」


「つまり、コロニーは物理的な近さを基準に、セル体制に組み込まれていったわけね?」


一拍おいて、リンは核心を口にした。


「いえ、私の想像は違います...そもそも、セル体制に属する前の段階で、人々が自然繁殖していたコロニーは実在していたのでしょうか?」


ミシェルは、その、あまりにも大胆な問いかけに硬直する。


セル体制に参加しなかったコロニーは存在したのか?

むしろ、セル体制になる前に、そこにコロニーはあったのか?


「記録によれば、時期の差はあっても、結局すべてのコロニーがセル体制に参加しているんです。拒否して滅んだコロニーもありません。

つまり、本当はすべてのコロニーは、最初からセル体制の元で作られていったのではないでしょうか?」


しかし、その言葉を聞いた瞬間、不意にミシェルは、セル体制の謎や闇ではなく、これまでずっと謎のままで放置されていたことに、一つのつながりを見た気がした。


馬鹿馬鹿しい話かもしれない。

だが、その感触が失われないうちに、勢いで口にしてみる。


「リンも...メイルの作り手は、後期都市遺跡時代の『自動工場』が無人で動き続けているのだと思う?」


驚いたことに...いや、本当は予想通りに、なのかもしれない。

その言葉に、リンは特に表情を変えることさえなかった。


「ミシェル、私たちは、何も考えずに、いえ、何も考えないように誰かに仕向けられて、日々をのんびりと過ごしていたのでしょうか?」


そこに最初の街を作ったのは誰?

初期のセル社会の基礎を作りあげたのは誰?

点在する島々を繋いでセル体制を運営していたのは誰?

セルゾーンの外に、人類の生き残りはいないと確認したのは誰?


それまでの四百年はのんびりしていたのに、百年前から急に技術が進歩してきたのはなぜ?

同時に、急に、百年前から資源探査局の存在が必要とされたのはなぜ?


頭がぐるぐると回ってめまいを起こしそうな感じがする。


だが、沈黙したままじっと見つめ合うミシェルとリンは、それ以上の言葉を交わさずとも、お互いの疑問が共有できていることを確信していた。


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